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第6章 三条貴子は頼りたい(1)

大学の帰り道、あいつを見つけた。潤の元カノが、雨の中傘を差しながら、カフェの前にたたずみ、窓から中をのぞきこもうとしている。なんか不審者みたいじゃん。


「おつ~。渡邉さんじゃん。いま帰り?」

突然話しかけられて驚いたのか、ビクッとした後、おびえた顔をした。そんなに怖がらなくても・・・。

「あ~。こないだの同人誌販売イベントのときとはだいぶメイク変えてるからわかんない?松浦明日香だよ。潤の幼馴染みの。でもショックだな~その反応。あの時少しは仲良くなれたと思ったのに。」

「あっ、ええ。松浦さん。この間はありがとうございました。」

「いいっていいって。ところでこのカフェに入るの?」

「えっ?あ・・・ええ・・・でも・・・一人では入りにくくて・・・。」

チェーン店のカフェにも一人で入れないなんて、人見知りにもほどがあるな・・・。普通に社会生活を営めてるんだろうか?

「そっか~。ちょうどあたしもコーヒー飲みたかったし、一緒に入ろうか?」

「え・・・・?いや・・・でも・・・うん。ぜひ一緒に入りましょう!」


おおっ、なんだ?途中まで断られる流れだったのに、急に乗り気になったぞ。しかも先に立って店に入ろうとしてるし、そんなに一人が心細かったんかな。あっ、もう店に入って、さっそくに隅の方のソファ席を確保して手招きしてる。どんくさそうなのに意外に機敏だな。


「松浦さん、わたしが飲み物買ってくるから。ラテでいいかしら?ここに座っておとなしく待っててもらえる?松浦さんは目立つから・・・。」

「おっ・・・おう。ありがとう。」

目立つって、今日は普通の格好のつもりなんだけどな・・・。それにしても急に積極的になってどうしたんだろ・・・おっ!


「潤じゃん!潤も来てたんだ!」


壁際のカウンター席に、こちらに背を向けて座っている姿を見つけたため、思わず駆け寄った。あたしの声に、レジに並んでいたあいつも振り返って、なぜか「ち、ちょっと・・・」と慌てている。

振り向いたのはやっぱり潤だった。なんだ、こんなとこで会えるなんて嬉しいな。

そう思ったとき、潤の隣に座っていた女性も一緒に振り返った。

「潤さん、お知り合い?ご紹介していただけるかしら・・・。」

「ああ・・・この人はね・・・。」

ピンク調のパステルカラーのワンピース、袖にひらひらしたレースが付いてる。つやつやした黒髪の縦ロールと銀色の髪飾り、透けるような白い肌、胸元には真珠のネックレス。そのあまりに目立つ姿に、変な奴がいるな~と、潤より先に目に入っていたが、まさかこんなご令嬢のテンプレみたいなやつが潤のツレなんてまったく思ってなかった・・・!

潤!そいつとはいったいどんな関係なんだ~~?!

             ★


話は2か月前、潤が玲香に友達に戻ろうと言われた直後の4月にさかのぼる。


「あの・・・突然で申し訳ないんですが、この授業の前回と前々回のノートをお持ちでしたら見せていただけませんでしょうか?」


授業の後、教室に残って、PCに打ち込んだ講義の内容をまとめている時、突然女性に話しかけられた。顔をあげて声の方を見ると・・・ん?目の錯覚かな?・・・・思わず二度見してしまった。マンガに出てくるテンプレのようなご令嬢がいる!


「あの、わたくし、三条貴子と申します。はじめまして。突然お声がけしてすみません。あの、お時間よろしいですか。」

「は、はい。なんでしょう?」

「実はわたくし、しばらく体調を崩して講義を休ませていただいておりまして、先生に相談しましたら、その間の講義の内容については、誰かにノートをお貸しいただくようにとおっしゃられまして。」

「はあ、なるほど・・・。」

「他の方にもお願いしてみたのですが、シケタイ・・・という団体に入っていない方にはお貸しできないとのことで・・・。」

「えっ、あっ、はい。僕はシケタイ入ってないので、お貸しできます。」

「わあっ!どうもありがとうございます。感謝いたしますわ。」


貴子さんはエレガントに頭を下げた。いや、普通に頭を下げた気もするが、雰囲気に飲まれてしまった。・・・しかし、なんで比較対象として明日香の顔が思い浮かぶんだろ?


「それでは、ノートを貸していただけましたら、すぐに書き写しますわ。」

「でも、僕はいつもPCでノートをとってるんですよ。よければデータでお送りしますよ。」

「いいんですの?たしかにわたくしもその方が助かりますわ。じゃあ、ここにわたくしのメールアドレスを書きましたので、こちらにお送りいただけますか?」

「はい・・・じゃあ後で送りますね。」

用件は終わったようだが、そのまま、貴子さんは立ち去ろうとせず、じっと潤を見つめてきた。

「えっと・・・まだなにか?」

「ところで、まだお名前をお聞かせいただいていないのですが。」

「え?ええっ?ああ、すみません。荒井潤といいます。」

「あらい・・・じゅんさんですね。じゃあ、潤さん。お手数をおかけしますがよろしくお願いいたします。」

そう言って貴子さんは去って行った。いや、フィクションの世界にしかいないと思っていたご令嬢キャラ、現実世界で本当にやる人いるんだな・・・。


                    ★


その日の晩、貴子さんから指定されたメールアドレスにノートのデータを送ると、貴子さんからほどなくして返信が来た。

『ありがとうございます。大変助かりました。お礼に今度お食事にご招待してもよろしいでしょうか。差し支えなければ、ご都合のよろしい日をお聞かせくださいませ。メールはあまり見ませんので、こちらのLINEIDへお送りください。』

え~、ノートくらいで大げさな・・・。しかもご令嬢キャラなのにLINE使う設定なんだな・・・知らんかった。面倒だけど、面白そうだな。ご令嬢の言葉遣いとか、趣味とか、取材すれば玲香の作品作りに生かせるかも・・・。


そうして、候補日をLINEで送り、貴子さんからの返信で指定された店を見て潤は、さらに驚いた。これは、先週姉さまたちと行った焼肉屋では・・・?


貴子さんは、大衆的な焼肉店に間違いなく似合わない白色のドレスのようなワンピースを着て席で待っていた。襟もとのファーに匂いとか付くのとか気にしないのかな・・・?クリーニングに出すと、ワンピースとは別料金になっちゃうよ。


「お招きいただきありがとうございます。このお店にはよく来られるんですか?僕も前に来たこともありますよ。」

「そうなんですの?どんなお店がよいか、よくわからなかったので、兄に相談しましたら、学生らしいお店がよいんじゃないかと言われて、ご紹介いただきましたの。兄の話によれば、いろいろな部位のお肉を切り出して個別にお出しいただけると聞いて興味がわきましたの。わたくしは勝手がわかりませんので、潤さんの方で決めてご注文いただけますか?」


「え~、じゃあドリンクとか何がいいですか?」

「ペリエをお願いできるかしら。」

「きっとないので、ウーロン茶にしておきますね・・・。」

潤は、店員さんを呼んでドリンクと、肉の盛り合わせを一式注文した。

貴子さんは、その様子を見て、「まあ!手慣れてらっしゃるのね。」とおっしゃっていた。

「貴子さんは、普段はどんなお店に行かれるんですか?」

「わたくしは、あまり外で食事をいただくことはないんですの。自宅の料理人が用意してくれるか、お店のシェフが出張で来てくれることばかりで・・・。」

「それじゃあ、大学に来るときとか、外出するときとか困るでしょう・・・。」

「お弁当を持たせていただいておりますし、たまに外で食事をいただく際もエスコートしていただける方にお手配いただいておりました。だから勝手がわからずごめんなさい。もしかして場違いなお店を選んでしまったかしら。」

「いえ、ちょうどよいお店に落ち着いたと思いますよ。お兄様のアドバイスは的確でしたね。」


こんな人もいるんだな、ほへ~と思いながら、ちょうど届いたタンやカルビを焼き、皿に取り分けてあげると、貴子さんは一口食べて歓声を上げた。

「まあ、おいしい!潤さん、お料理をされる才能がおありですわ。」

「いや、お料理って・・・。でもまあ焼肉の焼き方については、姉さまに鍛えられましたので・・・。」

「他にはどんなお料理をされますの・・・?」

「一人暮らしなので適当に作ったりするくらいですが。この間、頼まれてパンケーキを作りましたよ。」

まだ別れる前だったが、玲香に頼まれて作ったパンケーキは好評だった。

「パンケーキを作れる人なんて初めて見ましたわ!!粉の配合とかどうされてますの?」

すみません。期待されていた水準に達していなかったようです。パンケーキミックス使いました・・・。


「潤さんは、普段はどこでお食事されていますの?」

「そういえば最近はあまり外食してないですね。学食で食べるくらいで。前はイタリアンとかフレンチとかのお店に行ったりもしたんですけど、一人では行きづらいお店も多いので。」

「まあ!一緒に行っていただけるお友達がいらっしゃらないのですか?」

いや、直球だな。しかも明日香みたいな絡み方じゃなく、そんな真剣に心配そうな顔をされると本当に不安になる・・・。なるほど、これが明日香が言っていた絡みづらいというやつか・・・。

「実は、わたくしも大学でのお友達は少なくて・・・。少し前まではエスコートしていただける方がおられたのですが、今学期からいなくなってしまって。そしたら急に大学生活が立ち行かなくなってしまって困っていましたの。もしよろしければ、仲良くしていただけないかしら?」


えっ?何でこの人、突然こんなにグイグイ来るの?

ん?これは、もしや大学に入ったばかりのころにオリエンテーションで注意されていたあれでは?ある日急に親し気に接近してきて、距離が縮まった頃合いで宗教に勧誘されたり、鍋とか水とかを販売するネットワークに入れられたりするやつ・・・。それは困るな・・・。


「もしや、わたくしが宗教とか、マルチの勧誘をしていると思われました?」

「えっ、心が読めるの?」

「いいえ。さすがにわたくしもそんなに解像度高く心は読めませんわ。」

ぼんやりとであれば心読めるの?


「わたくし、友達との距離感がおかしいと言われることが多くて、以前にも仲良くしようとした方にそうお伝えしたら、エスコートしていただいていた方に注意されたことがあるんですの。潤さんの表情が、その時と同じでしたのでもしやと・・・。」

「なるほど・・・。すみません。疑ってしまって。」

「いいんですのよ。わたくしは、ただ大学でのお友達が欲しいだけなんです。決してご迷惑はおかけしませんので、お友達になっていただけませんか。」

おお、これはラノベでしか見たことない、『友達になってください』イベントだ。まさか現実に拝める日が来るとは・・・。

「ラノベってなんですの?」

「えっ、単語レベルで心が読めるの?」

「いえ、潤さんがいま声に出しておっしゃっていたので・・・。」

ああ、声に出てたか。でも面白いな。よく観察すれば玲香のマンガの新キャラのモデルになるかも・・・。

「うん、友達だったらまったく問題ないよ。じゃあぜひよろしくね。」

「マンガの新キャラって何ですの?」

「えっ?また声に出してました?」

「いえ、そのような表情をされておりましたので。」

「やっぱり心を読めるんじゃないですか!」


そうして、潤は、三条貴子さんと友達になり、大学で一緒に行動したり、たまに学外でも会ったりする関係になったのだ・・・。他学部である明日香と玲香の知らないうちに・・・。


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