目覚め
6話目になりました
とくん……とくん……とくん……とくん……
知ってる……わたし、この音……知ってる……
命の…………生きている音………
朧げな意識の中で想う。
そう、そしてわたしにはもうない………ん?
ん?んんんんん?
……………………………。
とくん……とくん……と相変わらず、繰り返す音……と微かな振動。
……………………………あ、る。
これ、わたしの、だ。
ある……わたしにも。
現状確認の後、沸いて出てきたのは率直な疑問。
………………………なんで?
「なんでぇ!?」
「おっお嬢様!」
叫びながら飛び起きると、切羽詰まった声で呼ばれた。
……………そう!呼ばれたのだ!
おじょーさま、だってぇ?
何この人……あたまおかしんじゃ…………あ、痛っ……!
ズキンと頭が痛んだ。
ズキンズキン、ズキ、ズキズキと次第に熱を持って疼きはじめる。
「…………つう!ったま、いた………」
痛い箇所を押さえながら呻くと、それは大変っと氷水が入った袋のようなもので冷やされた。
内心誰だろうと首を傾げつつ、氷のうを当ててくれた少女を観察する。
歳の頃は十六かそこら。
本人はきちんとまとめたつもりであろうおだんごは、ふわふわ波打つ髪のせいで少し解けかかっている。
ライトブラウンの髪と、人懐こく愛らしい造形のおかげでなんとなく、チワワやトイプードルなどの子犬を連想させる少女だ。
けれど絶対に初対面だ、という自信があるのは、彼女の瞳のせい。
心配そうな、優しいような…そんな光を湛えたそこはーーーー紫。昔おばあちゃんの家で見た藤の花のような繊細で綺麗な色。………カラーコンタクトなどでは、絶対に生み出せない色だ。
「…………えーっと「すみません!!!!」………え?」
取りあえず誰なのかを聞こうと、口を開くと間髪入れずに謝られた。
「先ほどは申し訳ありませんでした!!心ない言葉の数々………ご不快にさせたこと、大変申し訳なく思っております!!本当に申し訳ありませんっ」
スミマセン、スミマセンと、ひたすら頭を下げつづける少女。
さて、ここで疑問がまた一つ。
――――先ほどってナニ………?
最初はこれを問いただそうとした。
でも口を開いた瞬間、するりと出てきた言葉は別のもの。
「すみれさん……………………」
どくりと心臓が音を立てた。
あ………え?―――――――っ!?なっなに!?
パンッころころ……とどこかでなにかが弾けて散らばった。
ズキンと胸が痛んだ。
頭、じゃない。胸が。
まるで取り替えしのつかない事になってしまったと、主張するように。
「う…………ふぅっう………」
視界がぼやける。
温かいものがほおを伝って………そして落ちた。
「おっお嬢様!?どうかされましたか!?お嬢様!?」
……………まただ。また誰かがなんか言ってる。
やめて………もぉやめて。
わたしに何も話し掛けないで―――
「お嬢様!?」
不意に肩を掴まれ、我に返る。
涙でぐしゃぐしゃな顔で藤の瞳を見上げると、すっとピンクのタオルが差し出された。
「大丈夫ですか?―――痛いのですか?」
気づかう言葉にふるふると首を振りつつ、それに顔を押し付けると、何の花だろうか………春の野のような花の香りがした。
少女の優しさと、この心休まる香りに胸が少しだけ暖かくなるのを感じながら、震える声で告げる。
「ごめんなさい。ちょっと………ちょっとだけ一人にして。おねがい、だから………」
タオルに顔を押し付けたままだったから、彼女がどんな顔をしたのかは分からない。
それでも少しの沈黙の後、肩から重みが消え、それでは失礼しますという言葉を残して出て行ってくれた。
その心遣いに感謝しつつ、呼吸を調える。
目を閉じれば、真っ暗な部屋の中、カラフルに輝くビー玉が見えた。
これはナニ?
そっと近づいて、一つ手にとればほわんと心が暖かくなった気がした。オレンジに輝くそれをよくよく見れば、中でなにかが動いていた。
あ………え…………………?
目を凝らすと中に見えてた景色が、ざあっと周りに広がった。
え?本当?
甲高い声に振り返ると、小さな女の子がいた。
このくまさん、ほんとにくれるの?
これ……………。
これ知ってる。見たことある………ううん違う。あの子………わたしだ。
ホントに!?やった!パパ、だーいすき!ありがとう、パパっ!
確か四、五歳の誕生日の日。会社帰りの父は、ドでかい包みを抱えてて。中身は、当時のわたしの身長と同じくらいのおっきなテディベア。あれから夜寝るときにはいつも抱えてたっけなぁ。
懐かしく思い出した後、ふと我に返る。
…………ん?ってことはなに!?これ全部こういう感じってこと!?この大量のビー玉全部が!?
嘘でしょう…………?
ぽく、ぽく、ぽく、チーン。
……………考えても始まんないよね。
懐かしいものを思い出させてくれたビー玉を右のポケットの容れて、また同じような色合いのビー玉を拾う。
ものは試しっと。もう一個見てみよ…………えーーっと?
広がった景色は、茶色と白と赤。
茶色のグラウンド。白い体操服。赤いはちまきとバトン。
ちょっと遅れて音。
中学の体育祭だ。最後のリレー、みんなマジで応援したなぁ。次の日から数日間、クラス全員声がらがらだったよね。
思い出にくすりと笑うと、それもポケットにしまってまた次のを拾う。
んと………今度はピンク。桜色、かな?
あ、満開。
ひらりと目の前を横切ったのは、透き通るような色の桜の花びらで。
ふと前をみると満開の桜とその下に二つの人影。
セーラー服の女の子と学ランの男の子。
「あっあの海君、えとね……そのっ…………っ!―――好きなn「ぅわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!//////」」
慌ててポケットにしまったそれは、遠い青春時代のもの。
………直視するのはちょっと無理。つらい。
――――っそれでは気を取り直して………んー水色!!淡青って言った方が近いのかなぁ。ちょうどプールみたいな………へ?あ…………そう、プール………プールだ。
さあっと広がったものはゆらゆらと光を反射して。
きれー…………。
「ゆあちゃん!いっくよーはいっ!!」
バシッという音とともに打ち出されたボール。
小学校時代だろうか。そんな距離を飛ばないビニール製のボールでも、めったに出来ない遊びと水の感触を十分に楽しむ子供達。
見ているだけでふと微笑んでしまう―――そんな光景。
広がった映像がゆるゆると縮まり、再び玉の中におさまったところでポケットに容れる。
また玉を拾いのぞき見る。
何度繰り返しただろうか。
ポケットが大分重くなってきた時拾ったのは、今までと少し違った色合いだった。
紫と水色の中間。パステルカラーのような優しい色。なのにどこか鮮やかな色のそれ。
持った瞬間どくんと心臓が跳ねた。
違和感に首をかしげつつ、それものぞきこむ。
景色が広がる瞬間叩きつけられる感情にびくりと体が硬直した。
――――――――――すみれさんなんて大っ嫌い!!!!!
――――――あ!?
パチンとスイッチが入れられたような感覚。
そうして押し寄せる記憶。
さっきまで一つ一つ手に取ってみでいた物をいっぺんに無理やり見せられている感じだった。
ダムが決壊した時、大量の水が押し寄せるように、どこからかわたしの中に流れ込んでくる。
…………ちがう。
どこからか、じゃない。
それは、もう目が覚めた時にそこにあったんだから。
目が覚めた時からわたしの中にあったんだから………!
でも。
ねぇ、パパきいて?――――――お父様、少しよろしいですか?
うるっさいな―静かにしろよも―!バカッ!!――――――――ごめんなさい。静かにしていただけますか?
これっ私の大好物ね、今から!!うっま!!――――――――こんなに美味しいもの、初めて食べますわ。
幾つもの声が近づき、遠ざかってゆく。
頭の中で何かがグルグル渦を巻いていた。
気持ちが悪い。
ぶつけたらしい頭の痛みと合わさって気分も体調も、もう最悪だった。
苦しくて朦朧とする意識の中で、わたしは唐突に理解した。
ううん。
唐突なんかじゃない。
私ともう一人。話の中心となるわたしじゃない方の女の子の顔を見た瞬間、だ。
だってそれは。
あの顔は。
さっきのあの子と――――あの小さな女の子と――――――――おん、な、じ……………
いやだいやだ認めたくない。
だってそれは………だって、それ、は、わたし…が……………………………
私が意識を手放す前、思い出したのは、タオルを差し出してくれた少女のあの薄紫の瞳だった。