電車の中で
《弘美side》
一定のリズムが子守唄のように聞こえる電車の中。
いつも隣に並ぶ事のない彼と隣になった事で
高校2年生の私こと河野弘美は胸の高鳴りを抑えられずにいた。
その心臓の音はジョイント音と重なり
隣の彼には聞こえていない。
名も知らぬ彼。
制服を着ているから高校生だろうけど、3年生だと思う。
彼を知りたいと思ったのはいつだろうか?
気がついたらと答えておこうかな。
私はもうどうにもならなくなるぐらい
彼のことしか頭になかった。
テストの時も、文化祭の時も。
なぜ好きになったんだろう?
学校も違う、降りる駅も違う彼を、どこで好きになったんだろう?
その疑問は常に頭を駆け巡り、気がついたら彼は降りていた。
残念…
《翔太郎side》
一緒の学校だったら。
高校2年生の高石翔太郎は考える。
いつもの電車の中。
学校へ登校するときに考える
他人から見たら馬鹿馬鹿しいような考えを。
隣には少女がいる。
いつも電車に乗ってて見かける少女だ。
すこし年上に見える少女だ。
この少女は俺をどう思っているんだろう?
名も知らない、学校も違う少女は
俺に対してなんて思っているだろう?
気がついたら彼女の事が俺を支配していた。
最初は馬鹿だと思った。
何も知らない少女を好きになる事が。
でも俺は…
そろそろ降りる駅が近づいてきた。
また明日会えたらいいなと思いながら
俺は学校へ歩みを進めた。
《弘美side》
「弘美~。なにボーッとしてるの?」
昼休みに親友でクラスメイトの加奈ちゃんに話しかけられた。
「うん、まぁね」
「あっ、弘美恋してるね~。ずる~い弘美だけ」
たまに思う。
なんで加奈ちゃんはこんな鋭いんだ。
「わ、私はいないわよ。加奈ちゃんのほうがはやく出来るよ」
「でも弘美みたいに可愛くないもん」
そう言って頬を膨らませる加奈ちゃんは可愛いものだ。
「で、相手はどんな人?年上?年下?」
「まだそんな人いないって…」
「うそよ~。絶対いるもん」
加奈ちゃんにはかなわないなぁ。
加奈ちゃんには話す事にしようかな?
「しょうがないなぁ」
「えへへ。弘美の相手は誰かなぁ?」
「実はね…」
《翔太郎side》
「なぁ翔。お前最近変だぞ」
昼休みに弁当を食っていると、一緒に食べてたハル(本名啓行)が話しかけてきた。
ハルは俺を翔と呼ぶ。
「そうか?」
「絶対そうだ。授業中も上の空だし、揺さぶられるまで反応しないじゃないか。今こうやって話してるけど」
「そうだったんだ」
実は落ち着けなかったのだ。
今朝あの少女と隣に一緒にいて
しかも触れてたのだからな。
「ひょっとして、お前好きな人いるだろう」
…ハル。
おまえは予知能力者か?
それとも占い師なのか?
「おい翔。それマジかよ」
「いや、そんな事は…」
「ないとは言わせねぇぞ。絶対おまえには好きな人がいる。」
「いや、だから…」
「さぁ話せ」
ハルが実力行使(肩をつかむだけ)に出てきた。
話すしかないのかねぇ。
まぁ相談するだけいいか。
「ハル。お前に相談したい事が…」
「やっと素直に話す気になったか」
「実はな…」
《弘美side》
「ふ~ん。電車で見かける名も知らない男ね」
私は弘美に状況を説明したところだ。
「でもその人って、どんな人か知らないでしょう?もしかしたら彼女がいるかもしれないよ」
…加奈ちゃん。
そう夢を壊すようなこと言わないで。
「でも私は応援してるよ」
「加奈ちゃんありがとう」
うん、もつべきものは心優しき親友だ。
「進展あったら教えてね。あっ、でも18禁の内容をしちゃ…」
「やらないわよ!!」
ホントに加奈ちゃんは親友なんだろうか?
もしかしたら話す相手を間違えたかも。
《翔太郎side》
「ほうほう、つまり翔は電車の中で好きになった娘がいるんだな」
ハルに相談した結果、帰ってきた返事がそれだ。
「で、翔はその名も知らぬ彼女さんを好きになってどうしたらいいか困ったと」
「まぁそんなところだ」
ハルは「う~ん」と唸ったが、やがて口をあけた。
「結局お前が話しかける他ないんじゃねぇの?」
「?」
「つまりお前がなんかきっかけを作って話しかけて、仲良くなるのさ」
「でもなぁ…」
「おまえが怖がっているのはその娘に彼氏がいるんじゃないかと思うことだろう?ならいたらいたでしょうがないじゃん。それに彼氏がいるかなんて分かんないし、出たとこ勝負だよ。恋は好きになった方が負けらしいしさ」
…そうだな。
恋しちまったらあとは腹をくくるしかねぇな。
「ありがとな」
「いやいや。でもお前に先越されるなんてな。他の男子に話そうかな」
「ひとつ言おう。さっさとくたばれコノヤロウ」
《第三者side》
弘美は学校へ行くべく、また電車に乗る。
今日は珍しく空いていた。
席が空いていたのでとりあえず座る。
何駅か過ぎると、翔太郎が乗車してきた。
そして何気もなく弘美の前に立つ。
弘美はすぐに気づき、翔太郎も少し経つと気がついた。
二人とも気まずそうに携帯電話をいじり始める。
「あっ」
翔太郎が携帯電話を落としてしまった。
その事に気がついた弘美は何気なく拾ってしまった。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
渡した時に一瞬手と手が触れた。
普通ならお互いが謝って終わりだが
この時は気まずい沈黙が流れた。
その時に弘美の隣に座っていた人が席を立った。
気まずい空気がさらに増す。
「…その…よかったらどうぞ」
「あ、ああありがとうございます」
翔太郎が座ると、二人は顔を赤くさせて顔を俯く。
その姿は恋人のようであった。
((これって恋人っぽいかな?))
二人とも同じ考えをもつ。
(どうしよう、話しかけたほうがいいかな?)
(落ち着け。ハルが言ってただろ。出たとこ勝負だって)
「「あ、あの…」」
二人同時に話しかけたので、二人とも話すタイミングを逃す。
かなり気まずい雰囲気だったが、弘美が意を決して話しかけた。
「あ、あの…あなたは何年生なんですか?」
急に話を振られた翔太郎はビックリした。
「え、ああおお、俺は高2なんですよ」
「そうなんですか。私も高校2年生なんですよ」
「同い年だったんだ。少し大人びているようにも見えたので高校3年かと」
「い、いえいえ私なんかまだ自分でも幼いと思って…」
しばらく話すと少し打ち解けてきた。
「そういえば貴方のお名前は?」
弘美が翔太郎に名前を聞いてきた。
「高石翔太郎…っていうんだ。君の名は?」
「河野弘美…」
「弘美さん、か」
いきなり名前で呼ばれて少しどきまぎしたが、すぐに心が落ち着いた。
「あの、私も翔太郎さんと呼んでいいですか?」
「え、うんいいですよ弘美さん」
奥手でなかなかきっかけがなかった二人が
このあとどんな物語になるかは
まだ誰もわからない。
でも
この二人はきっと幸せになるだろう。
いつかどこかで
このような恋をするとき
この話を思い出してほしい。
きっとつながるだろう
二人の心は。