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校長先生の秘書  作者: しーもあ
第1部 サーブレシーブとハンバーガー
7/17

サーブレシーブとハンバーガー⑥

 だが、それはあまりに淡く甘い期待だった。

 正直放っておいても事態が好転するとは思えなかった。

 佐々木さんの精神的なケアが必要だとか、誰かが励ますべきだとか、あたりまえのことは思いつくのだが、そんな意味をなさないことしたところで、結局は佐々木さんのために何かをしたというアリバイづくりにしかならない。必要なのは偽善ではなく改善なのだ。

 ただ佐々木さんの場合、こうなった原因はチーム状態と自身のプレーの出来の悪さ、そしてそこからくる人間関係なので、日曜の朝NHK将棋トーナメントを見ながら考えても、私にはどうにもうまい一手が見つからない。

 私はその後パソコンのモニターをずっと眺めていた。この状況で遊びに行こうという気にはとてもならない。


 夕方になり佐々木さんがつぶやいた。

sasattower 決めた

miufeintlove@sasattower 何をですか?

 

 私はすぐに反応したが、返信はなかった。

夜になって佐々木さんは再度つぶやいた。

sasattower 書いた

miufeintlove@sasattower 何を書いたんですか?

 少しあとで佐々木さんから返信がきた。予期していなかったので驚いた。

sasattower@miufeintlove 遺書

miufeintlove@sasattower ええええええっなんでですか? 死なないでください。お願いです。生きてください

 高木さんも「早まらないで。落ち着いて」というコメントをしたが、反応はない。

 

 もういい手が見つからないなんて悠長なことをいっている場合ではない。いま何をすべきか必死に考えた。相矢倉の勝負どころで最善手を無数に考える棋士並みにぐるぐる頭を回転させた。紙に様々なパターンを書いてシミュレートした。

結局残った選択肢は美衣さんに連絡して最悪を回避しつつ確実にベターな結果を出すか。それとも危ない橋を渡ってでもベストを求めるかのどちらかだった。

 美衣さんにまかせれば肩の荷は下りるし、きっと期待にたがわぬ結果は出してくれるだろう。だが、私は美衣さんには連絡せず寝ることにした。

 はじめは解決さえすればいいやと思っていた。だが、佐々木さんを見ているうちにそれでは彼の高校生活はきっと後悔だけが残るものになってしまうと感じるようになった。高木さんや美衣さんのいう通り、佐々木さんは観客もうならせるほどの速攻やブロックができるようになるまで必死に努力をしてきたのだ。少しくらい報われてもいいのではないか。 

 そのために私はベストを尽くすことにした。

 なんとかしてやるという情動が勝った。

 

 夜中に何度か佐々木さんのつぶやきを確認したが、更新はされなかった。ほとんど眠れないまま午前四時に起き、身支度を整え、自転車にまたがり始発に乗って佐々木さんの自宅に向かった。

 佐々木さんの自宅前に着くと電柱の陰で様子をうかがった。目立ちたくなかったのでズボンは制服だが、上にはパーカーを着た。ブレザーはたたんでバッグに入れてある。

 五月の朝は明るくなるのが早い。スズメがもう活動を開始している。さわやかで、死のにおいなどまったくしない朝だった。

 だがその光景とは裏腹に、私は焦りと苛立ちと祈りと願いをジューサーに入れたような心境だった。佐々木さんが自宅ですでに自殺している可能性もあるわけで、とにかく彼に生きて家から出てきてほしかった。佐々木さんの部屋がどこかわからないし、カーテンも下りたままなので様子はわからない。


 待った。

 焦燥感しょうそうかんを噛みしめひたすら待った。

 一時間以上待ったところでドアが開き、佐々木さんが出てきた。

 私は思わず歓喜の握りこぶしをつくった。

 だが、安堵するにはまだ早い。

 通勤通学にはまだ早く、人通りはさほど多くない。佐々木さんは下を向きながら力ない足取りで歩いていく。地下鉄の駅に着き、朝も夜も変わらない薄暗いホームに降り立つと、ホームの端でうつむいたまま動かなくなった。回りを見ていないようだったので、私は近くの柱の陰でその姿を見ていた。

 一本、二本、電車が通り過ぎていく。

 何度目かの「次の電車がまいります」というアナウンスが流れた。

 佐々木さんはそこで意を決したかのように荷物を下に置き、白線の前に出た。電車の光がゆるやかなカーブの向こうから見えてくる。私は息をのみ、急ぎ足で近づいた。

 

 佐々木さんは足音に気づいたようで、怯え顔でこちらを振り向く。私はためらわずうしろから佐々木さんの襟首をつかんで、力いっぱい引き倒した。


「いかせねーよ」


 尻もちをついた佐々木さんの大きな身体を見下ろし私はそういった。次の瞬間ファンとホーンが鳴り、電車がホームに滑り込んだ。空気の渦で髪が揺れた。

 

 佐々木さんはへたりこんだまま立ち上がらない。いや立ち上がれないのか。仕方ないので壁ぎわまで引きずり私も床に座った。

 朝早くから男子高校生二人がホームの端で座り込んでいるのは異様な光景なようで、絶えず視線を感じるが、みな関わりたくないのか誰も何もいってこない。いかにも飛び込み自殺をしそうな雰囲気の佐々木さんに私以外の誰もが無関心だったわけだから、そんなものなのかもしれない。

 気づくと佐々木さんは静かに嗚咽していた。涙が止まらないようで顔が濡れていた。何を思い泣いているのか、私にはわからない。

 手持無沙汰だったので手帳を出して一筆書いた。

『そのなみだ とめどなく とめどなく』

 いま気づいたが、私はあまりセンスがないのかもしれない。

 

 そのあと美衣さんにメールした。

「いま佐々木さんといるんだけど、いろいろあって今日は二人とも学校休むのでよろしく。詳しい話はあとで」

 しばらくして佐々木さんが泣きやんだころ私はいった。

「今日はつきあってもらう」

 地下鉄に乗って学校の最寄駅を通り過ぎ、ターミナル駅でJRに乗り換えた。

佐々木さんはいわれるままおとなしくついてきた。もう自殺しようという衝動はなくなっているように見えた。

「君は、誰なんだ?」

 電車が郊外に向けて走り出したところで佐々木さんが話かけてきた。

「ん? ああ私は校長秘書の古口だ。申し遅れて失礼」

 そういって名刺を出し、渡した。

「秘書って生徒だろ? 新雪の」

「そっ一年」

「一年か。そのわりには落ち着いてるな」

「そら、どうも」

「なぜ止めたんだ?」

「目の前で死なれたら目覚めが悪いからな」

「うん?」

「仕事だからな」

「仕事? 誰かに頼まれたのか?」

「校長から」

「なんで校長先生が?」

「さあ」と私はとぼける。

「ああ、高木さんが頼んだのか? ほっといてくれればよかったのに」

「ほっといてくれればか、よくいうよ。なら佐々木さんは身近な人、たとえば男バレの仲間が自殺しようとしていたとしても、見て見ぬふりをし、死にたいのなら死ねばいいと思うか?」

「……」

「それと同じだ。傍から見ればたいした理由でもないしな。ま、自殺するほど重大な理由なんて世の中にあるとは思わないが」

「……君にはわからないんだ」

「そりゃ佐々木さんの心情は察することしかできないが、バレーボールでいいプレーができず顧問に怒られへこみ、つらくなったから自殺したという話を聞いて、ああそれは仕方ないね、なんて誰が思う? 佐々木さんは西川先生に無言の抗議をしたいのかもしれないが、自殺したところで西川先生が糾弾きゅうだんされ、職を失い幾ばくか後悔するくらいのものだろ。たかだかそれだけために命を捨てるなんてまったくもって馬鹿げている。佐々木さんの命は佐々木さんのものだけじゃないんだ。産んでくれた親のものでもあるし、新雪学園にいる以上……? だから自殺なんて愚行、私は絶対ゆるさない」

 話しているうちになんかおかしくなってきたと思ったらこれ美衣さんの決めゼリフだ。いつの間にかシンクロしていた。これじゃパクったみたいだ。いけねー☆

 でも訂正や補足はしなかった。


「この前練習試合観たんだ」

 私はなんとなく思っていたことを続けた。

「佐々木さん二試合目に出てきて速攻二つのあと一枚ブロックを決めたよな。あの日、あのときの歓声が最も大きかった」

「何がいいたい?」

「いや、ただ佐々木さんのプレーに魅了されたってことだ。私もそうだし、ほかの観客もそうだ。それは誰にでもできることではないし、こんな素晴らしいプレーができるようになるまで努力してきたのに死ぬなんてもったいないなって純粋にそう思ったんだ」

「そうか……」と佐々木さんは静かにいった。「ありがとう。でも、なんで今日、自殺するのがわかったんだ?」

「うーん、なんというか、私は有能だからな。You know?」

 あ、カッコいいこといった。決めポーズも考えておくべきだった。

「やっぱり高木さんか?」

 スルーかよ。

 もちろん佐々木さんのつぶやき内容から今日だと思ったのだが、統計上自殺は月曜日が最も多いということも知っていた。休み明けの朝はみな憂鬱なのだ。

「私のまたの名前を教えてやろうか」といって女性声に変えた。私は意外と芸達者でもある。「あたし、みう@フェイントLOVE♡です」

「うん? ああっ! つぶやっきーのあれおまえだったのか。誰だよ、コイツは? って思ってたんだ」

「この件に関してはだまして申し訳ない」

「そうか……。いや、もういいけどさ」

 

 目的の駅に着くと、バーガーショップに入り、ビッグバーガーセットを二つ買った。目的地は駅の目の前にある大きな臨海公園で、なだらかな坂道を登ると眼前に海が広がった。

 休日は家族連れなどでにぎわう公園だが、平日の昼間だとさすがに人は少ない。都会なのにどこか牧歌的な雰囲気が新鮮に感じる。新緑がまぶしい芝生エリアを横目に、海の見えるベンチに座り、ほどよく温かい紙袋からハンバーガーを出した。

「ハンバーガー好きなんだろ?」

 そういって佐々木さんにハンバーガーを手渡した。

「ああ」

「死んだらハンバーガーは食えないぞ」

「そうだな。ハンバーガーとポテトとコーラ、この組み合わせはこの世で最高の定理の一つだと思う。このセットを食べるだけで生きている価値はある」

 佐々木さんはビッグバーガーにかじりつき、右手でポテトを五本ずつ食べ、コーラのLをがぶがぶ飲んだ。なかなかの食べっぷりだ。

「じゃあそのセットを食べるために生きるってことでいいんじゃないか。積極的に死を選ばないというだけで、たいていの人だってささやかなことを励みに生きているわけだし。佐々木さんだっていつかウェンディーズでハンバーガーを買ってNBAを観戦するのが夢なんだろ?」

「ウェンディーズ? そんなこといった覚えはないが」

「あっそう」

 何か間違えたか。

「でもウェンディーズか、いいなアメリカっぽくて。むかし日本にあったときパテが四枚挟まっているバーガーが発売されてずっと食べたいなって思っているうちになくなってしまったんだ。ウェンディーズ自体が。残念だったなあ」

「ケビン・デュラント好きなんだろ?」

「よく知っているな、さすが高木さん。君もNBA好きなのか?」

「詳しくはないが、いまはレブロン・ジェームスの時代だろ?」

「レブロンはたしかにすげえ。だがスコアラーとしてはデュラントも負けてないぜ。彼は得点王なのに謙虚だし、バスケに対して誰よりも真摯だ」

「じゃあ活躍を見ずに死ねないな」

「もうわかったって。なんか自殺する気も失せたしさ、アメリカでウェンディーズのバーガーを食うまでは死なないよ」

「よし、約束だ。ただしウェンディーズっていまも日本に店あるらしいが、そこはダメな」

「ええっそうなのか?」

「やーい、佐々木さんの情弱ううう」とはやし立ててみたが、はしゃいでいる場合ではなかった。私にはまだやるべきことがある。

ちょうどそこへ白髪の優しそうなご婦人がゆっくりと目の前を通り過ぎようとしていた。

「おばあさん、こんにちは。お散歩ですか?」

「えっ? あっ、はい、こんにちは。そうなの。天気がいい日はこうやって毎日散歩しているのよ。お二人は高校生かしら?」

「はい、そうです。いまちょうど課外授業の最中なんです。それでですね、彼が長生きの秘訣を知りたがっているんですよ、総合学習の研究課題なので。ぜひ教えてあげてもらえないですか」

「あらら、いまの高校ってそんなことやってるのね。いやあね知らなくて。長生きの秘訣なんてたいしたことわからないけれど、わたしの話でいいのかしら?」

「はい、よろしくお願いします。ここどうぞ」

 私は立ちあがって席を空けた。

 佐々木さんは「ええっ?」って顔をしているが、「ちょっと出かけてくる」と手を振って立ち去った。長生きの秘訣は佐々木さんが最も聞いておくべきことだろう。


 私は二人の姿が見えなくなるところまで行ってから携帯電話を取り出した。画面には美衣さんから五度の着信が表示されている。やべえ、こわっ。とりあえず「順調♪」とだけ入れてメールしておいた。

 私はまず高木さんに、佐々木さんが自殺しようとしてそれを止めたこと、そしていまは臨海公園にいることなどをメールで伝えた。続いて佐々木さんと仲のよいセッター加藤さんにもメールした。内容は高木さんに送ったものとほぼ同じだが、事の重大さに関しては三倍増しにしておいた。

 そして本丸の西川先生だ。

 直接携帯電話にかけてみたが、出なかったので高校の代表電話にかけた。女性の事務員が出た。

「はい、新雪学園高校でございます」

「校長秘書の古口です。西川先生お願いします」

「え? あ、少々お待ちください。……いま西川先生は授業中ですね」

「校内放送で呼び出してください」

「ええっ? そんなこと……」

「私は校長の命で動いています。緊急を要する事態が発生したので早くしてください。一刻を争います」

 それほど急ぐ必要があるかというとそうでもないのだが、まあこういうのは勢いの問題だ。

 私はむかしからハッタリが得意で、それを見て美衣さんがつけたあだ名が『忍者ハッタリくん』なのだが、元ネタをよく知らないので面白くもなんともない。 それはともかく私でも西川先生相手だと気張らなければきつい。手帳を見て、昨日シミュレートした内容を確認する。

「代わりました、西川ですが」

「校長秘書の古口です。よく聞いてください。先ほど男子バレー部の佐々木さんが地下鉄のホームで自殺を試みました。寸前で私が止めたため、幸い未遂で終わりましたが、西川先生いいですか? これはせーのっ! で道路に飛び出すようなゆゆ式事態です。少し前に佐々木さんの様子がおかしいという情報が校長のもとに入ったので、私が一週間ほど彼を見張っていました。彼を自殺に駆り立てた原因の大半はバレー部にあり、西川先生の指導によるところも大きいといわざるをえません」

 西川先生には男バレを強くし全国へ行き、全国制覇をめざすという使命感と周囲からの期待があるわけで、私は先生を特別悪くは思っていない。

 だが、西川先生は男バレにとって絶対的な存在であり、誰かが何かをいえるような雰囲気ではなかった。だからこそ西川先生には厳しい指導をする一方で、佐々木さんやほかの部員に十分に気を配るべきだったし、せめて佐々木さんから発せられたSOSを感じとって限界が来るまでには気づいてほしかったと思う。

 とはいえ、私のような小童こわっぱがはるかに年上の西川先生に対して偉そうなことをいうのはちゃんちゃらおかしいのだが、美衣さんにありのままをいうと、学校全体の問題になり西川先生は顧問を外され、男バレが活動停止になり、大会への出場そのものを取りやめる事態にまで発展する可能性がある。それはきっと佐々木さんの望むことではないし、そんなことになったら佐々木さんがほかの部員から糾弾されるかもしれない。

 なので私はこうして虚勢を張り戯言たわごとをのたまっている。

 西川先生は黙ったまま私の話を聞いていた。少なかれショックは受けているだろうし、話が最終的にどのような方向へ行くのかを見極めているのだと思う。

 私は締めに入った。

「本来であれば校長に報告し、西川先生の処分についても検討してもらうべき事案です。ですが……」


「おまたせ。おばあさんは?」

 電話を終え、私は佐々木さんのもとへ戻った。

「散歩の続きをするそうだ」

「そっか、長生きの秘訣は聞いたか?」

「毎日散歩して、野菜と魚を食べることだそうだ。あと、ひじきの煮物」

「イイハナシダナー」

「だな」といって佐々木さんが笑った。

 彼の笑った顔を見たのははじめてだ。愛嬌のある青年カッパみたいでなかなかかわいらしい。

「ところで、君は」

「ん?」

「なんで自分のこと私っていうんだ?」

「カッコいいからだ。似合ってるだろ?」

 フィリップ・マーロウも日本で最初に訳された『大いなる眠り』では「俺」という訳だったのだが、次作より訳者が替わり、それ以後『私』になった。

うん、やっぱりマーロウには『私』が似合う。

「いや、そうでもないと思うが。あとなんでタメ口?」

「ハードボイルドに敬語は合わないからな」

「なんだ、それ? みう@のネーミングもそうだけど、君はヘンなやつだなー。まあ、バレー部でもないしいいんだけどさ。なんかさ君みたい自由な感じ、うらやましいよ。ずっと規律だらけの部活にいたからさ」

 会話がなくなり、目の前に広がる空と海を二人して眺めた。風の中を気ままに舞うかもめのいる五月の空は薄く澄んでいた。

 学校で授業を受けているみなとはまるで別の世界にいるようだった。こんなに静かで穏やかな世界を知らないなんていかに自分が無知であるのかを思い知らされる。

 しばらくしてメールが来たので「行こう」と佐々木さんをうながし、この公園のシンボルである大観覧車の乗り場に向かった。チケット売り場で券を二枚買うと、ちょうど高木さんが歩いてくるのが見えた。佐々木さんは高木さんを見て驚き、高木さんは佐々木さんの姿を認めると涙ぐんだ。

「佐々木くん……」

「高木さん……あの、その、いろいろとごめん……」

 佐々木さんはバツが悪そうに謝った。

「さあ乗った。積もる話は青い空と海をバックにどうぞ」

「えっ? 古口くんは乗らないの?」

「宗教上の理由でいまちょうどメッカに向かって腕立てをする時間なんだ。お二人でどうぞ」

 そうやって当惑する二人をむりやり観覧車に乗せた。この観覧車は一周するまで二十分もかかるらしい。

 そういえばあの二人はどういう関係なのだろう? どちらかがどちらかを好きなのだろうか。そんなことまったく考えていなかったが、さしたる興味もないし詮索するのは無粋というものだ。

 そのまま乗り場で待っているとやがて見なれた制服の一行が見えた。時間通りだ。男バレのなかでも比較的背が低い人が先頭だ。

「加藤さんですか?」

「はい、きみが古口くん?」

「そう。いまちょうど佐々木さんと高木さんが観覧車に乗っていて、もうすぐ降りてくるからみなでお出迎えしてやってくださいまし」

 加藤さんには三年生のほかの部員を連れて至急来るように伝えたのだが、六名全員が授業をサボって来るとは思わなかった。みな思うところがあったのかもしれない。最後尾には西川先生の姿もあった。

「西川先生、先ほどは失礼しました。校長秘書の古口です。調子に乗ってすみません。言い過ぎました」

 先生にも至急来るように伝えておいた。というか脅しておいた。当然かもしれないが、西川先生は神妙な顔をしている。

「佐々木さんが自殺しようとしたのは事実ですが、その他のことはまあ忘れてください。校長にもいわないので」

 西川先生は突っ立ったまま「そうか、すまない」とだけいった。

「先生にも思うところはいろいろあると思うんですが、とりあえず佐々木さんは責めないでやってください」

「ああ」

 

 観覧車の扉が開き、二人が降りてくる。佐々木さんが部員たち一団に気づいたようで目を見開いた。

 これが今回私のとった『観覧車 降りたら部員 待っていた』作戦だ。

 だが、佐々木さんはみなのもとへは歩み寄らず立ち止まってしまった。西川先生の姿を見つけたからだろうか。それを見た高木さんが手を引いてみなのいるところへ連れていく。加藤さんがはじめに話しかけ、佐々木さんを中心に輪ができる。部員一同がひと通り声をかけたところで西川先生が歩み出た。みな息を飲む。

 西川先生は二言三言何かをいった。そして深々と頭を下げた。

 佐々木さんの肩が落ち、静かに泣き出した。

 佐々木さんって結構泣き虫なのかもな。いやこんな状況では当然か。むしろ泣くべきなのかもしれない。きっとそれはよい涙なのだから。

 そんなことを思いながら私は歩いていた。

 そのころにはもう男バレの一団からはかなり遠ざかっていた。

 私の出番はもう終わっていた。


 一人電車に乗ると、美衣さんからメールが来ていた。

『いますぐ学校に来なさい。来ないと鍋に入れて真路煮―にするぞ』と書いてあった。

 わーい、今晩の晩ごはんはお鍋だねっ☆

 仕方がないのでバッグに入れてあった制服を着てそそくさ学校に向かった。

 学校をサボったことと、肝心なところで報告や相談を怠ったことに対して美衣さんはおかんむりだった。その激おこぶりに気圧けおされてうっかり真実をおもらししそうになったが、結局美衣さんには次のように事実を端折って報告した。

 佐々木さんと直接話をし説得した。なりゆきで学校サボって海を見に行った。いまが絶好期と判断し、ちょっとした嘘をついて西川先生と部員を公園に呼び出した。部員みなに事の経緯を説明してわだかまりが解けた。

 そんなふうにまとめて、実際に自殺未遂にまで至ったことと、そうなるまで佐々木さんを泳がせたことは伏せた。

 そんなことをいったら美衣さんに殺されかねない。美衣さんは怒ると怖いなんてもんじゃない。鬼です、鬼ですから彼女。

 高木さんには口止めするようにいっておくし、西川先生もわざわざ不利益になることを自分から言い出すとは思えない。大丈夫だろう。

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