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落第ラプソディ!  作者: こよる
第三章 誰かさんの失ったもの色々
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第三章―01

 第三章 誰かさんの失ったもの色々 


 *俺


 河西と一緒にキャッチボールをした次の日からも、俺たちの関係はだらだらと続いていった。約束をしたわけではないが、学校へ来てサボったら体育館裏へと足を運ぶ。河西は大抵俺より先に来ていて、ウッドデッキに横になっていることが多かった。授業中の校舎の喧噪から遠ざかったその場所はひどく静かで、俺たちの聖域のように感じられた。河西と過ごす体育館裏の時間だけが、日常の時間から切り取られたようだった。

 きっと河西も、俺と同じような人間なんだろうな。

 ウッドデッキを吹き抜ける風に身体を撫でられながら、横目で河西を見てそんなことを思う。普通であることを嫌って道から外れてみて、でもいまだに将来を描けないままでいる、そんな人間。その想像が俺に落ち着きを与えてくれることは、やっぱり否めなかった。

 河西が聞いたら怒りそうだけど。

 俺は河西に対して、友情めいたものを感じたりもしていたのだ。

 それはまやかしに過ぎなかったと、近いうちに思い知らされることになるのだが。



 その日は休日だった。

 母親が高校の同窓会か何かで外出していて、家には俺と父親しかいないのだということを、起きてから知った。いつもと違う朝食がテーブルに用意されていて、どこからともなく現れた父親が、それは自分が作ったのだということをしどろもどろに説明してくれた。料理に慣れていないせいだろうが、父親の作った目玉焼きは焼き加減が不十分で、箸でつつくと黄身が溢れ出す。「昼は出前にしようかなぁ」と俺の様子をチラチラ窺いながら独り言めかして喋っている父親に妙な憤りを覚えて、それから虚しい気分になった。

 食事中、漠然と俺の背後に立っていた父親との間に会話はなかった。

 ご飯を無理やり胃袋に収めて、逃げるように二階へ上がった。

「あぅわわわー……」

 どうしてこうなんだろうねぇ、俺は。 

 せめて「ごちそうさま」とか、そのくらい言っても良かったのに。

 父親との関係は後悔ばかりで、ちっとも前向きに進んでいかない。距離感を掴みかねて、互いにおそるおそる暗闇の中に手を差し入れているようだった。

 午前中、することのない俺はひたすらベッドの上でごろごろしていた。

 寝返りを打つ度、自分の何者でもなさに襲われる気がした。



「出前を取ろう」

 浅い眠りを何度も繰り返していた頃、二階にやって来た父親がそのように言った。「え?」と目を擦りながら身体を起こす俺は、眠気が纏わり付いていて軽い頭痛がする。

「出前?」

「そう出前だよ。父さんもお前も自炊能力は持ってないだろう」

「……あぁ、うん」

 外食って手もあるけど、と口に出しそうになったが、やめた。父親と外食なんて話題がなさすぎて、沈黙という名の毒にHPをじわじわ削られる結果しか思い浮かばない。 

「とりあえずチラシを持ってきたから、お前が決めていいよ。好きなのどれでも」

 父親が床に数枚のビラ広告をばらまく。俺は気詰まりな会話の逃げ道を探すように、ベッドから降りて無言でそのチラシを覗き込んだ。

 宅配ピザ、宅配寿司、宅配弁当に宅配カレー。

 正直、午前は寝ていただけで腹が減っていないので何でも構わないのだが。

 しかしどの出前も選ぶ根拠に欠けており、思い悩んでいると珍しいチラシを見つけた。

「お好み焼き……?」

 それはなんと、お好み焼き屋のチラシだった。そもそもこの地域ではお好み焼き屋自体が希少なのだが、デリバリーお好み焼きとは。聞いたこともない。

「どうした。それにするのか?」

「いや……まぁ、うん」思わず頷いてしまう。

「分かった。じゃあ、電話してくるから」

 父親はそう言って、チラシの束を持って部屋を出て行った。特別お好み焼きを食べたかったわけではないが、まぁいいかと思う。

 お好み焼き屋の名前は『あじすけ』と言うらしい。

 そしてお好み焼きというキーワードに引き摺られるように、以前元村がお好み焼きを弁当として持参してきた際、「いやね、お好み焼きはもう食べ飽きてるんだよ」と愚痴っていたことを思い出した。



 そして、数十分後。玄関のベルが鳴らされ、来客の存在を告げる。

 階下から「今ちょっと忙しいから出てくれよ」という声が聞こえてきたので、部屋を出て階段を下りた。

 そして玄関に出て、予想外の驚きを得る羽目になった。

「こんちわー。『あじすけ』でーす……って、うぇ?」

 驚いたのは宅配に来た相手も同じのようで、玄関先に出た俺を見て目を丸くし、危うく持っていたお好み焼きの容器を落としそうになる。俺にも「それ三河屋みたいだね」という軽口を叩ける余裕はなかった。

外からの日差しに照らされた銀色が、目に眩しい。

 お好み焼きの出前を頼んでやって来たのは、不良仲間の河西だった。

「なんでお前が」

「なんできみが」

 互いに互いの顔を指差して、困惑する。俺がお好み焼きを注文しちゃいかんのか! という突っ込みさえ出てこなかった。

 とりあえず、河西に向けていた人差し指を自分に向け、事情を説明する。

「いや、俺は『あじすけ』にお好み焼きの出前を頼んだ八嶋さんなんだけどさ」

「いや、わたしは八嶋さんにお好み焼きの出前を頼まれた『あじすけ』さんなんだけどさ」

「……………………」

「……………………」ぽく、ぽく、ぽく、ちーん。

 あー。つまるところ、だな。

「河西って、『あじすけ』の回し者だったのか?」

「回し者とは人聞きの悪い」河西はむっと俺を睨んで、「わたし、あのお店の娘さんなのよ。ウチがお好み焼き屋さんなの」

「へ、そうだったのか……?」

「そうだったの」

 河西が念を押すように頷き、それから「えー。では、こほん」とわざとらしく咳払いをする。挙動不審だったお好み焼きの容器を俺に差し出して、

「注文していただいたお好み焼き二枚、お届けに参りました。はい、どうぞ」

「あ、っと……。どうも」半ば押し付けられるようにして、受け取る。

「料金は二千円になりますけど」

「はいはい」

 父親から貰った千円札を二枚、河西に手渡す。河西は淡々とそれを受け取ると、ポーチにお札を仕舞った。

 それから俺を見上げて、僅かな沈黙の後、たいして興味もなさそうに尋ねてきた。

「八嶋くん、知らなかったの? わたしのウチがお好み焼き屋さんだったってこと」

「うん。だって河西とは、そういう話をしなかったから」

「ふぅん。……そか」

 河西は淡泊に納得して、でも帰る素振りは見せず、代わりに玄関の壁に背中を預けた。俺と正面から向き合うのが嫌なのか、向かいの壁に掛けられた安物の絵画をつまらなさそうに眺めている。そういえば体育館裏のウッドデッキで話すときも、俺たちは互いに壁にもたれ掛かって、向かい合うということをしなかった。

「休みの日はね、ウチの手伝いをすることにしてるの」

 河西が唐突に話し出す。

「わたしはまだお好み焼きは作れないから、接客とか配達とか。でも一応、バイト代は貰ってる」

「あ、それでウチに来たのか。じゃあ河西って、やっぱり原付免許とか持ってたりするの?」

「うん。去年の春休みに教習所に通って取ってきた。まぁ配達以外には使ったことないけど」

 ヘルメット被ると髪が潰れるからやだよね、と言って、河西が薄く笑う。髪型どうこうの前に、その非自然的すぎる着色は髪が傷むのではないかと思ったが、口には出さなかった。そこはそれ、お互い様ってやつなのである。

 そして河西は、原付を運転できるのか。

 無論、俺には出来ない。その能力の差異が、何故だか胸にちくっと刺さった。

「将来はどうするのさ。お店、継ぐのか?」

「まぁ一人娘だしねぇ。それにわたしには、義務もあるから」

「何の義務?」

「お好み焼きを作り続けなければならないという義務」

「何じゃそりゃ」

「そうしないと地球が回らないのよ」

 河西はよく分からないことを言う。いや、それは普段からだったか。

「ていうかお前、この間進路を尋ねたときにはそんなこと言わなかったじゃないか。やりたいことはない、とか言ってさ」

「うん、言った。別にわたし、そこまで家を継ぎたいわけじゃないし」

「だったら、」

「確かに、やりたいことじゃないけど。でも」

 河西は俺の台詞を遮り、そしてこちらに顔を向けた。

 それは人生の中で自分の位置を見失っていない、確かな自信に裏打ちされた不敵な笑みだった。

「世の中にはやるべきことも、あるから」

 そのときの河西の表情が、ぐさりと来た。

 見えない刃で刺されたように、身体中が熱くなる。踏みしめていた足下が崩れ落ちるような錯覚に襲われた。

「八嶋くん。じゃあまた、体育館裏とかでね」

 河西が俺に淡く微笑みかけて去って行く。河西が笑うということ自体が貴重なのに、今の俺にはその微笑みが俺を哀れんでいるようにしか映らなかった。

 日の当たる外へ、河西が去って行く。

 玄関の扉が閉ざされ、冷たい暗闇に取り残されたような不安が俺の身体を覆った。

 その日、父親と食べたお好み焼きの味は覚えていない。

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