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終章 明日香はいつも心配している

その日、わたしは有休を取って、編集者との打ち合わせのため、ひさびさに東京に来た。

わたしにDMを送ってくれた編集者は、花園うららという、少女漫画のライバルキャラみたいな名前の女性で、わたしが作品で表現した心情に深く共感し、ぜひ書籍化したいと言ってくれた。

その後、何度かメールやウェブ会議で打ち合わせを行い、今日は初めての対面での打ち合わせだ。


「渡邉玲香さん?わざわざ遠くから来てくれてありがとう。さっそく会議室にご案内するわね。」


出版社の立派な本社ビルまで赴いたわたしを迎えてくれた花園さんは、わたしよりも小柄でかわいらしい方だった。でも、さすが最前線で働く女性編集者、イメージ通りファッションは洗練されてて、後ろを歩くとなんかすごくいい匂いがした。石鹸の香りの香水かな?

わたしも、今日のために高崎のイオンでスーツを新調したけど、なんか気後れしちゃうな。


「渡邉さん、ごめんなさい。実は謝らなければならないことがあるの。」

会議室で席に着くなり、花園さんは切り出した。

「えっ?やっぱり書籍化は難しかったとかですか?あ~、そうですよね・・・。簡単じゃないことはわかってましたし。」

「違うのよ。実は、渡邉さんが了解してくれればなんだけど、担当編集者を交替したいの。」

「えっ?まだ企画中なのにそんなことあるんですね。定期異動ですか?」

「いいえ。実は、渡邉さんの作品を見つけて、評価して、ぜひ書籍化したいって最初に言いだしたのは、もともと別の編集者だったの。彼は、すごく熱意をもって企画を進めてたんだけど、渡邉さんに連絡を取る前になぜか自分には渡邉さんを担当する資格がないって言いだして・・・それで頼まれて私から渡邉さんに連絡を取ったの。」

「はあ・・・。でも、『彼』ってことは男の方なんですよね。わたし、ちょっと男の人と話すのは苦手で・・・。」

「ああ、彼はあんまり男性って感じしないから・・・。それに彼は女性作家の才能の発掘とサポートに定評があるのよ。ほら、三神沙織先生ってご存じかしら?この間『あの夜を超えて』シリーズで本屋大賞も受賞した。」

「ええ!大ファンで全巻そろえてます。あの作家さん、わたしと同い年なんですけど、憧れてるんですよね~。」

「彼女も、彼が才能を見つけ出して、徹底的に執筆をサポートしてデビューさせて、大ヒットにつなげたのよ。他にも大げさではなく、彼がいなければ世に出なかった女流作家は多いと評判よ。」

「すごいやり手の方なんですね。・・・・。」

「しかも、渡邉さんの作品も絶対に書籍化してたくさんの人に読んでもらうんだって、途中まですごい熱量で取り組んでいたのよ。それこそ三神先生以来の熱の入れようだったから、編集部全体でも渡邉さんへの期待が盛り上がってて・・・・。それなのに、なんで急に私に頼んできたのか・・・理由はわからないけど、そんなに好きな作品だったら、君が担当すべきだってずっと言ってたの。もちろん私も渡邉さんの作品は好きだけど、彼の熱意には勝てる気がしないから、今日まで説得してようやく納得してくれて、それで再度担当を代わってもらったの。」

「そうなんですね・・・・。でもそこまで熱意を持たれると・・・期待に応えられるかな・・・。うまくやってけるかな・・・。」

「難しければ、また私が担当に戻ってもいいわ。でも、一回だけ彼に会ってもらえないかしら。本当に誰よりも渡邉さんの作品を理解して推してる人だから、会うだけでも損はないわよ。」

「はあ、わかりました・・・。」

「ありがとう。じゃあ、呼んでくるから少し待っててね。」

不安だなあ・・・。でも、わたしの作品のいったいどこにそんなに惹かれたんだろ・・・。


コンコンっとノックの音がしてドアが開き、入ってきた男の人を見て絶句した・・・。


潤だった・・・。ずっと会いたかった、でももう会えないと無理やりあきらめていたあの潤だった。


「ごめんなさい!」

入ってくるなり、潤は直立したまま深く頭を下げた。

「作品を読んでわかりました。僕は、あの日ひどいことを言ってしまった。」

「・・・・・・・・。」

「作品を通じて、気持ちを伝えようとしてくれていたのに、僕はそれを全然受け止めず、理解しようとしないで、勝手な解釈を押し付けて傷つけてしまって・・・。あの時、もう友達でもいたくないと言われたことだって、当然だったと思ってます。」

「・・・・・・・・。」

「でも、新しく投稿された作品を読んで、深く感動しました。あの頃の気持ちが、あの楽しく、切なく、辛かった気持ちが見事に創作に昇華されていて・・・ああ、あの頃、僕が惚れこんだ才能はこれだったんだと再認識させられました。」

「・・・・・・・・。」

「いまさら、どの面下げてと言われるかもしれませんが、その才能を広く伝えるお手伝いをさせていただきたいと思っています。どうか、僕を許してもらえないでしょうか。」


そこまで言って、潤は、顔をあげた。何か言わなきゃ、言わなきゃ。あれっ、声が出ない。顔もひきつったままで笑顔が作れない・・・どうして・・・?どうして・・・?

「・・・・・・・・。」

「うん。ごめん。そうだよね。虫のいい話でした。今さら僕が現れても、創作の邪魔になるだけだよね。一読者として作品を読めるだけでも過分な話だと思う。花園さんに話して、また担当に戻ってもらうことにします・・・・。」

えっ、あっ、待って、待って・・・せっかく会えたのにこんなことですれ違って別れたくない。


「まっ、まって、ゴホッ、グホッ、ゲホッ、ゲホゲホ!ゴホッ!グフッ。」

「えっ?あっ、大丈夫?すぐに何か飲み物を持ってくるから・・・。」

無理に声を出そうとしたら咳きこんでしまった・・・。ああ、なんでこんな大事な場面でダメなんだろう。

「はい、お水。それから、これも飲んで・・・。」

「あっ、ありが、ありが・・・とう。」

潤が蓋を開けてくれたミネラルウォーターを飲んで、ようやく咳が収まった。なぜかもう一本・・・あ、あれ?これは・・・・。

「ジンジャエール・・・・。覚えててくれたんだ。」

「うん、好きだったでしょ。それにジンジャーと炭酸が入ってるから喉の調子もよくなるかなって。」

「ありがとう。おかげで落ち着いた。」

「よかった・・・。」

潤は、テーブルを挟んで向かいに座ってくれた。咳は収まったけど、今度は驚きすぎて言葉が出てこない。

「驚いた・・・よね。実は大学を卒業してから、三条文庫に就職して、今は『月と光文庫』の編集部にいるんだ。あっ、あの頃友達だった三条貴子さん覚えてる?貴子さんもこの会社で働いているんだよ。もっとも、貴子さんははるか上の上司だから、もはや友達とは言えなくなっちゃったんだけどね。」

「そうなんだ。知らなかった・・・。」

「玲香は、どうしてるの?」

「今は、高崎に帰って公務員してる。まだ独身で、ひとり平穏に暮らしてるよ。」

ひさしぶりに『玲香』と呼ばれて胸が高鳴った。一瞬、あの頃に戻ったような気持ちになった。

「そっか。でも驚いたよ。小説を書いてたんだ。ずっとマンガを描くことを再開してないだろうかって、ネットとかSNSで探してたんだけど。」

「探してくれてたんだ・・・。」

「あっ、ごめん。いやだったかな?でも、僕はずっと玲香の作品のファンだったからさ・・・それなのに僕のせいでマンガを二度と描かないなんて言わせてしまって、ずっと後悔してたんだ。だから、また描き始めてないかって一縷の望みを捨てきれずに、ずっとと探していて・・・・。」

「全然いやじゃないよ。むしろうれしい。わたしの小説はどうして見つけてくれたの?」

「主人公が花蓮と礼嗣だったんで、ピンと来たんだ。ペンネームも・・・ほら・・・。」

ああ、そういえば『荒井花蓮』ってペンネームで投稿してた。恥ずかし~。


「主人公の名前だけじゃなくて、懐かしい場面がいっぱい出てきたから、これは玲香が書いてるのかもって、ずっと追ってたんだけど確信が持てなくて。そしたら挿絵で、忘れられない玲香の絵が投稿されてて、これは間違いないって思って・・・。」

「ありがとう。読んでくれたんだね。」

「うん、すごく共感できて、没入できる作品だった。生涯でこんな素敵な作品に出会ったとはないというくらい。あっ、これは玲香の作品だからってわけじゃないんだ。客観的に見ても玲香の才能が感じられる素晴らしい作品だったよ。」

「うん・・・。でも、言い過ぎだよ。三神先生の作品も担当してるんでしょ。三神先生のことはわたしも大ファンだからちょっと心外なんですけど・・・。」

口を尖らせてそう言うと、潤は笑ってくれた。久しぶりの潤の笑顔だ。


「作品を読んで、あの頃、玲香がどんな気持ちだったのか、すごく伝わってきた。それと同時に自分の勘違いぶりにも腹が立った。玲香は、あんなにも素直に心情を作品に表現できるのに、僕が鈍くて、ズレてるばかりに・・・ごめん・・・。」

そっか、今度の作品では潤の心に届いたんだ・・・わたしの想いが。


「ガーデンズ・・・・。」

「えっ?」

「ほら、最後に会った日、玲香が好きだったって言ってた本、『ガーデンズ』、読んでみたんだ。」

「えっ?覚えててくれたの?」

「うん、あの日のことは忘れられなくて、どこで間違えたのか、あの日の会話を思い出しながらずっと考えてたから。それこそ一つ一つの言葉を思い出して、どう言ったらよかったのかって。それで『ガーデンズ』のことも思い出して。絶版になってたけど、たまたま花園さんが担当した本だったから、花園さんが持ってて、借りて読んだんだ。」

「うん・・・。」

「それで、間違ってたら悪いんだけど、ガーデンズでは主人公のレイが、絵を描いて想いを伝えようとするじゃない、踊り子のカレンに。」

「うん・・・。そうだね。」

「もしかして、玲香は、ずっとレイのように作品に描いて僕に想いを伝えようとしてくれてたんじゃないかって・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「あっ、ごめん。また間違えちゃった?」

「そうだよ・・・。やっとわかったんだ・・・。」

「それなのに、僕は、玲香が作品で気持ちが表現しきれてないとか、礼嗣に別のモデルがいるとか、失礼なことを言っちゃって・・・。あの時、玲香が怒って友達を辞めるっていったのも、今だったらすごく理解できる。」

「ううん・・・。あれはわたしのわがままだったんだよ・・・。潤が責任を感じる必要はないよ・・・。」

「でも、玲香は、僕の友達だけじゃなくてマンガを描くこともやめてしまった。花園さんに借りたガーデンズを結末まで読んだとき、あの日のことをすごく後悔したんだ。まるでレイとカレンのような結末だって・・・。」


ガーデンズの作中で、画家を目指す青年レイは、絵を通じて自分の想いを踊り子のカレンに伝えたかった。ただそれだけのために絵を描いていた。カレンに想いが届けば、画家として売れなくてもよかった。しかし、カレンは、レイのことを想っていたけど、それ以上にレイの才能に魅かれ、何としてもレイの絵を世に出したいと強く願った。そして、カレンは、自分の想いよりもレイの夢をかなえることを優先して、レイの作品を売りだすことを条件にパトロンである画商に身を捧げる。レイは、そんなカレンの姿を見て、想いが届かなかったと絶望し、絵を描く意欲を失って筆を折ってしまう。恋が失われ、才能も失われる。誰も救われない何度読んでも悲しくなるバッドエンド。


ひとり、高崎の家で本棚を整理しながら読んだあの日も、あのカレンとレイの結末を見てまるでわたしと潤みたいだと思ってしまい、バッドエンドはイヤだ、やり直したいという感情があふれだしてしまった・・・。だから、花蓮と礼嗣の物語は、むりやり二人を再会させてやり直させたのだ。


「僕は、僕と玲香の関係も、ガーデンズのレイとカレンのようなバッドエンドにしたくないと思ってる。あの別れた日に戻りたい・・・いや、戻ることはできないけど、新しいエンドのためにこれから改めて積み上げたいと思ってる。あの頃みたいに、また一緒に頑張りたい。どうだろう・・・・?」


わたしは、また言葉に詰まってしまった。わたしがずっと望んでたこと、それを潤が言ってくれたのだ。『恋人に戻りたい』ずっとその一言が言えなくて後悔していた。

潤は言ってくれた。だからわたしも勇気を出さなきゃ。

でも、そのまま下を向いて何も言えなくなった。なんでまた言葉にできないんだろう・・・


すると、わたしの目の前に手が伸びてきた。懐かしい潤の右手だった。温かい潤の手だ。あの日、わたしのお腹の傷を優しく撫でてくれたあの潤の手だ・・・・。

きっと、何も言えなくても、この手を握れば、またあの頃の二人に戻れる。また新しく恋人としてスタートできる。そう信じてわたしはその手を強く握った。


「わたしもずっと思ってた。あの、友達に戻りたいって言ってしまったあの日からやり直したいって。だけど、戻ることはできないから、またあの日から積み上げたい・・・。あの頃みたいに・・・これからもずっと潤と一緒にいたい・・・。」



「ありがとう。これから一緒によろしくね。」

「うん・・・。ごめんね。潤。」

涙が止まらなくなってしまい、潤がハンカチを貸してくれた。真っ白なハンカチ。大好きな潤のハンカチ。やっと素直に言えた・・・。

わたしは泣き、潤は優しく泣き止むのを待ってくれた。時間にすれば10分もなかったと思うが、ようやく気持ちも落ち着いてきた。


「落ち着いた?」

「うん・・・ごめん。わたしうれしくて・・・。感情があふれちゃって・・・。」


「じゃあ、せっかく高崎から来てくれたんだし、少しだけ作品の打ち合わせできる?あっ、難しければ別の機会でもいいんだよ。」

「うん。もう大丈夫だよ!」

「じゃあ、僕の感想から言うね。玲香の作品は素晴らしかったよ。玲香の心情がすごく繊細に表現されてた。だけど、玲香の視点だけじゃなくて、他の登場人物の視点も入れるともっとよくなると思うんだ。」

「うん!わたしもそれは思ってた。わたしの視点だけだと独りよがりだよね。」

「そんなことないけど、ほら、あの頃ってさ、僕の周りには個性的な友達がいたじゃん。三条貴子さんとか、明日香とか。」

「あ~、たしかに。三条さんも松浦さんも個性的だったもんね。」

「玲香の今の作品ではほとんど登場しないけど、キャラとしては、そのまま使っても十分に立ってると思うんだ。それにさ、貴子さんが言ってたけど、イマトモ、マダトモ、ヨリトモだっけ。今でこそ、みんな僕の友達とは言えない関係になっちゃったけど、きっと当時は友達だったからこその思いとか心情とかがあったと思うんだよ。それをキャラごとに描き切れれば、それぞれ読者の共感を得られると思うんだけどどうかな?」

「う、うん。だけど、わたし、三条さんとか松浦さんの気持ちとか想像できなくて・・・わたしに二人の友達としての心情を描き切れるかな・・・。」

「大丈夫だよ。貴子さんは役員として忙しくしてるけど、頼めばきっと取材の時間を取ってくれるよ。それに明日香の方はいつでも連絡とれるしね。」

「そっか・・・。うん。じゃあ頑張ってみる。」


「ありがとう。玲香の才能を発揮した名作をたくさんの読者に届けられるよう、あの頃みたいに編集者として支えるから、これから一緒によい作品を作れるよう一から積み上げていこう!」

「あれ・・・?それって・・・。」


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