現状把握その後
「お嬢様。詩織お嬢様。本日のお召し変えはどちらに致しましょう?」
こちらなんていかがでしょうか、と広げられたものは薄い生地が何枚も重なっているため、空気をはらんでふわひらと動く。
ここで生きていくためには、詩織ちゃんのふりをするしかないと決意したあの日から既に数日が経っている。
あの日、あれからわたしは、すべての便箋を使い切る勢いで"詩織ちゃんの日常"を書き出していった。記憶は受け継がれていたから。………というより、美雪の記憶より、詩織の記憶の方が完全だった。美雪のは嫌な事がほとんどなくて虫喰いだらけの記憶だったから。
まぁ、何はともあれわたしは、ある規則性を見つけた。
というよりも、詩織’Sルール?
だから見るからにふわふわしすぎて落ち着きがないドレスを見て、頬が引き攣りそうでも詩織ちゃんのいつもの行動で返す。
そのルールにのとって。
「別に。なんでもいい。」
そしてぷいっと横を向く。
これもいつもどうり。
詩織ちゃんの朝は早い。
そして起きたら速攻で外に出る。窓から。
もちろん着替えはしないし、裸足のまんまで、だ。
初夏、というこの季節であってもパジャマが長袖長ズボンというのはその辺を考慮した侍女達の計らいであろう。
木登りに始まり、いろんな遊びをしているうちに百合が迎えに来る。
どこで何をしていてもほぼ毎日同じ時刻に姿を見せる不思議な人。
抵抗も虚しくーー五歳児の抵抗なんて微々足るものであろうがーー捕まえられ強制的に部屋にほうり込まれ、着替えを強要される。
まぁ、当たり前といえば当たり前だが。
そうして冒頭に戻る。
詩織ちゃんは拗ねてるだけなのか、ただ単に服に興味がないのか定かではないが、わたしの苦労は並大抵ではない。
わたしは平凡な家庭の娘で庶民であったが、木登りなんてしたことがなかった。
わたしはおとなしい子供だったんたから!
ぱさ。しゅっしゅと布が音をたてる。
こうやって着替えさせてもらっているときもずっと不機嫌な顔を崩さない。
その顔が笑顔に変わるのはもう少し後の事。
「母様!おはようございます!」
そう言ったわたしが抱きついたのは、見目麗しい、華奢な女性。
「まぁ、朝から元気が良いのね。おはよう、詩織。さ、お父様にも挨拶して来てちょうだい。」
そういって彼女は奥の扉を指した。
詩織ちゃんママはすごい美人で気品溢れる人だ。
目が合うと必ず慈愛に満ちた笑みをむけてくれる。
「はい!」
元気よく返事した後、ぱたぱたと足音まで付けるわたしは芸が細かいといっても良いのだろう。
「わっ…………!」
取っ手に手をかけ、開けようとしていた扉が急に開いた。
そこから出てきたのは…………
「お父様!!」
詩織ちゃんパパもすごい美形である。
初めて会った時に、眉目秀麗とはこういうことを言うんだろうと思ったくらいに。大袈裟じゃなくて。
「お父様、おはようございます!!」
にっこり無邪気な笑顔を向けると大きな手が降りてきた。
そのまま頭を撫でられる。
「ああ。おはよう。」
頭に手をやると握られた。
ふわりと微笑むと手を繋いだまま歩きだすーーーー食堂へ。
「わっやった詩織の好きなパンだ!!」
今日も橘家の朝食がはじまる。