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鬼狩人  作者: 白狸
一章 白髪鬼
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一話 オニカリビト

 燃え盛る炎の中を、一人の少年が駆け抜ける。


 身長はおよそ五尺。髪は肩ほどまで伸びていて、少し赤みのかかる着物を着ている。そして、身長と同じほどの大太刀を背に、刀を腰に差して、必死の形相で何かから逃げ回る。


「父上……母上……!」


 目から涙を流しながら、少年は叫び続ける。


「誰か、誰かいないのか!」


 応える声はあった。いや、それは声ではなく、凶暴なうなり声だった。


 火の中から少年の前に現れたのは、額から生える猛々しい二本の角と赤黒い皮膚を持った、七尺を超える筋骨隆々の怪物、鬼であった。


「ウオオオォォォォオオ!!!」


 その手に持った斬馬刀を振り下ろし、大地を叩き割るが、そこに少年はいない。少年は身軽な動作でそれをよけていた。


 少年は刀を抜くと、鬼に怒りと悲しみに満ちた表情で対峙する。


「お前らが、お前らがああああ!!」


 少年はその巨体めがけて斬りかかるが、鬼の体に刃が通らず、渾身の一撃も空しい結果となった。それでも斬り続ける少年に嫌気がさしたのか、鬼は軽く手で少年をなぎ払った。


「がっ……」


 少年はそのまま吹き飛ばされ、地面を転がっていく。そこらで山積みにされた人の死体にぶつかって、ようやく止まった。


 堪えきれない不快感から少年は嘔吐し、力無く震える手足で身を起こすのがやっとだった。鬼にとってはただの一撫でに過ぎない攻撃。しかし、人間、特にまだ未熟な体をした少年には、重い鈍器で殴られたかのようなすさまじい重撃と変わりがない。


 刀を支え棒に少年が何とか立ち上がると、鬼は笑いながら近づいてくる。


「寄るな、化け物!」


 少年は精一杯の虚勢を張ったが、体は震えて、顔は強張っていた。その声を聞きつけたのか、人間を口に咥え美味そうに食む鬼、まるで玩具の様に生きた人間で遊ぶ鬼、見せびらかすように、無数の人間を串刺しにした武器を掲げる鬼が近づいてきた。


 少年はその様子を絶望した顔で見ていた。特に、人を食いながら来た鬼を見て、固まっている。


「母……上?」


 その女性と思しき人は、もはや上半身しかなかった。だが少年はその女性の顔を見て、涙を流して叫んだ。


「母上、母上ぇぇぇ!!」


 その言葉を聞いた鬼は、口角を上げて嬉しげに笑う。少年は気付いた。鬼が何をしようとしているのかを。


「やめろ。やめろ! やめろぉ!!」


 鬼は一思いに女性の頭にかぶりつくと、少年にわざと咀嚼音を聞かせるように、ゆっくりと噛み続けた。少年が呆然と立ちすくむのを見て、満足気に血にまみれた口を見せながら笑う。


「愉快、愉快ダ!」

「最高に面白いナ」

「さて、この小僧どうすル?」

「食べよウ」

「殺そウ」

「いや、遊ぼウ」


 下卑た笑い声に囲まれながら、少年は燃えていた。自分の生まれ育った村と、家族や仲間、友人。全てを奪ったこの鬼どもに対する復讐心が、急速にたぎる業火の如く少年の心を燃やしていた。


「……許さない。許すわけにはいかない。お前達は、絶対に生かしておけない!!」


 少年は刀を捨て、その背にある大太刀を抜き放った。その激情を解き放ち、群がる悪鬼に斬りかかる。鮮血とともに、少年の世界は赤く染まった。





 そこで、厳狼丸は目を開けた。忘れることなどできない、頭にこびりついた記憶。もう何年前のことだろう。


「……夢を見るなんて、いつ以来だ?」


 肩ほどまで伸びた、手入れのされていない白髪に、鷹のように鋭く、血のように濁った赤い目を持った青年、厳狼丸はおもむろに起き上がる。

廃寺の中の寝心地は、そう悪いものではなかった。


 もう夜がきたのか。ならば、狩りの時間だ。


 ゆっくりと立ち上がり、鞘のない抜き身の大太刀を手に、霧の立ち込める山の中に向かう。


 その腰には刀を差しているが、鎧は身に纏わず、ぼろぼろの着物を一枚着ているだけ。


 厳狼丸は、そのまま山間にある村にたどり着くと、そこでは火の手が上がり、数匹の鬼が人々に襲い掛かっていた。


 その村に入り、鬼にわざと見つかりながら、奥に進んで鬼の注目を浴びた。厳狼丸が群がってきた鬼達を一瞥すると、鬼達は一斉に武器を振り下ろした。そして、血飛沫が柱のように噴出す。


 鬼は初めそれを恍惚の表情で見ていたが、その血が仲間の腕から吹き上がるものだと気付いたとき、表情が驚愕に変わった。


「何!?」


 鬼の一匹が苦悶の表情を浮かべる。仲間の敵を討たんと厳狼丸を捜すが、さっきまでそこにいたはずの厳狼丸はいなくなっており、鬼達は巨体を揺らして行方を捜す。


「どこ、ニッ!?」


 一瞬の光が走ると、鬼の一匹の首が叩き落される。それに気付いた鬼の仲間は、ここでようやく相手がただの人間ではないと気付いた。

 すると別の鬼の背後から白い一閃が走り、鬼の胴体が真っ二つになると、そこで残る三匹の鬼は厳狼丸の姿を捉える。


 厳狼丸は白髪と太刀を血に染め、同じく血を塗ったような赤い目で鬼を睨む。


 その姿を見て、鬼は震えた。


「き、聞いたことがあるゾ。妖を狩る白髪の剣士がいるト。お前が噂の、白髪鬼カ!?」


あやしを狩る鬼カ!?」


「……違う。俺は鬼じゃない。俺は貴様らを食らう人間だ!!!」


 太刀を奮い身構える鬼を斬り捨て、腕を斬られもがく鬼に近寄る。


 鬼は息を荒げて後退り、命ごいをした。


「待て、命ばかりハ!」


 鬼のもう片腕を斬り落とすと、鬼は絶叫する。


「お前、獄炎鬼を知っているか?」


「獄炎鬼……!? 我等が主に何の用ダ!?」


「居場所は?」


「……人間の都がある側の山にいル! そう聞いタ!」


「そうか」


 厳狼丸は鬼に背を向け、歩いて行く。


 そうしてそこらの鬼のこん棒を片手で持ち上げると、両腕のない鬼を振り返る。


「お、お前、本当に人間カ!?」


 答えを聞く前に、鬼の頭に鉄製の棘付きこん棒が減り込み、鬼は絶命した。


「……俺は」


 厳狼丸はその手の太刀を見る。


「妖の力を浴びすぎて、人ならざる力を得た化け物だよ」


 無表情に村を見つめ、厳狼丸は都に向かい、歩きはじめた。

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