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落第ラプソディ!  作者: こよる
第三章 誰かさんの失ったもの色々
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第三章―04

 *俺


 河西がお好み焼き屋『あじすけ』の娘だということが判明した。

 それと同時に、河西が将来『あじすけ』を継ぐつもりなのだということも、判明した。

 あの日から、俺はちょっと変だった。

 今まで河西に対して抱いていた友情めいたものが、急速に萎れてしまったように感じていた。河西との間に、距離というものを明確に意識してしまったからだろうか。

 たとえば、俺と河西は二人とも普通をやっつけるために髪を染めた。

 その根っこの動機は同じでも、自分の踏みしめた道の先に何かを見据えているか否かで、俺と河西は決定的な差異を生んでいる。

 致命的、と言い換えてもいい。

 だから、その日から俺は体育館裏へ行かないようになった。

 行って河西と会ったとして、対等に話せるような気がしなかった。

 この間、廊下でたまたま河西と擦れ違ったことがある。河西は何か言いたげに俺のことを眺めていたが、結局挨拶もしなかった。そこで挨拶すら出来ない自分が、どうしようもなく小さな人間であるように感じられた。

 進路希望調査の白は、いまだに埋まっていない。

 黒髪の集団に混ざって授業を受けながら、自分の金色がひどく滑稽な、道化めいたもののように思えた。  



「あうあー」

「それ赤ちゃんに退化したときの訓練か、元村?」

「ちがーう」

 昼休み、体育館裏の居場所すら失った俺は、自分の席で購買のパンを喰う習慣が出来ていた。元村もいつもは一人で購買弁当を食べているのだが、今日はたまたま席が女子グループに占領されてしまったらしく、俺のところへやって来ていた。

 窓際で、俺の前の席に元村が座っている。壁に背を預けて呻っている元村は、どこか元気がなさそうだった。

「まぁなんだ。近頃慣れてもない勉強ってのを頑張ってたから、そろそろ息切れしてるんだよ」

 元村が疲労の原因を説明し、それから「リュウコさんとじゃれてるときの方が元気があるとは、僕も末期だな……」と独り言を呟く。リュウコさんって誰なんだろう。

「そういえば元村って、大学に行くの?」

「まぁね。本屋を経営するにも、学問が欠かせない時代なんだよ、今は」

「というと、将来はやっぱり家を継ぐつもりなのか」

「うん。何だかんだ言って本は好きだしさ。……そうだ亮太、せっかくだからいい本を貸してあげよう」

 元村がふと思いついたように言って、鞄から一冊のハードカバーを取り出してくる。『無能探偵の事件簿』というタイトルの本だった。作者の草野ゆいって名前には、聞き覚えがあるような気がする。

「それ、いま話題の本。そのうち映像化もされると思うけど、面白かったから亮太にも貸してあげるよ」

「それはどうも……ご丁寧に」

 受け取って、ページを適当に捲ってから自分の鞄に入れる。

 そういえば、昔はよく元村と本を貸し合ったりしていた。

 一緒に本屋さんになるという、曖昧ながら意味のある将来像を見失っていなかった、小学生の頃の話だが。

「でもなぁ、親父が弱気なんだよな」と元村。

「何の話だよ」

「ウチの話。腰を痛めちゃってさ、もう店を畳むとか言って聞かないんだよ。そうじゃなくても売り上げは伸び悩んでるみたいだし、僕が大学卒業するまで持つかどうか」

「あと五年か……」

 五年。その歳月はあまりに長く、水のない砂漠のように俺の眼前に横たわっている。

 元村が大学を卒業して、河西がお好み焼きを一人前に作れるようになっているだろうその頃、俺は一体何をしているのだろうか。

 成功している将来どころか、失敗している将来さえ思い浮かばなかった。

 宇宙空間のような、何もない暗闇が広がっているだけ。

「だいたいリュウコさんは頼りにならないんだから、僕が頑張らないといけないのにさぁ……」

「だから、リュウコさんって誰だよ」

「こっちの話。とにかく僕はね、自分以外の人間をもう一人くらい養えるようにならないといけないんだよ」

「なんだそれ。相手もいないのに、もう結婚のことを考えてるのか」

「さぁねぇ。結婚とか、しちゃうのかなぁ……」

 元村が窓の桟にもたれ掛かって憂鬱げに教室の天井を仰ぐ。まさかこいつ、俺の知らないところで恋人を作っていたりするんじゃあるまいな。元村に限って、まさかとは思うが。

「とにかく、ウチが潰れたら困るんだ」

 元村は最後にそう断言して、「勉強してくるよ」と俺の元から去って行った。

 高校二年生になると、昼休みに勉強している奴の数が去年より増えているような気がする。

 俺もせめて授業に置いて行かれない程度には勉強しようかなぁと教科書を取り出して、ぶんぶん頭を振る。そんなことして何の意味があるのだ。

 たとえば勉強して、大学に行って、それからのこと。

 父親の背中が思い浮かび、でもやっぱりあの背中は真似したくないと脳味噌が拒絶する。

 だから金色になって、普通をやっつけて。

 そのくせ、やっつけた先のことなんて何も考えてない。

 お好み焼きを作れる銀色とは、埋めきれないほどの欠落がそこにあった。

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