三話 鬼と騙り者
やや強く吹く風が止んだのを境に、お良は口を開いた。
「いばちは前の年に突然現れたんです。
その年はひどい凶作で、みんなひもじい思いをしている時だった。
奴はどこからともなく食料を出して、村のみんなに無償でそれを配ったんです。
私も初めは感謝したし、奴が仏の御使いだって言うのも信じてた。
けど、何度か私達に食料を渡した後、奴は生け贄を捧げるように言ってきたんです」
「生け贄?」
「はい。何でも、この地を守護する仏様の力が弱っているから、それを支援する為に力を貸して欲しいって言ってきたのです。
当然、仏様を支援するのだから、肉体を捨てていかなければならないとかで、生け贄を出すようにって。そして力を貸してもらわないと、いばちが支援するために仏のところに出向くから、貴方方の飢餓を救うのはこれが最後になるって言ってきて……。
初めはみんな抵抗したんですよ? けど食料は欲しいし、仏様だとか言われると、さすがに放っておくわけにもいかなくて、結局みんなで話し合って、一人生け贄を出したの」
「その後は、似たような理由をつけて生け贄をまた要求してきて、それが今も続いているといったところか?」
厳狼丸の言葉に、お良は艶のある髪を揺らしてうなづいた。
「みんな、この生活を捨てたくないんです。だから生け贄選びも慣れちゃって、もう世間話をするようにして決まるようになって。
しかも、大人は自分達で甘い汁を吸いたいばかりに、子供ばかりを生け贄に出すように……」
お良は顔を歪め、目に涙を溜めた。
「それで? いばちについては?」
話を急かす厳狼丸を少し睨んだお良だが、ごめんなさい、と言いながら涙を拭い、話を続けた。
「あいつは普段、村から離れた山の中のお堂にいます。
いばちは、生け贄を捧げた後、お堂から出てすぐ下にある倉庫を開放して食料を分けてくれたんです。だだしその際、一つ条件が出されて、決して今日一日はお堂に入ってはいけないときつく言われるの。……ある時、私の弟が生け贄を捧げられた時に、どうしても御使いとやらになる前に別れを告げたくて、無断でお堂に入ったんです。そして、そこで見てしまったんです。
奴が巨大な獣になって、私の弟を骨ごと食らっていたところを。
私、怖くて、怖くて。弟を助けようとしたのに、足が真逆に下がっていって、気付いたら全速力で山を降りてました。……私はたった一人の弟を見殺しにしたんです。自分が、生きるために」
すすり泣くお良。それを聞いて、厳狼丸は眉を寄せた。震えるお良の肩を叩き、優しい声色で声をかけた。
「……辛かったな」
「え?」
厳狼丸は、眉を寄せてはいるものの、本当に辛そうに顔を曇らせていた。
「貴方でも、そんな顔をするのですね」
涙を目にためながら、初めて笑みを見せたお良に対して、厳狼丸も小さな笑みを見せた。
「……人間だからな。話は分かった。お前は家に帰れ」
そういうと、厳狼丸は山のほうへ向かい、お良の視線を背で感じながら走り去っていった。
厳狼丸は山の中へと入ると、村人が普段使っているであろう山道を見つけ、そこを使ってお堂に向かう。
途中から霧がかかり、薄気味悪さをかもし出す山道を進むと、見事なお堂についた。新築かと思うほど綺麗で、思わず厳狼丸は足を止めた。
「ほう。化け物にしてはいいところに住んでいるな」
歩くのを再開し、お堂の中へ踏み込む。すると、厳狼丸ははっきりと妖気を感じ、ここにいるのが妖だと確信する。
背の大太刀の布を取って紫がかる刀身を露わにすると、それを手に奥へ入った。
広い部屋に出ると、仏像の前で、こちらに背を向ける形で座る坊主がいた。
「おや、お客人。随分と物騒なものをお持ちだ。しまっていただけませんかな」
「断る。演技は上手いが隠すのは下手糞だな。……妖があんな村を手玉にとって、何を企んでる?」
坊主が立ち上がりこちらを向くと、その口元には赤い血がべっとりと付着していた。
「おや、随分不躾な方だ。なるほど、白髪に赤目、加えてその大太刀。貴方が噂の白髪鬼か」
「知っているなら話は早い。俺が貴様らを逃がすと思うなよ」
相手が構える前に、厳狼丸は相手の目の前に踏み込み、斬り上げた。手ごたえは確かにあったが、坊主はその場から動いていない。
その大太刀の一撃は、白い刃によって防がれていた。その刃がもう三本現れ、厳狼丸目掛けて突き刺した。だが厳狼丸はそれをかわし、坊主と距離をとる。
「ふふふ、容赦がない。これは久しぶりに、いい運動になりそうですよ」
その白い刃が軽そうな白い毛の生えた尾に変わる。そしてそれは坊主の尻から伸びており、全部で四本。さらに坊主の体が歪に姿を変えていき、最後には、鬼と同等の大きさをした、白狐に変貌した。
「ふん。化かすのは狐の十八番か?」
「人間には出来ぬ芸当だろう? この村はいい餌場になってくれましたよ」
厳狼丸が斬りかかれば、いばちも四本の尻尾を刃に変えて応戦する。
厳狼丸は右に左に剣を振り回し、四本の刃を受け止める。わずかに尾がもつれる隙を突いて攻めに転じると、突然いばちが消えた。そして厳狼丸は背後から感じた殺気を避けようとしたが、完全には避けきれず左肩に斬撃を受けた。
「何!?」
厳狼丸が辺りを見渡せば、いばちが無数に増え、厳狼丸を取り囲んでいる。
「貴方が言ったことではありませんか。化かすのは、狐の十八番だとね。さあて、貴方は見破れますかねえ?」
無数の白刃が揺らめき、甲高い笑い声が厳狼丸を包囲した。それは逃げ場のないことを示していた。
「……面白い!!」
大太刀を構え、目を怒らせて、厳狼丸は幻と対峙した。