サーブレシーブとハンバーガー⑤
新雪学園高校は土曜も午前中だけ授業がある。私のいる特進クラスは毎週だが、一般クラスは基本的に隔週だ。今日は一般クラスも授業がある週なので平日と変わらない通学風景だった。
授業が終わったあと購買でパンを買い、校長室に向かう途中で奈緒に会った。奈緒も私と同じく特進クラスなのだが、特進クラスは二クラスあり奈緒はA組にいる。
「今日男バレの練習試合あるんでしょ?」
「二時から第一体育館」
今日の練習試合は新雪でやると、昨日夜遅く高木さんからメールの返信があった。
「行くの?」
「もち」
「わたしも時間あったら行くね」というと、奈緒はおつかいで卵を買い忘れた小学生のように走ってどこかへ消えた。
校長室には誰もいなかったので、カレーパンとコロッケパンを食べて適当に時間をつぶしてから第一体育館に向かった。第一体育館には二階に観戦できる大きめのギャラリーがあり、新雪の生徒がすでに十人ほどいて試合が始まるのを待っていた。
練習試合の相手はすでに二校ともきていた。各チーム二試合ずつの合計三試合行うようだ。
第一試合は新雪と赤いユニフォームのチームとの対戦で、佐々木さんもスタメンだった。試合は接戦だったが、地力は明らかに新雪のほうがありそうなので苦戦ということになるのかもしれない。
相手のサーブは佐々木さんをねらうことが多い。ローテーションするし、後衛専門のリベロも交代で入るので何気なく見ていたら気づかなかっただろうが、高木さんから聞いた予備知識もあるし、佐々木さんの1番の背番号だけを追っているのでそのことがよくわかる。もちろん佐々木さんのレシーブがきれいにセッターに返るときもあるのだが、二度ほど明らかなミスをし、それ以降はあきらかにプレーが委縮してしまったように見えた。
試合は一セットずつを取り合い三セット目に入った。このセットから佐々木さんが後衛に回ったときにはリベロの選手と交代するようになった。西川先生も我慢の限界なのかもしれない。
新雪の男バレはときどき凄まじいプレーをする。きれいにハマったときのスパイクの威力は相手チームとはレベルが違うし、クイックと見せかけてのバックアタックなど技術的にも超高校級だ。
だが、新雪のムードは明らかによくない。相手チームはよく声が出ているのに新雪のほうは選手同士声をかけあったりしていない。レシーブも不安定で、サーブミスなどおそまつなミスも多い。第三セットも中盤までは競っていたが、それ以降は連続ポイントを取られてこのセットを落とした。どうやら二セット先取のゲームだったらしく結局負けてしまった。
試合後体育館のステージ上に新雪の部員たちが集められ、西川先生が怒声を浴びせかける。その姿を見ているとこっちまで胸が痛くなる。
コートでは別の高校同士の試合が始まっていた。先ほどの赤いユニフォームのチームと緑色のユニフォームのチームの対戦だ。特に興味もないのでぼんやり見ていると奈緒がやってきた。
「新雪の試合もう終わっちゃったの?」
「一試合終わった。このあともう一試合やるみたい」
「そうなんだ。一試合目はどうだった?」
「負けた」
「佐々木さんは?」
「試合には出ていたけど調子はよくない。完全に自信を失っている感じ。だから思い切ってプレーできなくてまたミスるという悪循環」
「そっかあ。どうしたらいいんだろうね」
「ホントそう。どうすればいいのかずっと考えているんだけどな。そのあいだにも状況はどんどん悪くなっている」
「うーん……」
「生徒会忙しいのか」
考えても名案が浮かばないので話題を変えた。
「来月、生徒会役員の選挙あるからそれで少し忙しいかな。このあとまた行かなくちゃ」
「役員選挙って奈緒も出るのか」
「うん、書記に立候補する」
「高校に入って数カ月でもう書記なんだ」
「三年生は受験勉強で引退するのが早いから」
「奈緒はなんで生徒会に入ったんだ?」
「うーん、あらためて聞かれると答えづらいけど、ママが新雪をいい高校にしようと頑張ってるの見ているから、わたしも少しは手伝えたらなって思って」
「ふーん。……ふーん」
ほめてやらないんだから。
「そういう真路はなんで秘書をやることにしたの?」
「それはまあ……お金がもらえるからな」といってはみたが、いまやっていることがアルバイトだってことをすっかり忘れていた。そういえば給料っていつもらえるんだろう?
「素直じゃないなあ。真路だって誰かの、何かの役に立ちたかったんでしょ?」
「まあ……否定はしないけど」
新雪の試合ではないのでギャラリーには数人しかいない。歓声もコート回りだけで、ボールの弾む音がよく響く。
「ね、むかし一緒にバレーボールしたよね」
「ん? ああ、あの公園でか」
「そっ、ドレミ公園。なつかしいね」
幼いころ母と一緒に美衣さんの家に遊びに行くと、私と奈緒は近くにある公園で遊ぶのがおきまりだった。それなりの広さがある公園で、砂場やブランコ、すべり台で遊んでいたのだが、小学四、五年生のころだったか、奈緒がバレーボールを買ってもらい、美衣さんからアンダーハンドパスとオーバーハンドパスを教わって一緒にやった記憶がある。
「けど、バレーボールってすぐにやらなくなったよな」
「手が痛くなっちゃったのと、バドミントンのセットを買ってもらって、そっちをやるようになったからだよね」
「バドミントンはよくやったなあ。奈緒が中学でバドミントン部に入ったのってそれがきっかけだろ?」
「そう」
「バドミントンに未練はなかったのか」
「うん、もう満足した。高校では生徒会に専念する」
「そっか」
「うん」といって奈緒は携帯電話を取り出した。「生徒会から呼び出されちゃった。行くね」
そういって奈緒は手を振り、体育館をあとにした。
気づくと試合は終わっていた。緑チームが勝ったようだ。
続いて新雪の選手がコートに戻り、緑チームとの試合になったが、スタメンから佐々木さんは外されていた。
佐々木さんが抜けても、新雪のサーブレシーブは幼稚園のお外で遊ぶ時間くらい乱れていた。佐々木さんの代わりに入った選手のレシーブもいまいちだ。というか佐々木さん以下だった。セッターのトスワークもタイミングが合っておらずチーム全体の歯車がかみ合っていない。
一セット目を落とし、二セット目に入ると佐々木さんが再び出てきた。入ってきて早々ズガ、ボンと力いっぱいハエを叩くような速攻を二発決めると、相手のバックアタックを一枚ブロックできれいに止めた。
「お、すげえ!」と近くで観ている人たちから歓声が上がった。こんな歓声が上がったのは今日はじめてだ。
たしかに同じクラスの昭島がいっていたようにパネェブロックだった。
佐々木さんやればできる子じゃん。
でもかなしいかな、佐々木さんの見せ場はそこで終わった。交代で強烈なジャンプサーバーが出てくると佐々木さんがねらわれ、三連続サービスポイントを取られてしまった。そこでチームの流れも悪くなり、打開策を見出せないままこのセットも取られ、試合は終わった。
新雪の男バレは完全にお葬式状態だった。誰も何も話さないし、佐々木さんにいたってはうなだれている。
この後はバスケットボール部が第一体育館を使うらしく、コートを片づけ男バレ部員たちが引き上げていく。ちょうど昭島がいたので聞いたら、どこかの教室でミーティングという名の説教会をするらしかった。
説教会は三十分ほどで終わった。教室の外で様子を窺っていたのだが、はじめは聞こえていた西川先生の怒声もやがて消え、途中から中に人が大勢いるとは思えないくらい静かになった。どこか諦めムードすら感じてしまう。
ミーティングが終わったあとも佐々木さんは一人教室で座っていた。何を考えているのだろうか。話かけることもできるタイミングだったが、私にはなんと声をかけていいのかわからなかった。夕暮れ時の陽光が差し込むなかブラスバンド部の低音の音だけが鳴り響いていた。
駅まで佐々木さんのあとをつけた。昨日と違い、ホームでは自殺のそぶりを見せることもなく、放心状態で電車がくるまでベンチに座っていた。私は佐々木さんが力なく電車に乗るのを見届けるとそのまま自宅に帰った。
その日の夜、佐々木さんはこのようにつぶやいた。
sasattower 試合最悪だった。なんで僕は生まれてきてしまったのだろうか
傍から見るとそこまで自己嫌悪する必要などどこにもないと思えるが、井戸の底にいるような心理状況の彼にとっては絶望以外の感情をどこにも見出せないのだろう。
効果があるとも思わなかったが、みう@フェイントLOVE♡のアカウントでそのつぶやきにコメントをした。
miufeintlove@sasattower よくないときもありますよ。いまがドン底ならあとは上がるのみです!
その後高木さんから明日日曜日の練習が休みになったというメールがきた。練習の予定だったが、今日のミーティングで西川先生が休みにしたそうだ。
高木さんに電話して今日の試合やミーティングでの佐々木さんの様子を聞くと、一試合目に集中していない、気合が入っていないという理由で二試合目のスタメンを外されたらしく、二試合目出てきた直後は私も見ていた通りの活躍だったが、先生の評価は下げ止まったままで今後のスタメンの座も危ないとのことだった。まさにドン底だ。佐々木さんでなくても嫌になるだろう。
ただ明日ひさしぶりのオフらしいので、そこで気分転換してくれたらと、わずかばかりの期待をした。