第二章―08
*僕
一人で外出できない結衣に変わって、僕が編集者さんと会うことになった。と言っても、編集の八嶋さんが会いたいと言ってくるときはたいした用事もないのが常だ。偶然、僕たちと八嶋さんは同じ街に住んでいたため、事あるごとに会っては話をしていた。
場所は八嶋さんが一方的に決めて、お昼を食べながらってことになった。
そして何の嫌がらせか、八嶋さんが指定してきたのはお好み焼き子さんのいる『あじすけ』だった。
もう一度、結衣に電話をして一緒に来ないかと誘ってみたが、
「シュンちゃんが行き帰りおんぶしてくれるならいいよ。じゃなきゃやーです」
などとほざいていたので、諦めた。
その日の午前中は、自分の部屋に篭もって小説の続きを書いていた。三時間かけて十行程度しか書き進められなかった。苛々して部屋の壁を殴ったら拳が痛くて、何だかどうしようもない気分になった。
家族には、外出するからと声を掛けることもない。というかここ一週間ほど、会話らしい会話を交わした記憶がない。同年代が高校に通っている間に一円にもならない小説を書いている僕は、家族から空気のような扱いを受けているのだ。それなのに食卓には僕の分の食事もしっかり用意されていて、それを平然と口にする度、僕は海底に沈んだような気持ちになるのだった。
対価もなしに食べ物を得ているという事実が、負債として僕の中に沈殿していく。
返せる見込みは無論、ない。
『あじすけ』の前で、私服姿の八嶋さんが待っていた。十年前の事故で人が亡くなったという交差点を渡ると、八嶋さんが僕に気付いて「やぁ、草野くん」と朗らかに手を振ってきた。
八嶋さんの外見は、いかにも人の好さそうなおじさんといったところだ。実際、人付き合いが得意とは言えない僕でも、八嶋さんとなら気負わずに喋ることが出来る。
「結局、結衣ちゃんは来なかったんだね」
「重度の引き籠もりですから。仕方ないですよ」
「ふむ。じゃあとりあえず、中に入ろうか」
八嶋さんに促されて、『あじすけ』の暖簾をくぐる。いないといいなぁと思っていたが、店の中には例によって焼き子さんがいた。
「らっしゃーせー! 小説家志望のニート一名、ご来店でーす!」
「その露骨に人を貶めてるような感じ、どうにかならないんですか」
「ちなみに彼は一年ニートして、まだデビューできてませーん!」
「宣伝しなくていいですよ!」
「で、そちらはどなた?」
焼き子さんが僕の後ろに控える八嶋さんに目を向ける。八嶋さんは困ったように頭に手をやって、
「僕はあれだな。草野くんの知り合いの編集者ってやつだよ」
「へ、ヘンシューシャ! ということはきみ、ついにプロデビューを果たしたのか!」
「……違いますよ」と僕。「色々事情があって、たまたま知り合いなだけです」
「何だそうか」焼き子さんは何故かほっとしたような表情で、「だと思ったよ。きみは生涯ニートの顔してるもんねぇ。うんうん」
「突っ込みませんから、テーブルを案内してくれませんか。後がつかえてますよ」
「うむ、それもそうだ」
と焼き子さんは頷き、店の奥に向かって大声で、
「ニート一名、ご案内しまーす!」
「いい加減にして下さいよ!」




