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落第ラプソディ!  作者: こよる
第二章 お好み焼き×小説
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第二章―07

 *わたし


 らぶがあればーとか、お好み焼きがあればーとか。

 そういうので色々誤魔化してるけど、誤魔化しはやっぱり誤魔化しでしかない。

 時々その誤魔化しの魔法が解けてわたしの王国に現実ってヤツが流入してくると、どうしようもなくなる。引き籠もりニートが現実と闘うのは、たとえて言えばレベル1の勇者がひのきの棒で魔王に勝負を挑むようなものなのだ。闘う前から結果が見えている。そもそも、だから逃げ回っているわけだし。

 その日、学校からの帰りが妙に遅かったモトくんは「ちょっと実家に寄ってきたんです」とわたしに言い訳した。 

 ちなみにそのとき、わたしが床に寝そべって布団相手にモトくんといちゃいちゃする練習をしていたのはこの上ない余談なのである。

「実家? どうしたね急に」

「いや、それが実は」「の前にお帰りのちゅー」

「自分から訊いといて何ですかその態度は!」

「ぶちゅちゅちゅちゅー」

「にゃあああああ!」

 吸った。色々。

 何が起こったのかは各自、効果音から想像するように。

「で、どったの。わりと真面目な方面のお話?」

「まぁ、そうですね」

「ふむ。じゃあ真面目に聞きましょう」

 カーペットに正座しているモトくんの正面に、わたしも正座する。しばらく目を見つめていたら、モトくんが恥ずかしそうに俯いてしまった。うぅむ、やっぱかわいいなぁモトくんは。

 ……いかんいかん、真面目な話なのであった。

「リュウコさん。僕の実家が本屋なのは知ってますよね」

「そりゃまぁ、さすがにね」

 モトくんの実家は『元村書店』という本屋だ。個人経営だけど、この街には他に本屋がないからお客さんは少なくないらしい。ちなみにモトくんのあだ名の由来は、当然ながら苗字の「元村」からだった。

「ひょっとして経営破綻とか、そういう深刻な感じ?」

「いや、そこまで深刻じゃないんですけど。ただ最近、親父が腰を痛めたらしくて」

「うぇ? モトくんってお父さんのこと親父って呼ぶの?」

「論点はそこじゃないでしょ……。真面目な話ですよリュウコさん!」

「お、おぅ……。すまんすまん」

「で、怪我自体はたいしたことないんですけど、親父がすっかり弱気になっちゃってるんですよ。最近は売り上げも伸び悩んでるらしくて、店を畳むとか言い始めてて」

「ふむ」

「それで今日、親父と会って色々話してきて、いま決めました。やっぱり僕、家を継いで本屋になります」

「…………お、おー」

「何ですかその微妙な反応は」

「いや、野球選手とか宇宙飛行士ならともかく、本屋になるって宣言されても感慨がね、こう」

「うるさいですよ!」

 モトくん、怒る。本当なら「やっぱりモトくんは草食系だなぁ将来の夢が本屋さんなんてかわいすぎるよハッハッハ」と笑いたいところなのだけれど、笑えない。

 何者でもないわたしに、何者かであろうとする人のことを笑う資格なんてないから。

 まぁこれが世の中の厳しさってやつだよ、うむー。

「で、モトくんが本屋になることがリュウコさんにどう関係するのかな。うん?」

「いやだから、とりあえず大学で商売のことを勉強しなきゃなって思いまして。一人息子で、将来は一応経営者になるわけだし」

「モトくんが社長さんかぁ。なんか牧歌的な風景しか浮かばないよお姉さん」

「とにかく、僕は大学に行くことにしました。しかも、ウチはお金がある方じゃないから私立は無理で、国公立じゃないといけないんです」

 国公立大学。わたしは大学受験すらしたことがないからよく分からないけど、私立より国公立の方が数が少なくてレベルが高いってことぐらいは知っている。とすると、モトくんは一体何をわたしに伝えたいのだろうか。

 あ、ひょっとして。

「下宿先の心配? リュウコさんと同棲できなくなっちゃうんじゃないかって? もう、かわいいなぁモトくんは」

「いや、それはまた後で心配するとして、」

 後で心配してくれるらしい。ちょっと嬉しかった。

「とりあえず、大学に合格しないと意味がないですから。すなわち僕は、勉強しなきゃいけないわけです」

「いいじゃないかそんなのー。キミはまだ二年生だぞ、遊べ遊べ」

「そうやって遊んでいたら授業に置いて行かれて、まずいことになってるんですよ。この間の定期テストも平均以上の科目が一つもなかったし」 

「何だと! モトくんはそんな不出来な生徒だったのか! けしからん!」

「誰のせいだと思ってるんですか!」

「一体誰だ! モトくんを不出来にした奴は!」

「リュウコさんですよ! 毎晩毎晩、僕が寝落ちするまで離してくれないじゃないですか!」

「いいじゃないか! いちゃいちゃのどこが悪いんだ!」

「勉強できないんですよ! このままじゃ僕、大学に入れませんよ!」

「そんなの気合いでどうにかしろばかやろー!」

「どうにかしますよ! だからリュウコさん、夜九時以降は僕を一人にさせて下さい!」

「何でだよ!」

「今までの話を聞いてなかったのかアンタは! 将来のためですよ! 将来のため!」

「…………ぐむ」

 引き籠もりニートにその言葉は卑怯である。言い返しようがないじゃないか。

「いいですかリュウコさん! とにかく今日から、いちゃいちゃは夜九時までですからね!」

「何だかんだ言っていちゃいちゃの時間を取るモトくん、かーわーいーいー!」

「リュウコさんのためですよ! って、何するんですか!」

「ノルマ消化だよバカ野郎! 晩飯も抜きで三回戦まで突入するぜ!」

「セクハラですよー!」  



 とは言ったものの、腹が減っては戦も出来ぬ。

 今日はシチューにしましょうと言うモトくんを半ば無理やりキッチンから追い出して、わたしが夕飯を作ることにした。当然、他に作れるものもないのでお好み焼き一択なのだが。

 モトくんは宣言通り、家事を終えてからわたしがお好み焼きを作るのを待つ間は、食卓に座って勉強道具を広げている。国公立大学に入って本屋になる、というのは本気のことなんだろう。わたしみたいな人間と同棲していても、呑み込まれずに何者かになろうとする努力を忘れないあたり、モトくんは良く出来た人間だと思う。さすがのわたしも邪魔するのが躊躇われて、黙ってキャベツ刻みに従事した。

 人間の価値に優劣はないと言うけれど、あれは絶対に嘘だ。

 お金を稼げる人間は、お金を稼げない人間よりどうしたって偉い。この真理だけは、どうしようもなく覆せない。

 それはきっと、地球を回せる奴と回せない奴との違いだ。

 わたしには地球は回せない。せいぜいお好み焼きを作って、誰かに恵んであげることくらいしか出来ない。

 でもモトくんは違う。モトくんは本屋になって本を売って、地球を回せる。今は、回すための努力をしている。その意味で、モトくんはわたしより圧倒的に価値があるのだ。

 愛があればどうにかなる、とわたしは言う。

 けれどその一方で、愛だけじゃどうしようもなく埋めきれない欠落があるのだ、ともどこかで自覚している。

 だからわたしは、お好み焼きを作る。

 欠落を埋めきれなくとも、せめて穴を埋める努力くらいはしようと思う。

 以前、わたしがもうちょっとマシな人間だった頃は、バイトにも手を出してみたりしていた。コンビニとか、飲食店とか。でも、どんな職場でも必ず同じセリフを言われた。

「きみは何も出来ないんだね!」

 そして例外なく、短期間で解雇された。ニートに陥る最後のバイトでも同じことを言われたから、わたしはついに怒った。怒って、「お好み焼きなら作れるんです!」と言い返した。返ってきたのは失笑だけだった。

 それでも、わたしは自分を信じる。

 お好み焼き「しか」作れないんじゃなく、お好み焼き「だけは」作れるんだと自分に思い込ませて、そしてお好み焼きを作り続ける。

 埋めきれない穴を、どうにかして埋めてやろうと躍起になる。

 わたしはきっと、お好み焼きを作っている間だけ、わたしのままでいられるのだ。

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