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うちの姉ちゃんは古代文明を実践したい

クレオパトラの科学と顔面劇的ビフォーアフター 〜うちの姉ちゃんは古代文明を実践したい〜

作者: 尾白景

 これは俺が古代ローマに似た異世界へと転生するよりずっと前、姉と過ごした思い出の一幕―――――




挿絵(By みてみん)



「うわあああ! なんだこれ……終わった……」


 月曜日の朝七時。

 洗面所から、小学五年生の俺、匠の絶望的な叫び声が響いた。


 鏡の中に映っているのは、どんよりと澱んだ顔色の少年。

 目の下にはクマができ、頬や小鼻の周りはカサカサに乾燥して真っ赤に荒れている。

 まるで茹で上がったタコのような、あるいは生気を吸い取られた亡者のような顔だ。


「昨日の夜、調子に乗ってゲームやりすぎた……よりによって今日、クラス写真の撮影があるのに!」


 一生アルバムに残る記念写真。

 それがこんな顔で記録されるなんて末代までの恥だ。

 俺が鏡の前で頭を抱えていると、背後からズズズ……と重たい足音が近づいてきた。


「……うるさいわね。朝からギザのピラミッド建設でも始まったの?」


 現れたのは、姉の真綾だった。

 しかし、その姿は俺以上に凄まじい。


 ボサボサの髪はメドゥーサのように逆立ち、顔色は土気色。分厚い眼鏡の奥の目は虚ろで、パジャマのままふらついている姿は、発掘されたばかりの土偶そっくりだ。


「姉ちゃんもひどい顔……ゾンビ?」


「失礼ね『冥界からの帰還者』と呼びなさい。昨夜はツタンカーメンも愛した世界最古のボードゲーム『セネト』を一人でプレイしていて、明け方までオシリス神と対話していたのよ……」


 真綾は大きなあくびを噛み殺しながら、俺の顔をじっと覗き込んだ。


「……で? その茹でダコみたいな顔はどうしたの。ナイルの氾濫(夜更かし)による泥害(肌荒れ)かしら」


「うっ……そうだよ。今日写真撮影なのに、こんな顔じゃ学校行けないよ」


 俺が肩を落とすと真綾の虚ろな瞳に鋭い光が宿り、彼女は何かを閃いたようにドレッサーへ向かうと、ガサゴソと引き出しを漁り始めた。



「……赤ら顔? それなら、ナイルの叡智を借りるまでよ」


 真綾が取り出したのは、小さな瓶に入った怪しげな『緑色の粉』と、現代の化粧品らしき『緑色のチューブ』だった。


「何それ? ペンキ?」

「違うわよ」


 真綾は眼鏡を外し、バサリと前髪を上げた。

 そして、土偶のような顔でニヤリと不敵に笑う。


「いい? エジプトのメイクは科学なの」

「か、科学?」


「そう。古代エジプトでは、有名な黒いアイライン(コホル)よりも先に、目の周りに『緑の孔雀石マラカイト』を塗っていたわ。

 これには微量の銅が含まれていて、眼病を防ぐ殺菌作用があったの。でも、現代における最大の効能は『色彩学』よ!」


 真綾は緑の粉を指先に取り、自信満々に語り出した。


「光の三原色において、緑は赤の『補色』にあたるわ。つまり、この緑の粉は肌の赤みを打ち消して透明感を生み出す、魔法のフィルターなのよ!」


「補色……? 図工の授業で習ったような……」

「論より証拠。まずは私が証明してあげるわ」


 真綾は手際よく緑の下地コントロールカラーを顔に広げ、さらにマラカイト風の緑のアイシャドウと、漆黒のアイラインを目元に入れた。


 その手つきは、さっきまでのゾンビぶりが嘘のように洗練されている。


 ――――数分後。

 真綾が「完成よ」と言って振り返った瞬間、俺は息を呑んだ。


「えっ……誰!?」

 そこにいたのは、土偶でもゾンビでもなかった。


 肌のくすみや赤みは完全に消え去り、透き通るような白磁の肌が輝いている。

 切れ長の目元はアイラインで強調され、ミステリアスで神々しいオーラを放つ、絶世の美女が立っていたのだ。


「姉ちゃん!? めちゃくちゃ美人じゃん! 魔法!?」


「ふふん。だから言ったでしょう、これは科学よ。色彩の魔術と、光を操るハイライトの技術があれば、人は誰でもクレオパトラになれるの」


 真綾は妖艶に微笑み、パチリとウィンクした。

 いつもの変人姉貴とは思えないその美貌に、俺は思わずドキドキしてしまう。


「信じた? さあ、次はあなたの番よ」



 真綾が手招きする。

 さっきまでなら「余計なことすんな」と言って逃げていただろう。


 でも、目の前の圧倒的な結果ビフォーアフターを見せつけられては、従うしかなかった。


「お、お願いします……ハトホル様!」

「よろしい。顔を出しなさい」


 真綾は俺の顎をクイッと持ち上げると、いつになく真剣な眼差しで施術を始めた。


「男の子だから、化粧っぽくならないように調整するわね。小鼻と頬の赤みをこの緑でピンポイントに消す。そして眉を整えて、ハイライトで骨格を立たせる……」


 冷んやりとしたクリームの感触と、姉ちゃんの指先の体温。


 鏡の中で、俺の顔がどんどん変わっていく。

 茹でダコのようだった赤みが消え、肌色が均一になり、なんだか顔全体がキリッと引き締まっていく。


「よし、完成。目を開けてごらんなさい」


 恐る恐る鏡を見た俺は、思わず声を上げた。


「すげえ……! 赤みが消えてる! それに、なんか俺……サッカー部のエースみたいにカッコよく見える!」


「当然よ。それが『色彩学』と『古代の知恵』の融合だもの。これなら写真撮影も完璧ね」


「ありがとう姉ちゃん! すごいよ!」


 俺は鏡の中の新しい自分に、何度もガッツポーズをした。


 ◇


 その日の学校は、まさに俺の独壇場だった。


 クラス写真の撮影ではカメラマンさんに「いい表情だね!」と褒められたし、女子たちからは「ねえ匠くん、なんか今日雰囲気違くない?」「肌きれいー!」と噂されて、モジモジした。


 友達のユウトにも「お前、なんかオーラあるな。いいことあった?」と聞かれ、俺は一日中、鼻高々だった。


 すべては、姉ちゃんの「科学的エジプトメイク」のおかげだ。


 ◇


「ただいまー!」


 上機嫌で帰宅した俺はリビングに駆け込んだ。


「姉ちゃん、ありがとう! 写真、バッチリだったよ!」


 リビングでは、真綾がソファで紅茶を飲んでいた。


 まだメイクを落としていないらしく、朝の「絶世の美女モード」のままだ。優雅に脚を組み、本を読んでいる姿は、どこかの国の王女様のようにも見える。


「ふふん、当然よ。弟の危機を救うのもファラオの務めだからね」


 真綾は本を閉じると、足元で寝ていたミニチュアダックスの『きなこ』に手を伸ばした。



「さあ、きなこ。私を称えなさい。今日は特別に高級なジャーキーを……」


「きなこ〜 ただいま」

 俺もきなこを撫でようと近づいた、その時だった。


「ワンッ!!」


 きなこが弾かれたように飛び起き、真綾に向かって激しく吠え立てたのだ。


「えっ?」


 真綾の手が空中で止まる。

 きなこは尻尾を丸めて後ずさりし、ソファの下に潜り込むと、そこから「グルルル……」と真綾を睨みつけている。


 明らかに、不審者を見る目だ。


「ちょ、ちょっときなこ? 私よ、飼い主よ? 真綾よ?」


 真綾が焦って近づこうとすると、きなこは「誰だお前! 近寄るな!」と言わんばかりにさらに激しく吠えた。


「ワンワンワンッ!!」


「な、なんで……? いつもなら飛びついてくるのに……」


 ショックで硬直する美女(姉)を見て、俺はハッと気づいた。

 今の姉ちゃんは、見た目が違いすぎるし、化粧品の匂いもする。


「あーあ。姉ちゃんが綺麗すぎて、きなこには『飼い主の服を着た不審な女』に見えてるんだよ」


 俺が冷静に指摘すると、真綾は雷に打たれたような顔をして、その場に膝から崩れ落ちた。


「そ、そんな……。私が美しくなったせいで、絆が引き裂かれるなんて……」


 真綾は悲劇のヒロインのように床に突っ伏し、震える声で呟いた。


「……美しさは罪……いえ『聖獣きなこ』には理解できない高次元の概念だったのね……」


「いや、単に化粧の匂いがキツイだけだと思うけど」



 結局。

 きなこに「知らない女」認定された真綾は、半泣きになりながら洗面所へダッシュした。


 バシャバシャと豪快に顔を洗い、いつもの眼鏡にボサボサ頭の「土偶スタイル」に戻ってリビングへ帰還する。


「ほら! 私よ! きなこ、私だってば!」


 すっぴんの顔を近づけると、きなこはようやく「クンクン」と匂いを嗅ぎ「あ、なんだ真綾か!」と尻尾を振って顔を舐め始めた。


「よかったぁ〜! 思い出してくれたのね〜!」


 きなこに顔中をベロベロに舐め回されて喜ぶ残念な姉を見て、俺は呆れつつも笑ってしまった。


 せっかくのクレオパトラも、きなこには敵わないらしい。


「……ま、感謝してるけどね」


 俺は洗面所の鏡に向かい、まだうっすらと残る「魔法の緑」を確認して、ニカっと笑った。

 

本作をお読みいただきありがとうございます。

お楽しみ頂けましたら★★★★★評価お願いいたします。


連作短編『うちの姉ちゃんは古代文明を実践したい』シリーズは複数公開していますので、そちらもご一読いただけましたら幸いです。

次回は01月31日(土曜)17時30分に投稿いたします。


【匠の「その後」の物語はこちら!】

本作で匠が学んだ「無駄すぎる知識」が、異世界で最強の武器になる――!?

匠が古代ローマ風異世界に剣闘士として転生し、姉ちゃんの知識で成り上がる本編、『転生式異世界武器物語』も好評連載中です!


本編では実在した武器の“武器解説”、絵師様による“挿絵”付きの豪華な長編となっています。

ぜひ合わせてチェックしてみてください!

『転生式異世界武器物語』

https://ncode.syosetu.com/n3948lb/



※こちらのイラストにはAIを使用して製作しております。

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― 新着の感想 ―
めちゃめちゃ面白かったです!! こんな姉ちゃん欲しかった!!
xから来ました。 古代エジプトの色彩理論や化粧の知識を駆使してメイクを施すくだりが、古代文明の知識を“実生活に応用する”というユニークな切り口で、とても楽しげに描かれていて 姉の説明がまじめなのにどこ…
こんばんは!密かに楽しみにしています。弟思いのお姉さん、今回も大活躍でしたね(≧▽≦)勉強にもなって、作品としても面白いなんて、最高です!!オチに思わず笑ってしまいました。メイクで、まるで別人みたいに…
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