プロローグ
「お嬢様ー!どこにいらっしゃいますのー?」
ほんっと、どこにいるんだか…
まったく本当に勘弁してほしい。
勝手に部屋を出て、ケガでもしたら責任はお嬢様付の私――とその他数名――が被ることになるのだ。
でも、それもあと三年。
三年立てば、謝礼金をたくさんもらって家に帰れる。
この前―――というか本格的な仕事を任されたのは今日―――この屋敷に来たばかりだけれどその日がまちどうしくて仕方がない。
だって、お金が入れば病弱な母とかわいそうなくらい、ガリガリに痩せている弟に贅沢をさせてあげられる。
だから、その三年間を平穏無事に乗りきるのが、ここ最近の私の目標。
どんなに嫌で、めんどうでもお金を貰う以上、仕事だ。
最低限のことはしなくちゃならない。
「お嬢ーーー様!!詩織お嬢ーー様!」
志ではきっと他の方に勝てないことは重々承知。
だからせめて声だけは。
せめて声だけは大きく。
それに………後味が悪いこともしてしまったし…。
………そう考えたのがいけなかったのだろうか。
がさり。
茂みが、揺れる音がした。
場所は…………そう、ちょうど私の真後ろ。
私を振り向かせたのは、なんだったんだろう。
責任感、だろうか。
ああ。
かくして、責任感、使命感……そんなものに振り向かされた私の運命はこの時をもって180度と言っていいくらいガラリと方向を変えることとなるが、この時の私はそんなこと考えもしなかった。
もちろん向きを変えた私の先にいたのは、探していた、詩織お嬢様だった。
髪が、茂みの枝に引っ掛かったのだろう。
引っ張ればすぐ切れそうなくらい細い髪を慎重に動かしている。
朝見たときにくらべ、ドレスは薄汚れ、髪はほつれ、とても人前に出れるような格好ではなかったが……
「お探ししたのですよ。」
にっこりと微笑みながら、近くと少女の肩が、びくりと震えた。
「さ、お部屋に戻りましょう。」
そう促せば、いやいやと小さく首を横に振る。
……お前何歳だよ!?
そう問いただしたっかたが、相手はまだ未就学児。
確か五歳になったかどうかぐらいだったはず。
そんなこととても言えない……
それにこのお屋敷に勤め初めた初日から泣かしてしまったんだからしょうがないかもしれない。
というか確実に嫌われているだろう。
「――――――~~~っ!!」
その間もジリジリと距離を縮めていく私にどんどん焦っていった少女が、………急に、頬笑んだ。
「っとれたっ!」
私を一瞥した彼女は一目散に走り出す。
。。。
私とは真逆の方向へ。
それを見て、私は叫んだ。
「行けません!お嬢様!昨日の雨で滑りやすいんです!!」
少女が、走っていった方向は木々が立ち並ぶちょっとした林。
地面は砂利などで覆われてはいず、むき出しになっている。
木の葉が生い茂っているため日当たり悪く、先日の雨でぬかるんでいるところがしばしばある。
………ほんっと危ないんだけど。嘘でも何でもなくて。
あの日泣かしてしまったのをとても後悔した。
だって嫌いな人の言うことなんて絶対ききたいわけないもんね。
でもでも!!本気で危ないんだってば!!
………が。
五歳時にそれが伝わる訳もなく。
案の定、お嬢様はすべってコケた。
思い切り。
その時、地面に盛大に頭をぶつけたのは、自業自得と言うしかないだろう。
だって 人の言うこと聞かないやつが悪いんだもん。
………。……………………………。
………そんなこと絶対通用しないよねー
絶体絶命。
どうしよー
ああ。
本当に。
信じられない。
名家のお嬢様がこんなにバカでドジなんて。
………就職先、間違えたかしら。
思わずこう考えてもおかしくはないだろう。