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落第ラプソディ!  作者: こよる
第三章 誰かさんの失ったもの色々
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第三章―02

 *わたし


 モトくんが本屋さんになるために大学に行くために勉強するためにリュウコさんとは遊べないんだってー。キャー!

 それでもめげずに勉強中のモトくんに絡んでみたら、こんなことになった。

「もーとーくん! あーそびーましょ!」

「やーでーす。もう九時過ぎてるでしょ、タイムオーバーですよ」

「わたしたちの愛情は時間なんかに負けないわ! らぶ・おーばーざ・たーいむ!」

「その英語、絶対に適当ですよね」

「当たり前だろー! 高卒を舐めんな! ぺろぺろ!」

「うわわわわ! どさくさに紛れて首筋を舐めるな!」

「きゃー! もときゅんの首筋はイチゴ味だー!」

「それ味覚おかしいですから! 病院に行きなさい! あと僕は勉強中なんです!」

「しゃらくせぃ! 本屋なんて諦めちまいな!」

「僕は働くんです! 引き籠もりになんてなりませんよ!」

「なんだとー! 引き籠もりを舐めるな! ぺろぺろ!」

「うわわわわ! って、いい加減にしろーっ!」

 そして、モトくんがキレた。わたしはモトくんの部屋から文字通り蹴り出されて、「二度と入ってこないで下さい!」とあんまり怖くない睨みを頂戴したのだった。

 でもまぁ、そんなことがあってから勉強中の絡みは自粛している。

 自分が勝手に堕落するのはともかく、他人の足を引っ張るわけにはいかないし。

 少なくとも今のモトくんはわたしより圧倒的に価値ある人間なのだ。

 そう思うとモトくんとの間にちょっと隔たりめいたものを意識してしまって、何となく普段の絡みも控えめになってしまうのであった。

 まぁ、ちゅーの回数が一回減ったとか、そういうレベルだけどさー。



 不登校のふーちゃんとはたまに出会う。午前中にあの公園に行くと、一人でブランコを漕いでいることがあるのだ。ふーちゃんは制服姿で、わたしはやっぱりパジャマ姿だった。

 何度か会っているうちに、わたしが自分で作ったお好み焼きを持参して、二人で食べるのが習慣になった。

「毎度思うんですけど、リュウコさんってお好み焼きを作るのだけは上手なんですね」

「うむ。そのセリフには聞き覚えがあるぜ」

「別の人も言ってたってことですか? ということはリュウコさん、お好み焼き以外は本当に何も出来ないんですね」

「オイ! そこは『リュウコさんのお好み焼きって本当に美味しいんですね』って褒めるとこだろ!」

「すいません。パジャマ姿の女の人をどういう形であれ褒めるのは気が引けました」

「うむ……」そこで納得するなよ、自分。

 わたしとふーちゃんは互いにブランコに座ってお好み焼きを啄んでいる。たまに遊びに来たと思われる幼児とその母親が、ぎょっとしたように我々を見てそそくさと逃げていくのだが、あれは何なんだろう。やっぱりパジャマが悪いのだろうか。

 ふーちゃんは公衆への影響は特に気にせず、ソースが付かないよう両手でお好み焼きの端を持って食べている。その目色がやけに真剣なのを見て、思い出した。

「そういえば、ふーちゃんのおうちってお好み焼き屋さんなんだっけ?」

「そうです。駅前にある『あじすけ』ってとこ」

「将来はお店、継ぐの?」

「何でですか?」

「いや、学校をサボってるっていう選択をしているあたり、将来の道がもう決まってるからなのかなぁと」

「まぁ、そうですね。多分、継ぐと思います」

「そっか。わたしの知り合いにもいるよ、将来は実家の本屋さんを継ぐって言ってる人」

「そ、うなんですか」

 うん、ちょっと返答が詰まったぞ?

 ひょっとしてふーちゃんはモトくんのことを知っていたのだろうか。同じ高校に通っているのだとしたら充分あり得そうな話だけど。

「まぁ、お店を継いでお好み焼きを作って、借りを返さないといけないですからね。わたし」

「借り? ふーちゃんは若くして借金を背負っている身なのかな?」

「いや、そういうんじゃなくて」

「じゃあ、何の借りだね」

「地球に対する借りです」

「……ほぉ。それはまた、規模の大きな借り物をしているんだ」

 人間は生きているだけで地球に借り物をしているのです。……とか、考え始めるとシューキョーみたいになりそうなので、やめた。

 ところで、宗教って単語にマイナスイメージが付属し始めたのは、いつ頃からなんでしょ。お姉さん、気になります。

「じゃあリュウコさん。今日はここらへんで」

「あらら。もう帰っちゃうの?」

「帰るっていうか、学校に戻ります。どうせ家に帰ってもすることないし」

「へぇ。一度学校を抜けて、また学校に戻るのかね。……ひょっとしてきみ、リュウコさんに会いたくてエスケープしてきちゃったのかな?」

「いや、朝食代わりのお好み焼き欲しさに」

「オイ!」 

「まぁ学校に戻っても、体育館裏で寝てるだけなんですけどね」

 ふーちゃんが地面に置いてあった通学鞄を持って立ち上がる。スカートのお尻についた埃を手で払ってから、わたしに向き直って「ごちそうさまでした」と軽く頭を下げた。表情が変化に乏しいのはいつものことだ。

 そうして背を向け去って行くふーちゃんの黒髪を眺めて、ふと思った。

「あ、ねぇ。ふーちゃん」

「何ですか?」

 ふーちゃんのショートカットの黒髪が太陽に照らされてきらきらと輝く。その色合いに、もしかしたらと思った。 

「ふーちゃん、髪染めてみれば?」

「は、いきなり何ですか?」

「銀色。シルバー。ふーちゃん、きっと似合うって」

「……いや、いきなりそんな非人間的な色をお勧めされても。ていうか、ウチの学校は髪染め禁止だし」

「いいじゃないか。内側に他人と違う部分を持った人はね、外見でも一つくらい奇抜な部分を持っていた方がしっくり来るんだよ。ほら、わたしのパジャマみたいに」

「わたしをリュウコさんと一緒にしないで下さい」

「でも、似合うと思うなぁ。それに、純粋にそっちのが格好いいよ」

「……そうですかね」

 ふーちゃんが額に垂れ下がった自分の前髪を摘み、その色合いを確認する。そのときの上目遣いの表情がヒョットコみたいで、間が抜けていてかわいらしかった。

「考えてみます」

 最終的にふーちゃんはそう言って、身を翻して公園を出て行った。

 しかし、何を言われても動じない子だなぁ。

 自分の中に、確固たる芯が通っているからなのでしょうか。   



 ふーちゃんがいなくなって、一人でブランコを漕いでもつまらないのでアパートに帰ることにした。

 パジャマ姿で風呂敷を持って歩くわたしに対して、擦れ違う人の反応はだいたい同じだ。

 まず、遠目で見てぎょっとする。次に、俯くか目を逸らしてわたしと擦れ違う。最後に、擦れ違ってから振り向いてわたしの後ろ姿を確認するのだ。

 間違っても、わたしに興味を持って話しかけてくる人はいない。

 それはこの地球がそれだけ健全だという証拠で、いいことなんだろうと思う。

 モトくんも、ふーちゃんも。

 わたしに関係している人でさえ、その道の先に何かを見据えて歩いている。何者かに、なろうとしているわけだ。

 でも、わたしは何者にもなれない。

 だからそれを誤魔化すために、お好み焼きを作っている。

 そうやってお好み焼きを作り続けることで、わたしの足下に道が生まれるんだと、信じている。実際わたしはそうやって生きてきた。

 でも時々、やっぱり不安になることだってある。

 この道の先はどこかで行き止まりになっているんじゃないか、って。

 その日、帰ってきたモトくんに、こんなことを言われた。

「リュウコさん。実はウチの親父が、たまたまパジャマ姿で出歩いているリュウコさんを目撃してしまってですね……。呼び出しを喰らいました。今度、僕とリュウコさんで親父のところに行って、色々話し合おうって」

わたしの道はわたしが切り拓いていくんだ! とか。

 さすがにそこまで意志が強かったらね、引き籠もりとかしてないですわ。

 良くも悪くも。

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