表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したらお嬢様!?  作者: しずく
お姫様には憧れてたけど
3/9

それから

ひらりひらり。


薄い生地のスカートが歩くたび、儚げにゆれる。


ぺたぺたと音をたてて歩くたび、少し冷たい地面の熱が足の裏に伝わる。

普段なら寒いと思うかもしれないが、今は走った後の体が冷えてちょうどいい。


「あ……」

特に何も考えずに歩いていたら、いつの間にか庭を一周してわたしが抜け出した窓の前に戻って来てしまった。


出てくるとき、窓のカーテンを全開にしてきてしまったから、部屋の中がよく見える。

見る限り、部屋の中には誰もいないようだ。


見つからないうちに戻るべき、だろうか。


でもまだ遊び足りないし……


うじうじと悩んでいたら、部屋の中の扉が開く音がした。



え……?っいけ、ない!!


慌てて近くの茂みに逃げ込む。


これで、部屋からわたしの姿は見えないはずだ。


音をたてないように体を動かして窓から部屋の中を覗ける場所を探す。


葉と葉の間の隙間からどうにかして部屋を覗こうと必死になっていると、カラリと窓が開く音がしてギクリと身体をこわばらせた。


何とか部屋が見える位置の隙間を見つけてそこから、こっそり様子を伺う。


……。…………。あれすみれさんだ。


てっきり百合だと勝手に思い込んでいたわたしは、少しの間思考を停止してしまった。


……えーっとすみれさん、だけかな?百合がいないや……。んーーーと?……ま、いっか。百合がいると逃げ切るの、難しいしね!好都合、好都合!



息をひそめること数秒。

小さな溜め息が聞こえてきた。

続いて澄んだ声が。


「ふう。ほんとにあの話どうりなのね。」


……あの話!?なに!?


疲れたような声で彼女はポツリと呟いた。


「どうしょうもない我儘娘。いっそ、男に産まれれば良かったものを、か。………辛い仕事だわ、こりゃ。」


なに、?

ワガママ?

オトコにウマレレバ ヨカッタ?

なに、それ。


気づけば茂みを飛び出していた。

葉のカーテン抜きで純麗さんと相対する。


さっき聞いたことが頭の中をぐるぐる回っていた。


わなないた口は、けれど何の言葉も出ずに。


目の前がぼやけてよく見えない。

全身全霊で呟いた言葉はたった一言。


「………………純麗さんなんて大嫌いよ………」


力なく呟いた言葉は相手まで届いたかわからない。


これ以上この場にとどまることができなくて わたしは身を翻した。


後ろから何か聞こえてきたけど振り返らなかった。

だって自分が泣いてたことを自覚してたから。





   ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



それはお屋敷の必要事項等絶対に覚えなければならないものを一通りメモをとりながら聞いて、一息ついた時に起こった。



スーツとタイトスカートがよく似合いそうな、超絶美人の百合さんからお嬢様の部屋に先に行っていてと言われたわたしはとりあえず覚えたばかりの道をたどり、栞お嬢様の部屋の扉を叩いた。


コンコンコン。

ノックは三回。それもこの家の約束事。


「お嬢様。いらっしゃいますか?……お嬢様………?」


返答がないのでそっと扉を押し開ける。

見るからに重そうなその扉は見た目に反してすんなり開いた。


「……………お嬢様?」

しかし、開いた扉の先に目的の姿を見出だすことはできなかった。


先ほどわたしが選んだピンクのドレスを着てもらったハズなのに、部屋の中にはその色はない。


代わりに白いレースのカーテンがはためいていた。

その向こうにチラチラと窓が開いているのが見えたり隠れたり。


……?窓を開けた覚えはないのだけど…


シャッとカーテンを開くと思いの他 眩しい太陽の光に目を閉じてしまった。

でもそれも一瞬。

パチパチと幾度かまばたきをした後、わたしはこの小さな窓から見える景色を堪能した。



5月だからだろうか。

木々の葉が青々としげっていた。


個人的には秋の紅や黄よりもこっちの方が好みだ。

元気そうでいーじゃんと思う。


庭の隅々まできちんと刈り込まれているのではない。

もともとを大事にして少しだけ手を入れてあるからこそ出る統一感。

見るものををリラックスさせる庭。

すごくいい庭師だと思う。


でも………。


目の前の中途半端に開いている窓に目を落とす。



…………ちょうど小さな子供がその体を滑り込ませるのに適した大きさ。



財閥の娘なのだから相応しくないとは思わない。

生まれも実力の内だと思っているから。

けれど相応しいとも思わない。


あの五歳児にこの景観の素晴らしさを理解出来ているとは思えない。

芸術は見るものを選ぶのだ。


ふ、と溜め息をつきたくなった。

先ほど言われたことの中で最重要事項に入る事柄を思い出す。


いいですか?お嬢様が失踪しても気に病むことはありません。


そこで百合さんは息を吸って、笑った。

続く声は小さく。密かに。



いつものことですから。



まあ、この敷地内から出られた場合は多少の責任を負ってもらうことにはなりますが………そんなことはないと思ってくれて結構です。

出ようと思ってもそうそう出られない造りになっていますから。


ああ、それからそういうことが発生した場合はわたしか………うーん………わたしでいいです。………わたしに連絡してください。

厳密に言うともう1人の方でもいいんですが……まだ紹介出来ていないので。それは後程。


とりあえず何かトラブルがあったらわたしに。

この敷地内なら滅多なことは起こらないと思うんですが……念のために。お願いします。

そしたら大人数で捜索しますから、すぐに見つかりますよ。


だからそうなっても気にしないで。


あの時の言葉がすごくうれしい。

言われていなかったらどうすればいいかわからなくて右往左往していたはずだ。


そう。慌てないで百合さんに報告しにいけばいい。



お嬢様が居なくなりましたって………。



それで………?みんなでさがすの?


こういう感じのアルバイトは何度もしたことがあるからよく分かる。


みんながみんな手一杯なのだ。

出来るギリギリの仕事を請け負うから。

なのにこういう余計な仕事も入って来てもらっては困る。

はっきりいって予定が狂う。


しかもいつものこと、だって!?

ふざけてるにも程がある。


あのこはきっとそういうことを理解出来ていないだろう。


憤りがこみ上げてくる。

そのせいだろうか。


前に聞いた言葉がポロリと出てしまった。

「ほんとにあの話どうりなのね……どうしようもない我儘娘。いっそ男に産まれれば、良かったものを、か。」


ここの屋敷に就職することを決めた時たくさんの人に言われたことだ。


あそこの娘さんのいい噂は聞かないわ

何でもしょっちゅう行方をくらませて回りの人を困らせているみたい

そうそう。それに男の子みたいに木登りはするわ、池に落ちるわ……いろいろたいへんみたいよ

ええ。それに礼儀作法もろくにできないらしいし…


そうして彼女達は言うのだ。声を揃えて。

いっそ男の子だったら良かったのにねえ、と。


周囲から再三考え直せと言われた理由がやったわかっとような気がした。


「…………辛い仕事だわ、こりゃ。」


そう締め括ってこの変な独り言の時間を終わらせて百合さんに報告に行こうとしたときだった。


ガサリと音を立てたのは目の前の茂み。


え……!?


ゆらりと誰かが立ち上がる。

そう。見たことのあるピンクの。


詩織お嬢様………!


そこには端正な顔をクシャリと歪ませて立っている女の子がいた。


………聞かれてた、の……?



大きな榛色の瞳。その目尻から大粒の涙がこぼれ落ちる。


ズキンとどこかが痛んだ。


あんな顔させたのは、わたし………。


「……さ…………か、だ…………き……………」


悲惨な表情で何かを呟く少女。

でもこっちが風上だからかよく聞こえない。


そうして少女はぎゅっと口を引き結ぶと身を翻してかけていってしまった。

「え!?あ、え、ちょっと!!ちょ、待って…!」


後に残ったのはなんとも言えない後ろめたさ。それと後悔。



何で、口に出したんだろう……。

そんなに強く思っていたことじゃなかった。

ただの苛立ち紛れに呟いた言葉。

幼い子をあんな風に傷つけるつもりじゃなかった。







ああ。百合さんに報告しにいかなくちゃ……。




義務感だけで動かした足はこれまでにないほど重かった。






   ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★






恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい…!


あの後……あの純麗さんとかいう今日初めてあった人の前を走り去った後わたしはこれまでにないほどの自己嫌悪に陥っていた。


ああ。恥ずかしい。


どうしてあんな人に涙なんて見せてしまったんだろう。




「……嫌い、なのに。」


呟いた声は、自分でもはっとするほど弱々しかった。


「…………ッ!」



さっきの事を思い出して、暗い気持ちになる。


……………きら、い


言葉としては結構前から知っていた。けれど。


はじめて、だった。


人に面と向かっていった事なんてなかった。初めてだった。


それに。


我が儘娘。

男に生まれればよかったものを。


あの人が言った言葉が心に重く沈んでる。


今までもそう言う風に思われていたのだろうか。

…今までに純麗さんと同じように、この家に仕事しに来ていた人は。


そうして、きっと百合たちも。

…きっとそう思っているに違いないのだ。



目頭が熱くなって急に視界がぼんやりしてきた。

「……っつ!?」


慌てて袖で拭う。

淑女たるもの、涙を見せてはならないのだ。


それなのに。

「………あ、れぇ…?…………っふ、ぅ!おかしいなぁ……………………っ」


拭っても拭っても涙は止まらない。

どころか次第に勢いを増しているようだ。


袖口が重く、冷たく濡れて気持ちが悪い。


いつしかわたしは拭うことをやめ、それでも、そのまま泣くのははばかられ、小さく縮こまり、スカートに頭を(うず)めて泣いた。


声も圧し殺し、誰にも気がつかれることのないようにして。




   ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆




「……………じょ……………ま………………お…………さま!」


「……………ん、ん……?」


誰かの声が聞こえる。

わたしを呼ぶ声。


懐かしいあの人にそっくりな声。

あの人はこうやって声をかけながらわたしを起こしてくれた。


優しくひんやりとしたその手に触れられるのが大好きで、寝たふりをいつまでもしていたものだ。


「…………じょお…………………まぁ…………」


ん?あれ?………違う!

そんな風に呼ばないで!

違う、違うの!




そんな風に呼ぶんじゃないの!

違う……前みたいに……詩織って呼んでよ……


「詩織って………。…………!」


自分の呟いた声で目が覚めた。

今度のははっきりと聞こえた。


「おじょーさまぁー!詩織お嬢ー様ぁー!!」


一気に頭が覚醒する。


そうよ

違って当たり前よ

だってこの人はあの人じゃあないもの

だってこの人は………………この人は…………?

え…………?



ゆっくり体を動かして音をたてないように慎重に移動する。


だって予想が正しければこの人は………


この、人、は…………っ嫌よ………!


イやいや!


「お嬢ー様ーー!どこにいらっしゃいますのーー?」


聞こえてくる声からすると、この声の持ち主はこの茂みの向こう。

厚みがありすぎて葉を透かしては見れないからゆっくりと立ち上がる。

木の影になるところを選んで。


「……やっぱり。」

予想が的中しすぎて舌をかみたくなる。


純麗さん………


今、会いたくない人ランキング一位の人だ。


ゆっくり足を動かして後ずさる。


もういいだろう

そう思って踵を返して。

そうして歩き出したちょうどその時。


何がいけなかったのか。


油断大敵とでも言えばいいいのか


茂みががさりと普通にしていれば決して出ない音をたてた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ