現状把握
ぱちりと目を開くと、最初に目に飛び込んできたのは淡いピンクだった。
見覚えのないものに変だと告げる自分と、これでいい、これが日常と告げる自分がいた。
目は腫れぼったく少し不快だったけど、気分は何故かすっきりとしていた。
だんだん覚醒しつつある頭でぼんやりと観察すると、最初に見たものはこのベットについている豪奢な天蓋のようだった。繊細なレースをこれでもかというほど、あしらったもの。でもそれは乙女心をどこか………いや、がっしりと掴む。
のろのろと頭を動かせば、この部屋に置いてあるものすべてが、そういったメルヘンちっくな、乙女ちっくなものだった。
「―――――――――――――。」
やっと頭がはっきりして来た。
「―――――――わたしは………」
吐息とともにつぶやけば、以外とはっきりした気丈な声が出た。
それに元気と勇気をもらうのと同時にいろんな事を思い出す。鮮やかに、鮮やかに。色と熱を持って。
一度静かに目をつぶると、一呼吸分深呼吸した。
それからゆっくり起き上がると、ごそごそとあるものを探し回る。
取り出したものは、花柄の便箋とインク、万年筆のようなペン。
おもむろにそれらを机の上に広げると意を決して、ペン先をインク瓶の中に入れた。
―――――わたしは井上美雪。
下に中一の弟と小四の妹がいる平凡な高校二年生。
この身体は、橘詩織ちゃんのもの。
この国有数の超がつくほどお金持ちの家、橘家の一人娘。
どうしてその中にわたしがいるのかって?
そんなものわからすかいっ!こっちが聞きたいくらいだよ!
…………でもなんとなく想像はついてるんだ。
ふと気がついたらわたし………美雪は真っ暗なところにいた。
そこで突っ立っていたんだけど、それだけなのに疲れちゃって………なんというか人を無気力にさせるーーーーそんな空間だったんだと思う。
気づいてからどのくらい経ったのかな………誰かの声が聞こえてきた。
最初は何言っているんだか分かんなかったし、何もしたくなかったから、うるさいなぁとしか思わなかった。
でもそれが急に悲鳴に変わった。
すごくはっきり聞こえたよ。
"いやだ"って。
その声で目が覚めたというか我に返ったというか…………とにかく助けに行かなくちゃって思った。
だってその声はずっと、"助けて"って叫んでいたのだから。
駆け出して、その声の持ち主のところにたどり着いて、やっぱりって思った。
やっぱりちっちゃな女の子だったんだって。
小学一年生くらいのワンピースを着た女の子。
その子に真っ黒い触手みたいのが巻き付いてた。
ワンピースが白かったから余計によく分かった。
絡めとって食べてしまおうとしているかのように、巻き付いていたそれ。
助けなきゃと思ったけど、わたし一人で出来るか不安になるほど、それは太かったし、数も多かった。
その時思い出したのは、我に返った直後、辺りを見回した時に見つけた人影だった。
沢山とは言えないけれど、それでも結構な数がちらほらとあちこちに見えた。
あの人達に助けを求めれば――――――
――――――やっぱダメだ。
迷ったのは一瞬。
すぐにその考えを切り捨てる。
だって、あの人達はうるさいなぁと思っていたわたしとよく似ていたから。
立ち姿が。雰囲気が。全てが。
きっと声が届かない――――そう思った。
「きゃぁ…………!」
ずるり、とまた少女が一歩引きずり込まれるのを見た瞬間わたしは飛び出した。
「まって…………!」
そこから先はよく覚えていない。
女の子を引っ張って引っ張って引っ張って。
最後まで、絡め取られていた女の子の手が抜けたと思った瞬間弾き飛ばされた。
で。気づいたらここにいた。
この、橘詩織ちゃんの中に。
わたしが助けたあの女の子の中に。
「………………………………。」
そこで一度ペンを置いて立ち上がった。
向かう先は鏡。
鏡の中の自分と目を合わせた。
光の当たり具合によって黄色を帯びた薄紅色、香染めの色から、黄色を帯びた淡い茶色、朽葉色を行ったり来たりする、不思議な色の瞳。
前は……美雪は真っ黒い瞳だったから、どことなく違和感を感じる。
髪もそうだ。
前は髪も瞳も両方真っ黒かった。
でも今はどうだ。
両方基調にしているのは茶色。
前とは全然イメージが違う。
まあ、髪はひそかに憧れていた色に遠からず、といったところだからいいとしよう。
憧れていたのは、ぱっと見、黒に見えるけど光に透かされると茶色っぽくなる髪。……染めたわけでもないのに。そして一番友達に多かった色。
少し茶色が強い感じもするが、これは許容範囲内だろうと結論ずける。
これは。
………美雪の時もよく、雪のように真っ白い肌だね~といわれたが、こんなレベルじゃなかったと思う。
あれは、"黄色人種といわれる日本人の中では"が頭についていたんだと思い知らされるほど、透き通るような白さ。
本当の純白の雪色。
ほんのりと桜色に染まる血色のいい頬。
つと鏡を撫ぜる指先までもが――――
「あ――――もうっ!」
自分が入っている身体の特徴を述べているだけで何故こうも恥ずかしくならなければならないのか。
すべてはこの身体のせいだ。
人形のように完璧な造形。
けれど。
鏡から指先が離れる。
こうもわたしがはしゃいでいて良いわけはない。
わたしはこの身体の本当の持ち主ではないし、持ち主である、詩織ちゃんはどこにいるか分からないのが現状だ。
少々憂鬱になりながら、再度便箋に向かい直る。
この顔とあの女の子、それから、あのパステルカラーのビー玉のなかにいた女の子は、同一人物だ、という確信を抱きながら。
ここから先は疑問点を整理しよう。
1詩織ちゃんの魂?……意識はどこに行っちゃたのか。
2わたしは何故ここにいるのか。
3これからどうなるのか。
1は考えても分からなそうだから、取りあえず保留。でもわたしと同じようにどこかに飛ばされたのかもしれない。
2はあの真っ暗な空間で助けを求めていた詩織ちゃんを助けたから?
3………これから……………。
可能性としては
①ずっとこのまま。
②明日になればもとどうり。
③詩織ちゃんがいつか帰ってくる。
④それ以外。
②がいい。本当にそう思う。
だってこの子は橘家のお嬢様だ。御令嬢だ。
仮にずっとこのままだとしてもそんな雲の上の人のふりは絶対に出きないと思う。いつかバレル。絶対ばれる。
③でもいい気もするけど………でも帰ってきた詩織ちゃんの状態によるよなぁわたしみたいに他の人の身体のなかに入っちゃって、橘家に来て、わたしが本当の詩織よ的な発言されたら………うわぁヤバイよね
かといって幽霊みたいな状態で来られてもどうやって替われば良いかわかんないし…………やっぱ②しかないじゃん。穏便なの。
そこまで考えてはっとする。
待てよ?希望を持っていつか自分の身体に戻れる―――そう仮定しても、その前にぼろが出たら―――――――!
これはうちの娘じゃないって言われたら―――――――!
脳裏に刺される自分と、首を閉めらる自分と、呪い殺される自分が浮かんだ。
ヤバイッこれはまずい。
生命の危機である。
ここでわたしはこんな状況把握なんてしてる場合じゃないと気がついた。
もっと先にやらなくてはならないことがある。
それはっ!!
この橘詩織が生まれてから今までの記憶を思い出し、かつ覚えることだ――――。