第15章 渡邉玲香は伝えたい(2)
潤と別れた後、新しい恋を探そうと思って何人かと付き合ったこともあったが、みんなすぐに別れてしまった。
潤のように、わたしのお腹の傷を見せてもいいと思える人とは出会えなかったし、またわたしがお腹の傷を見せてもいいと思えるまで待ってくれる人もいなかった。
いつしか、仕事と一人暮らしの家の間を往復する日々になった。親や友達からは独りでいることを心配されるが、わたしは幸せだ。
日々は平穏だし、創作の苦しみも、よけいな人間関係の悩みもない。
仕事帰りに書店に寄って本を買って読んだり、家で好きなアニメをサブスクで観る生活も充実している。
恋愛は創作の中だけで十分。
潤のことをふと思い出すこともだんだん少なくなってきたし・・・・。
しかし、そんな静かで心の平穏が得られる生活は、唐突に崩れた。
ある日、本棚の蔵書を整理していた時、ふと『ガーデンズ』が目に入り、思わず読み始めてしまった。読んでいる途中からイヤな予感はしていた。何度も読んだあの悲しいラストシーン、あそこまで読んでしまったら、これまで感情を押さえつけてきた蓋が壊れてしまうかもしれない・・・。
「潤に会いたい・・・。潤と元に戻りたい。」
ラストシーンを読んだとき、思わずつぶやいた本音に自分でも驚いた。でも、本音だと認めてしまった瞬間、想いがあふれ出して制御できなくなり、涙が止まらなくなった。胸が一気に苦しくなった。
どうして・・・ずっと気にしないふりをできてたのに・・・。
「この苦しい思いを創作にして昇華するしかない。」
わたしが自分の想いを小説に書こうとした動機は、自分の感情を御しきれなくなったことに何日も苦しみ抜いた末、たどり着いた結論だった。わたしが大好きな三神沙織先生の『その夜を超えて』に、あきらめきれない想いを手紙につづって燃やすというエピソードがある。わたしも、わたしの想いを作品にすれば、燃やし尽くせるかもしれない・・・。
最初はマンガに描こうと思ったが、液タブの電源が入らなくなっていたし、時間をかけて絵を描いていては気持ちが追い付かない。
わたしは、潤と出会った頃からの話を小説に脚色してネット小説サイトに投稿することにした。
主人公はもちろん礼嗣と花蓮。ペンネームは、少し悩んで「荒井花蓮」にして、次々と作品を投稿した。小説にすると当時の出来事だけでなく、わたしの気持ちも鮮明に思い出された。
2月2日 20時05分投稿『第1章 花蓮がマンガを描いて礼嗣に想いを伝えようとした話』
2月9日 20時00分投稿『第2章 礼嗣が同人誌販売会に誘ってくれた話』
2月11日 19時00分投稿『第3章 礼嗣の秘策で作品が爆売れした話』
2月15日 18時00分投稿『第4章 花蓮の好感が好意に、好意が恋愛に変わった話』
「ああ、そうだった。わたし、こんなに丁寧に潤のことを好きになっていったんだった。わたしの方はとっくに潤のことが好きだったのに、潤がなかなか告白してくれなくてやきもきしてたな・・・。」
2月15日 18時00分投稿『第5章 新しい関係の始まりの話』
「そういえば、付き合ってすぐの頃、一緒にキャンパスを歩いていたら潤が美人から声をかけられて、間髪入れずに彼女だって紹介してくれたっけ・・・。あの時は、ああ、わたしは潤の彼女なんだ、自分の初恋がかなったんだって実感できて嬉しかったな・・・。」
2月16日 22時05分投稿『第6章 海へ行った話』
「サークルのみんなで海に行ったけど、わたしはお腹の傷痕が見られるのがイヤで海に入らず堤防で待っていたんだったな。潤は、海の近くで生まれたからずっと海水浴を楽しみにしてたのに、黙ってずっと隣に座ってくれてたな・・・・。」
2月19日 23時35分投稿『第7章 秘密を伝えた話』
「付き合った後も、お腹の手術の傷痕を見せることをずっとためらっていたけど、勇気を出して潤に傷痕を見せて『こんな醜い傷がある子が彼女なんてイヤでしょ』ってめんどくさいこと聞いちゃったよね。」
「でも、潤は「この傷がなかったら僕は玲香に出会えなかったんだよ。傷痕がなくて会えない玲香よりも、傷痕があって会える玲香の方が絶対いいよ!」って変なこと言って傷痕を優しく撫でてくれたな・・・。」
2月21日 2時35分投稿『第8章 プレゼントの話』
「潤にクリスマスプレゼント何がいいって言われて、「彼氏ならわたしが好きなものわかるでしょ」って無理言っちゃったな。しかも、潤がどういうわけか、わたしが妖怪を好きだと思い込んで、ぬらりひょんのぬいぐるみを買ってきて・・・。それで、「全然違う」ってわたしが拗ねてたら、すぐに走ってペンギンのぬいぐるみ買いに行ってくれて・・・。それで「なんでぬいぐるみ縛りなんだよ」って笑っちゃって。」
「なんだ、潤、ちゃんとわたしのこと好きでいてくれたんじゃん。好きだって全力で表現してくれてたじゃん。なんで、それを疑っちゃったんだろ・・・。」
2月21日 2時35分投稿『第9章 友達に戻ろうって言った話』
「・・・・なんで、こんなこと言っちゃったんだろ・・・。バカだ、あの頃のわたし・・・。」
2月23日 12時05分投稿『第10章 幼馴染みが現れた話』
「作品で評価されたいって言い訳してたけど・・・嫉妬を認めたくなかっただけだよね・・・。あの日、潤を抱きしめた時、寝たふりしないで、もっと素直に気持ちを表現してたら、元に戻れたのかな・・・。」
2月23日 18時20分投稿『第11章 お嬢様が現れた話』
「この頃から、潤に会う機会が減っていったんだったな・・・。でも戻れるチャンスはまだあったのに・・・。」
2月24日 3時15分投稿 『第12章 友達としても付き合いたくないと言ってしまった話』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
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素直な気持ちを表現したのがよかったのか、わたしの作品のPVは順調に伸び、読者の評価も感想も好意的だった。続きを読みたいと言ってくれる読者も多かったが、ここまで書き進んだところで、わたしの筆は止まってしまった。
現実の世界をそのまま書いたらすれ違いのバッドエンドにしかならない。
もちろん、今さらわたしと潤の関係が元に戻れる可能性がゼロであることはわかってる。
潤は、きっとわたしの知らないところで就職して、新しい彼女を作って、もしかしたら結婚もしてるかもしれない・・・。でも、花蓮と礼嗣には、同じ道を歩ませたくない。それではあまりに花蓮がかわいそう過ぎる・・・・。
『ガーデンズ』、わたしが大好きな本。でも、唯一納得できないところがあるとすればバッドエンドであることだ。主人公二人の想いがすれ違い、恋も夢も失って誰も幸せにならないエンド。わたしと潤の関係も同じになってしまったけど、花蓮と礼嗣にだけはそうなって欲しくない。
そんな思いから、わたしは、花蓮と礼嗣の物語をハッピーエンドで締めようとした。
花蓮と礼嗣は、仲違いし、何年も離れていたが、花蓮が再び想いを伝えるためマンガを描くことを再開し、それをSNSにアップする。偶然、礼嗣がそれを読み、花蓮の想いが届いて花蓮に連絡する。礼嗣は「もう一度あの頃の二人に戻りたい」と伝え、花蓮は「友達に戻りたいと言ってしまった前に戻りたい。あそこからやり直したい」と答える。そして、二人の恋の物語はまた動き始める・・・。
「でも、こんなこと、現実にはないよね・・・。」
そう思い、作品を書き上げた後も、投稿をためらっていた。代わりに花蓮と礼嗣の挿絵を描いて投稿をしてごまかしていた。
そんな時、意外な人からDMが届いた。出版社の編集者を名乗る女性からだった。




