1.「地獄と化した⬛︎⬛︎島」
この世の平和は非常に不安定だ。
気怠い朝、甘酸っぱい青春、変わり映えのしない毎日、それらは当たり前なようで当たり前の事ではない。
その裏には途方もない犠牲と労力が注ぎ込まれている。
これは、裏側の世界で戦い続ける機動部隊員と「ごく普通の女子高生」が、平和な日常へ戻るため、必死に戦い続けたデータ上に存在しない奮闘記である。
当時、私は知らなかった。
人類に敵対的な怪物が暴れ回り、超能力者が世界を作り変えているという信じがたい現実を──
この世界の何気ない日常は、ガラス細工なんかよりもはるかに脆く、針の先端に置かれた球体よりも不安定なバランスの上に成り立っている。
奇跡的にここまで続いた歴史と平穏を怪物達から、人知れず文字通り、命がけで守り続けて来た「SCP財団」
これは、そんな財団の戦闘員が、一人の少女を救うため、数多の声に囲まれながら、最恐のサイコパスに挑み続けた「データ削除済み」の物語である。
*
SCP財団日本支部機動部隊⬛︎⬛︎⬛︎に今回与えられた任務は⬛︎⬛︎島に突如現れた「SCPー939 」への対応だった。
SCP- 939とは、大型のトカゲの様な生物だ。
人間に対して敵対的で、消化機能を持たないにも関わらず人間を捕食する。
さらに人間の声を真似することも可能で、それを利用した狩りを行う知脳も持ち合わせている危険な存在である。
なぜ今になって、日本の⬛︎⬛︎島に現れたのかは、まったくの不明だが、このまま放って置けない事だけは確かだ。
SCP財団日本支部サイト-⬛︎⬛︎に召集された機動部隊員達は、ただちに事前訓練を行い、任務に向けて装備を整えた。
そして迎えた出撃の日。
最後のミーティングが行われた。
スクリーンに映し出された⬛︎⬛︎島の地図に向かって並べられたパイプ椅子に迷彩服を来た男達が腰を下ろした。
部下が全員着席したのを確認すると指揮官は、現状と作戦の詳細を説明を始めた。
約一時間に及ぶミーティングの最後に指揮官の口から思いもよらなかった命令が発せられた。
「最後に伝えておく。危ないと思ったら迷わず終了処分を行え。今回に限っては『確保、収容、保護』は二の次で構わない」
「終了処分……」
SCP財団の理念は、その名が示す通り「Special 『確保』Containment 『収容』Procedures『保護』」である。
理由については、異常存在を破壊しようとした事でオブジェクトを進化させてしまい手がつけられレ無くなったり、友好的なオブジェクトが敵対的になったりとよくない前例が多々あるからだ。
そのほかにも諸々の理由があり、財団は「確保、収容、保護」の理念を徹底している。
そのため、終了処分(殺傷、破壊)は最終手段なのだ。
そんな財団が「迷わず終了処分しろ」と命令を出したと言うことは、上層部の人間は、今回の件をかなり深刻に捉えられているという事だろう。
静まり返って、緊張感が漂う空間にプロレスラーの入場曲のような陽気で勇ましい音楽が鳴り響く。
いち早くその音源に気づいた隊長は「あっ悪い!」とポケットから、携帯電話を取り出しながら退室して程なくして戻ってきた。
「現地にいるエージェントから新たな情報が入った。⬛︎⬛︎島にて要注意団体の戦闘員が不審な動きをしているそうだ」
要注意団体とは、異常存在の運用、研究、生産等を行なっている団体を指す用語だ。
そのほとんどが財団に敵対的で、いつ、何処で、何をしでかすかわからない。その名の通り要注意が必要な奴らだ。
今回の事件にも何処かしらの要注意団体が関わっているとなれば、厄介で複雑な状況になるだろう。
「接敵事の対応は? 」
「確保が望ましいが、投降の意思がなければ、迷わず殺していい」
あまりにもあっさりと人殺しの許可を受けたが、戸惑うどころか安心してしまった。
ただですらSCP-939との戦闘で精一杯だというのに「武装した人間を捕獲しろ」なんて言われたら精鋭揃いの財団機動部隊であってもお手上げだ。
殺していいのであれば、それだけで戦力的にも精神的にも余裕ができる。
それでも隊長は気難しそうな顔をしていた。
「ただ…一つ厄介な事があってな」
「何か問題が? 」
「本部から試験的に最新の部隊が投入されると情報が入ったんだ」
「最新の部隊? 」
今回、現地へ投入される部隊は複数あり、それぞれ対獣戦闘に特化した能力と装備、林内での機動能力、サバイバル能力を保持した部隊が大半だった。
今任務に最適の編成と言えるだろう。
さらに本部からも増援が来ており、日本支部と同じくSCP-939との戦闘を得意としている部隊が参加予定だ。
これだけのメンツが揃えば、確実に任務を遂行できるはずだ。
しかし、そこに本部最新の部隊が投入される事になれば話が変わってしまう。
その部隊の任務は、投入される事が決まった時期からして考えると『要注意団体の撃破』だと推測できるが、問題はその部隊の規模、装備、大まかな動きすら不明な事である。
まともな連携が取れるとはとても思えない。
「彼らについては、機密事項が多い部隊なようで、こちらには一切の情報が入ってきていない。幸いな事に我々とは別行動となるそうなので、頭の片隅に入れておいてくれ」
指揮官も納得できていない様で、声がいつもより低く、イラつきを押さえている様だった。
*
ミーティングを終えた後、必要な装備を身につけてヘリに乗り込んだ。
息苦しい防護マスクと暑苦しい防護衣が鬱陶しくてたまらなかった。
向かい側には、同じく重武装の本部の隊員が座っている様だったが、どうも落ち着かないようで、何か噂している様だった。
「Is Omega 7 on the way? …What a joke…」
「We're all going to be killed by Abel.」
オメガ7?
アベル?
聞こえて来た英単語を脳内で変換してみたが肝心の動詞の意味が理解できない。
全員殺されるとはどう言うことだ?確かに財団の機動部隊が全滅することは多々ある。
だが、それは相手が未知数な存在でマニアルがないためだ。
今回対応するSCP-939は殺し方も収容要領も確立されている。
よっぽどのヘマをしない限り全滅なんてあり得ない。
だとすれば、オメガ7のアベルとやらがよっぽどの問題児なのだろうか?
もしかしたら、本部の最新の部隊とやらの話なのかもしれないが、英語が苦手な俺には細かいところがわからない。
ただ一つだけわかったのは、今回もまた長く苦しい任務になると言う事だけだった。
ヘリのエンジン音が鳴り響き、プロペラが空気を切る音が聞こえ始めたところで腕時計を見た。
画面には0430の大きな数字。その右上に7/10と表示されていた。
「次シャワー浴びれるのは何日後だろうな…」
*
ヘリは間も無くして目的地へ向けて出発した。
エンジン音やプロペラが風を切る音がうるさくて、目的地まで数時間もかかると言うのに仮眠が取れず、イライラしているとそれを察した本部の隊員がガムを分けてくれた。
「thank you! 」とプロペラの音に負けない様に大声でお礼を言いながら受け取り「背中は任せるぜ!相棒! 」と握手を交わす。
マスクをつけているせいで今、食べられないのが悔しい。
受け取ったガムはとりあえず腰のポーチにしまっておいた。
出会ってまだ短い期間ではあったが、彼らとは確かな絆が芽生えていた。
この作戦が終わったら一杯飲もうと約束までしてある。
絶対に生きて帰ってやると気合いを入れ直した矢先に巨大な拳に殴られたような衝撃がヘリを襲った。
「おいおい! どうなってるんだ!」
隊長は回転して煙を出す機内をよろめきながら歩き、操縦席へ向かった。
そして絶望的な光景を目の当たりにして叫ぶ。
「クソ! パイロットが狙撃されてる! この機は墜落するぞ! 総員衝撃に備えろ!」
あまりに唐突で理不尽な状況に機動部隊員達は「クソッタレが! 」「fuck! 」と声を上げて、頭を守る姿勢をとった。
まるで、安全レバーをつけずにジョットコースターに乗っているかのような恐怖を感じて、全身に鳥肌が立つ。
今思えば、この時だったのだろう。
この時には、すでに理不尽なほど不運に、ご都合的なほど幸運に、俺の運命はねじ曲がっていたのだ。
この後、一方的な暴力と数えきれない絶望の嵐に晒され続ける事になるなんて、当時の俺は知る由も無かった。
本作は、SCPが好きで、この愛をどうにか形に残したいと思い書いた作品です。
SCPを知らない人でもわかりやすく、SCPを知っているならより楽しめる、そんな作品を心がけながら、書いてみました。
もしSCPを知らずに本作を読んだ方は、本作に付けられたタグのSCPの記事を読む事をお勧めします。
SCPの記事でも、わかりやすく、面白いSCPを厳選してあるのでぜひ読みに行ってください。
本作は、日本支部の機動部隊員の視点から、未知のSCPオブジェクトの恐怖を書こうとしましたが、日本支部のオブジェクトは複雑な特異性を持つものばかりで扱いが難しく、結果的に本部のシンプルに怖くて強いオブジェクトに頼る形になりました。
SCP-939のシンプルに強く面白い特異性を利用したストーリーを構成できたと思いますので、最後まで読んでいただければ幸いです。




