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第3章 松浦明日香はまだ友達でいたい(1)

お昼過ぎのやや混んだ学食で、潤は一人、空き席を探していた。

「おっ、あのシルエットは・・・・。」

端の方の席に座る玲香の後姿を見つけたので、無意識にそちらの方へ歩きかけた。しかし、よく見ると玲香の向かいには、文芸サークルの4年生の先輩もいる。いつも辛口で玲香の作品を批評する少し苦手な女性の先輩だ。今思えば、文芸サークルでマンガやラノベに力を入れているというフェイクニュースを伝えてきたのもあの先輩だった気がする。

「う~ん・・・やめとくか。」

この間までだったら、迷わずあの輪に入ってただろう。人付き合いが得意じゃなくて、作品への批評に傷つきやすい玲香のフォローをするのも彼氏の役目だと思って、玲香の姿を見かけたら、いつも隣に座る彼氏ムーブをしてきたが、もはや友達。友達がいちいちそんなことしたらキモイだけだし・・・。あっ、ちょうどあの席だったら柱の陰で死角になるだろうし、あそこにしよう。


だいぶ友達カテゴリーにも慣れてきたかな・・・。そう思いながら、席にトレイを置いて、手を合わせていただきますをしていると、向かいの席の前に見覚えのある長身女子が立った。

「一人なの?ここ座っていい?」

「ああ、明日香か。もちろん。今日は一人だし。」

「いや、いつも一人だろ。あいつと別れてからは。」

「そうかな・・・そうかも・・・。」

「そこは、『ひとをボッチ扱いするなよ。友達くらいいるわ!』とツッコむとか、『別れる前からずっとボッチだよ』とかボケてくれないと話が発展しなくて絡みづらいだろ・・・。これじゃあ、あたしがただイジワルを言っただけになっちゃうじゃん。そういう突き放した投げやりな態度は幼馴染みのあたしだからこそ理解して受け止めてあげられるんだからな。」

「勉強になります。」

「そういうとこだって!」

明日香は向かいに座っていただきますをして食べ始めた。今日のA定食はイワシフライだったか。魚食べた方がいいんだろうけど、なんやかんやで唐揚げ選んじゃうんだよな・・・ってあれ、明日香がなかなか箸をつけずモジモジしてるな、フライじゃなくてこっちをチラチラ見てくるし。

「どうしたの?」

「そういえば、さ~。今週末の土日どっちか空いてる?実は、まだ千葉の夢の国ランドに行ったことなくて、一度行ってみたいんだけど・・・。」

「あれっ、行ったことなかったの?」

「ほら、うちらの中学校って、1個上の先輩が、夢の国ランドでメインキャラを取り囲んで胴上げして池に投げ込んで学校ごと出禁になって修学旅行で行けなかったじゃん。昔から夢の国ランドに行くのがずっと夢だったんだよ。」

「それもあるけど、明日香って去年東京に来たじゃん。てっきり去年のうちに行ってるんだと思ってた。」

「いや・・・まあそれは・・・初めては大事にしたいからタイミングを見てたんだけど・・・。」

初めては大事にしたいと言いながら、結局相手は誰でもいいのか?まあ、このまま変なこだわり持ってると永久に行けないことに気づいたのかな・・・。でも、今週はあれだな・・・。

「ごめん、今週末はちょっと埋まってて。」

「じゃあ来週はどうよ?」

「来週もスケジュールが埋まってて・・・。」

「再来週は?」

「そこも埋まってて。」

「なんだよ、忙しムーブして!週末バイトかなんか入ってんのか?誰かとシフト代わってもらえないのかよ。」

「そうじゃなくて、再来週の日曜に同人誌の販売イベントあって、その準備に時間をとられてるんだよ。」

「販売イベントって、あの元カノと一緒にやってた同人誌サークルの活動のことだろ。別れたのにまだ一緒に活動してんのかよ。未練たらたらだな・・・。」

明日香があきれたような表情をしたので、慌てて手を振った。

「違うって、彼女だから手伝ってたわけじゃなくて、もともと僕がやりたくて玲香に声をかけたんだよ。付き合う前から一緒にサークルやってて、付き合っているかどうかは関係ないんだって。」

「え~っ、そうかな~?それにしたって、別れた彼女と一緒にサークル活動なんて、よほどじゃないと・・・。」

そう言いかけた明日香の頭に、受験の追い込みのときに見たあるポストが思い出された。


『オタおとが、バクマン気取りで出店。売れて幼馴染みと結婚するつもりなのか?』


受験日が迫り、合格ラインぎりぎりで、プレッシャーに押しつぶされそうになった時に見て勇気づけられた姉さまのポスト。スクショに保存して今でも何度も見返している。


『幼馴染みと結婚するつもりなのか?』


姉さまの弟は潤しかいない。潤の幼馴染みって・・・あたし以外いないじゃんか!つまり・・。

そう思って勇気づけられ、猛烈にラストスパートをかけて後期試験で大逆転合格したのだ。


そっか、そっかそっか~。もともとあたしと結婚するためにマンガで成功しようとしてたんだったっけ。それで、余計な邪魔者のせいで遠回りしたけど、結局、元のあるべき場所に納まったんだ!


「明日香、どうしたの?急に黙って顔がアホみたいになってるけど・・・。」

明日香はテーブル越しにドゲシッっとチョップを見舞ってきたが、すぐに真顔に戻ってゴホンと咳払いした。

「そういうことなら仕方ないな。よしっ!じゃあ、あたしも手伝ってあげるよ。販売会。」

「えっ?どうしてそうなるの?」

「わかってるって。夢の国より、夢の方が大事だよな。売り子とかいるだろ!もっさいオタク男女が並んで売るよりも、華やかな女子がコスプレして売り子した方が絶対いいだろ。」

「あっ、明日香は人気あるし、それはそうかも・・・でも・・・。」

スマホを取り出して気になっている点を調べてみる。

「おい、目の前の話に集中しろよ。」

「違うって、ほらこれ。参加規程にコスプレ禁止って書いてある。」

「それならそれで、なんとかうまく工夫するよ。じゃあ決まりな。あっ、お礼に販売会の翌週末に夢の国ランドに連れてってくれよな。」

「うん、わかった。ありがとう。前回、印刷の品質を上げて値上げしたせいで売上が落ちて、どうしようかって思ってたんだ。明日香が手伝ってくれるなら助かるよ。」

「おっ、おう・・・。」

意外にも潤がまっすぐ明日香の目を見てお礼を言ってきたので、不意を突かれて明日香は赤面して下を向いてしまった。こいつ、普段は不愛想なのに急にこんな顔するなんてずるい・・・。


                 ★


自主制作同人誌販売会当日の早朝、待ち合わせ場所である会場最寄り駅の改札前に行くと、玲香が先に来ていた。

「今回は売り子を頼んであるから、玲香も他のサークルを見て回れるよ。」

「そういえば、誰に頼んだのか聞いてないわよ。」

「あれ、そうだっけ。えーっと、高校の同級生で玲香も知っている人だと思うんだけど・・・。」

その時、突然、金髪ウェーブに、群青のカラコンの見るからにギャルの長身女子が話しかけてきた。

「お~、お待たせ!」

「・・・・・・。」

「おい、無視すんな。」

「えっ、誰ですか?人違いでは?」

「絡みづらいボケすんなよ。幼馴染みの明日香さまに決まってんだろーが。」

いや、本気でわかんなかったんだけど。ふと横を見ると、人見知りムーブを発動させた玲香が瞬時に3mほど間合いを取っている。知らなかったが武道の心得があるのだろうか。このままストリートファイトに発展しないよう、とりあえず紹介して距離を縮めさせないと。

「玲香、今日売り子をしてくれる松浦明日香さん、前に紹介したことあるよね。僕の高校の同級生。明日香も面識あるよね。作家の渡邉玲香さん。」

「今日はよろしくな~!」

玲香は、明日香が握手のために伸ばした手を避け、そのまま円を描くようなフットワークで近寄ってきて小声で耳打ちしてきた。

「明日香さん、コスプレは禁止だと聞いていませんかと言っています。」

「あ~、大丈夫だよ。規程をしっかり読み込んだから。制服とかマンガ・アニメのキャラは禁止されているけど、現実にあるファッションの範囲なら問題ないんだよ。」

それを聞いてまた玲香が耳打ちする。

「あまり関連性のない服装だと作品の世界観が壊れると先生は言っています。」

「大丈夫だよ。潤にこれまでの本を借りて読み込んだから。作品の中に出てくる留年したギャルの花蓮をイメージして作りこんでみたけど、どうよ。再現度高くない?それで、これ。潤はこのメガネをかけな。それで髪形をこうやって、ほらコスプレじゃないけど、礼嗣みたいになっただろ。いや、どっちかというと東の名探偵みたいだな。」

ケラケラ笑う明日香を見て、玲香はまた僕に耳打ちしようとする。

「というか、あたしたちタメだろ。あたし一浪してるからさ。もっとフレンドリーにいこうぜ!」

玲香はそれを聞いてコソコソと耳打ちする。

「その計算だと、わたしの方が1歳年上になりますと言ってます。」

「じゃあなおさら遠慮すんなよ!直接話せるだろ!平安時代の姫じゃないんだから。」

「玲香は人見知りだから慣れるまでしばらくかかるんだ。」

「しゃーないな!じゃあおいおい慣れてもらうとして、早く会場行って準備しようぜ!」

そう言ってずんずん歩く明日香。手に持ったカバンも細かくデコってある。このカバンは原作第3話に一コマだけ描かれていたはずだ。さすが姉さまの一番弟子だよな。細部へのこだわりが半端ない。

「あっ、忘れてた。潤、写真撮ろうぜ。」

そう言って立ち止まって、明日香は唐突に潤の肩を抱き寄せて自撮りした。いつものことなのでされるがままだ。頬がくっついて、少しファンデーションがついてしまったので、後で拭き取らないと。

「じゃあ、これあたしのインスタとかXにあげとくから。あっ、一応先週にもイベントに参加するって告知あげといた。これ見て買いに来てくれる人がいるといいな!」

「あ、ありがとう。明日香。」

そう言いながら玲香の方をチラ見すると、お手本のようなジト目でこっちを見ていた。

これで本が売れなかったら終わりだ・・・。


                ★★


会場の設営が済んで、みんなで拍手して、お客さんが入り始めると気合も入ってきた。長丁場だけど頑張るぞ!でも、体の弱い玲香の体調が心配だな・・・。

「玲香、ドリンクいる?冷やして持ってきたよ。ジンジャエールもあるよ。」

「うん・・・。」

「あと、暑くなるから氷もあるし、冷えピタもいっぱいあるから。体調厳しくなったら教えてね。」


少しずつ慣れてきたかな・・・。表情が落ち着いてきたかも。そう思いながら保冷パックからドリンクをごそごそ取り出そうとすると、明日香から「おーい、礼嗣、このお客さんが花蓮とカップルで写真撮りたいってさ。」と声がかかった。いつも来てくれる固定客の女性2人組がこちらを見ている。

「あっ、花蓮さん。すぐいきま~す。」

原作の礼嗣のイメージ出せてるかな、と思いながら写真撮影に応じたら、それを見ていた他のお客さんも次々と同じように写真を依頼してきた。明日香はノリノリで原作のポーズを再現してるから、僕も必死でそれに合わせた。いつの間にか後ろから抱きしめられたり、指を絡めて見つめ合ったり・・・って、原作にこんなシーンあったかな?

結果として、この長身ギャルとメガネのオタク男子の売り子コンビは大成功だった。引き続き来てくれていた姉さまのファンにもオタおとと一番弟子のレイヤーカップルは刺さったし、作品ファンにも世界観がイメージ通りだと褒められた。また、明日香のSNSを見て興味を持ってブースに立ち寄ってくれるご新規さんもいて、何人かは作品も買ってくれた。この日、1部1000円で販売した新作の50部は完売し、前回の売れ残りの20部も売り切った。そればかりか後で着払いで作品を送ってほしいと注文をくれるお客様もいた。ひとつ気がかりは、明日香が主役のように振舞っている一方で、玲香が、終始押し黙り、影になっていたことだった。いつもだったらお客さんと少し話すこともあるのに、今日は気配を殺しているようだった・・・。


                        ★★★


「じゃあ、渡邉さんは東横線だったな。あたしと潤は下北まで行って小田急だからここでバイバイだな!」

「はい・・お疲れさまでした。」

会場からの帰り道、渋谷で別れた時も玲香はずっと黙って、話しかけても一言、二言しか返してくれなかった。表情も浮かないままだった。あ~っ、これはやってしまったかも・・・。

予感は当たり、小田急線で最寄り駅を降りた時に、玲香からLINEメッセージが入っていた。


『お話があります。今すぐ来られますか?』

『はい。すぐに行きます』


すぐに返事をして、最速で玲香の部屋に向かった。これは急がないと危ない。ここからだと遠いし、山を一つ越えることになるけど乗り換えを考えると自転車が一番早いので全力でペダルを漕いだ。


玲香の家に着いて、ドアを開けた瞬間から緊張感が漂っていることは一目瞭然だった。玲香の顔を見ると、完全に表情が死んでいた。ああ、これはブチギれてる・・・。付き合い長いからさすがにわかる。


「そこに座って。ベッドじゃなく床ね。ラグのないところに正座で。」

素直に従って床に正座する。正座した足に、玲香が食べこぼしたと思われるベビースターの破片とか、ホチキスの芯とかが刺さって痛い。


「それで・・・今日のあれはどういうことですか?」

やっぱり明日香のことを怒っていらっしゃる・・・。

「売り子をお願いすることは報告していたと思うのですが・・・。」

「松浦さんにお願いするとは聞いてないわよ。知らない人が来るのはイヤなんだけど。」

「話したつもりだったし。この間、松浦さんの話が出たから、てっきり認知していると思って・・・。」

「あのギャルファッションは何なの?」

「それは僕も聞いてなくて・・・。でもコスプレ規程には抵触してなかったし、会場でも何も言われなかったけど。」

「あなたも礼嗣の格好をしてご機嫌なようでしたけど!!!」

「いや、あれは明日香が勝手に・・・。」

玲香は指でトントンとローテーブルをたたき始めた。ああ、イラついていらっしゃる・・・。

「あのね・・・。わたしは作品で評価されたいの。あなたのお姉さんの人気とか、コスプレでお客さんを集めて本が売れても嬉しくないの。」

「はい・・・。」


以前、姉さまに言われた『自分の作品ではなく、売り子を目当てに来たお客に本が売れても、彼女が辛いだけよ。』と言われた言葉が思い出された。しまった、完全に忘れてた。しかし、玲香がこうなってしまうと手が付けられない。決して言い返してはならない。ただただすべてを吐き出させて、怒りが過ぎ去るのを待つしかない。2年間の数々のトライアルアンドエラーの末に達した真理だ。


「しかも二人してハグしたり、指を絡ませたり。わたしはいったい何のプレイを見せられてたのかしら?作品のキャラになり切って、作者の前でイチャイチャプレイとか、どれだけ前衛的なのかしら。」

「いや、僕も明日香もそういうつもりじゃ・・・・。お客さんが喜んでくれればって・・・。」

「ちょっと浮かれすぎじゃありませんか。前から思ってたけど、お姉さんのファンにチヤホヤされて、写真とか頼まれて・・・。あなたはわたしの作品が売れることじゃなくて、自分が人気者になる方が楽しいんじゃないですか。」

「・・・・・・・。」

「むしろ、わたしの作品の方が邪魔なんじゃないですか。いいじゃない。これからは松浦さんと二人でコスプレして、四コマ漫画でも売ればいいじゃない。その方がお客さんも喜んでくれるでしょうよ。」


玲香が怒る気持ちも理解できたが、そろそろ足のしびれも限界だし、ここは言っておかなければならない・・・。友達として、ビジネスパートナーとしてやっていくためには、ここはなあなあにしちゃだめだ・・・。


「玲香、一番最初の販売会覚えてる?一冊も売れなかったとき。」


すっくと立ち上がって言おうとしたが、完全に足がしびれていたので、そのまま崩れ落ち、ゆっくり体育座りになったのはカッコ悪いがこのまま進めるしかない。

「もちろん覚えているわよ。だから、あの後、わたしは、ストーリー作りとかキャラ作りとかを見直して、作品を面白くするためにずっと頑張ってきたのよ。それで先輩からのアドバイスも受けて今回からはは少し花蓮と礼嗣の関係に波乱を入れてみたし。」

「もちろん玲香も頑張ったと思うし、作品作りが一番大事なんだけど、僕も頑張ったんだよ。玲香の作品の良さがわかる人にリーチするために少しでもたくさんの人に関心を持ってもらわなきゃって。いくら作品が面白くても、ファンに届かなかったら意味ないから。お客さんの集め方に不満はあるかもしれないけど、これまでも最初は興味本位で来てくれて、そのまま作品ファンになってくれた人もいるじゃん。」

「それは・・・そうだけど。」

「しかも、前回、玲香が印刷の質にこだわったからコストが嵩んで、値上げしなきゃいけなくなって、そのせいで実売数が落ちちゃって。だから今回は明日香が来てくれて、ファンの裾野が広がって、また売上が増えればって思ったんだ。」

「たしかに値上げしたら離れたお客さんもいたけど。」

「もちろん玲香のことは作家として尊敬しているから、これからも玲香の作品を売る手伝いをしたいと思ってる。でも、もう恋人だったころの甘えを捨てて、ビジネスパートナーに徹しなければいけないと思ってる。」

「・・・・・・・。」

「だから、言い過ぎたかもしれないけど、遠慮なく、ちゃんと考えてることを伝えておきたいんだ。」

「・・・・・・・。」

「玲香・・・・?」

「・・・・・・。」

あっ、マズい。さっきから玲香が完全に黙ってる。一点を見つめて微動だにしない。これは2年間で1度だけ見たことがある玲香の最上級の激怒りモードだ・・・。こうなってしまうともうどうしようもない。何を言っても耳にも入らない。前回はどうやって怒りを解いたんだったか・・・。たしか下手なことを言うと火に油を注いだような覚えが・・・。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

その後は、打つ手がなく、体育座りのまま静止するしかなかった。沈黙のまま1時間が経ち、2時間が経とうとしたが、玲香も微動だにしない。正座もつらいが、体育座りで固まるのもつらい。お腹も空いてきたし、今朝は早起きだったからすごく眠い。ウトウトしかけたけど寝たら取り返しがつかない気がする。

ふと時計を見ると、終電の時間が迫っていた。いや、自転車で来たから終電関係ないけど、ちょうどよい口実かもしれない。

「あの・・・そろそろ終電の時間なので、おいとまを・・・。今日はお疲れさまでした・・・。」

ゆっくりと腰を上げて振り返り、玄関の方へ向かおうとすると、玲香にシャツの裾を引っ張られた。

「おなかすいた・・・。」

「えっ?あ、うん。わかった。何か買ってきましょうか?」

「・・・・・・パンケーキ・・・・。」

「じゃ、じゃあ、そこのコンビニで冷凍のパンケーキを買ってくるから・・・」

「作って・・・バターとメープルたっぷりで、カリカリベーコン添えてあるやつ・・・」

「わかった。急いで深夜スーパーに行って材料買ってくるから、ネトフリでも見てて。こないだお薦めのアニメ見つけたんだ。」

 玲香は黙ってこくりとうなずいた後、「あとジンジャエールとポテチ」と言ったため、潤は自転車で深夜スーパーに走ってパンケーキの材料、バター、メープルシロップ、ベーコン、ポテチ、ジンジャエール2ℓを買ってきた。これぐらいで機嫌を直してもらえるなら、チョロい話だぜ!

ボウルでパンケーキの生地を作ってる間、玲香には、ポテチで空腹を紛らわせながら、女子高生の殺し屋のアニメを見ててもらった。急いで準備したつもりだったが、待ちくたびれたのか睡眠不足のためか、玲香は、パンケーキができるころにはローテーブルに突っ伏して完全に寝落ちしていた・・・。


「あ~あ、しょうがないんだから。ほらベッドまで移動してよ。」

「つれてって~。」


しょうがないので、玲香の脇に手を入れて、抱き上げてなんとかベッドまで移動させた。しかし、寝かしつけたところ玲香の部屋着のシャツの裾がみだれて、白いお腹と、おへその左側にある傷痕の端の方が少し見えた。玲香は、傷痕見られるのをすごく嫌がるから、裾を直しておいてあげよう。

そうして、部屋着の端をつかんで直そうとすると、突然、玲香が潤の頭を抱きしめてきた。玲香の見た目よりも大きめ胸がおでこに当たっているのだが・・・。

「やっぱり大好きだよ、潤・・・。ごめんね。」

「????」

何か容易ならざることを言われた気がする。どういう趣旨だろう・・・。ひさびさの玲香の香りに包まれながら、潤は硬直し、次の言葉を待った。しかし、玲香は何も言わない。コチコチと時計の秒針の音だけが聞こえる。わ~っ!もう限界だ。そう思った瞬間、玲香のヘッドロックが緩み、寝息のようなものが聞こえてきた。あれっ?寝てるの?


そっと玲香のヘッドロックを外すと、身代わりに枕元のペンギンのぬいぐるみを腕に挟んでやった。玲香はそれを抱きしめて寝返りをうって、向こうを向いた。

寝ぼけてたってことか・・・?まあ、あの言葉も謝罪と友達としての親愛を表現したものだろう・・・そう整理しておこう。あぶないあぶない。勘違いして性犯罪者になるところだった。


「やれやれ・・・。しかし、玲香が寝ちゃったとすると帰れないな・・・。アニメとか見ると起こしちゃうだろうし、本でも読んでるか・・・。」

そうして、玲香の本棚を見ると、何度も読み込まれたらしく特にカバーが擦り切れているライトノベル文庫が目に入った。なになに?タイトルは『ガーデンズ』、内容は・・・と手に取ってパラりとページをめくると、1ページ目にいきなりこう書いてあった。


『うららかな花園にたたずむ君の笑顔に捧ぐ』


・・・・・・・う~ん。えらく甘い感じだな。恋愛小説のような気がする。この状況で読んで、変な感情が湧き起ってきちゃうとまずいし、電子書籍でバトル漫画でも読もう。


そう思いながらスマホを見ると、LINEのメッセージ通知が大量に届いていた。1通は明日香からだった。


『夢の国ランドの約束覚えているよな。土曜日でいいか?』


もちろんOKとスタンプを返しておいた。すると間髪入れず帰ってきた明日香からメッセージには、『じゃあ、土曜。朝6時に渋谷駅の井の頭線改札集合な。遅れんなよ。』とあった。


・・・・やけに早いな。僕も行ったことないからわからないけど、普通そんなに早く行くものだろうか。ここしばらく休みがなくて体がだるいので早起きは辛い。今日も徹夜になりそうだし。

それから他の通知を見ると、全員同一人物からだった。最新のメッセージを見るとこう書いてあった。


『いまどちらにいらっしゃるのかしら?』


ふうっ・・・。なんというか最近急に忙しくなったな。これで倒れたら労災とかになるんだろうか・・・学生だけど。


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