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第14章 渡邉玲香は伝えたい(1)

アホだ!潤は信じがたいくらいのアホだ!わたしがマンガを描いていたのは高校時代の彼に想いを伝えるため?どうしてそんな考えになるのよ。

あいつは、とても大事なことを忘れている。わたしは女子高出身だ。


あのマンガの登場人物、礼嗣のモデルは、間違いなく潤だ。潤以外にいない。

たしかに、あのお話自体は、わたしが手術を受けて病院のベッドで寝ている時に思いついた。

『ガーデンズ』にあったように、愛しい相手への想いを作品にして伝えたい。そう思って、わたしの気持ちを伝えるためのマンガを構想し、描き始めた。花蓮のキャラ造形はすぐにできた。わたしとは真逆の、理想のタイプを考えたから。明るくて、誰にも物怖じしないギャル。

わたしも花蓮みたいになれたら毎日が楽しいんだろうな・・・。


でも、相手役の礼嗣のキャラ造形はなかなかできなかった。わたしには想いを寄せるような相手はいなかったし、男子と話したのも小学校の頃が最後だし、その頃から男子と話すのは苦手だった。どんなタイプだったら想いを寄せることができるのかも、まったく想像がつかなかった。


そのままマンガ制作はほとんど進まず、1年遅れで高校を卒業し、大学に入学し、マンガやライトノベルに力を入れている部員も多いと誘われて、文芸サークルに入った。


そして、新人歓迎会で潤に出会った。


正直、一目ぼれ・・・なんてことはまったくなかったが、第一印象は強烈だった。五十音順で行われた自己紹介の一人目で、いきなりライトノベルの話を始めて周囲をドン引きさせたからだ。わたしは、自己紹介では大好きな『ガーデンズ』の話をしようと思っていたが、あまりの殺伐とした雰囲気に日和ってしまい、一度だけ読んだことのある『赤毛のアン』の話をしてお茶を濁した。

いつも出席番号が遅くなるのでイヤだった『渡邉』という姓に初めて感謝した。


その後も、潤は周囲に溶け込めず、明らかに浮いていた。最初わたしから話しかけた理由は、かわいそうと思う気持ちがあり、またピンチを一手に引き受けてくれたことに対する感謝の気持ちもあったからだ。

男子と話すのは久しぶりだったし、勇気を振り絞ってやっと声をかけたのだけど、いざ潤と話してみると、趣味も合い、話の波長も合い、すぐに仲良くなれそうだと予感させてくれた。

もちろん、この時点で、すぐに潤に恋愛感情が湧いたわけではない。せいぜい淡い好感を持ったくらいだ。

ただ、わたしの頭の中で、ぼんやりとしたイメージでしかなかった『礼嗣』が実像を持って描けるようになったのもこの時だったと思う。その実像を手放さないよう、潤と連絡先を交換し、LINEや通話で連絡を取り合うようになった。


潤とやり取りを続けていると、これまで長い間描けなかったのがウソのように筆が進み、わずか1週間で『うっかり寝坊して留年しちゃったけど、その結果、君に会えたからそれでよしとしよう!』の第1話を描き上げた。潤にも読ませたかったが、あまりに潤と仲良くなりたいという想いをストレートに描いてしまったので恥ずかしくなり、ペンネームでpixivに投稿して、わたしが作者であることを隠して読んでもらうことにした。この時は自分が描いたって伝えるつもりはなかったが、作品を読んだ潤があまりにまっすぐ褒めてくれて、しかもわたしが伝えたいことが作品を通じてちゃんと伝わってて、嬉しさのあまり思わず自分が作者だと伝えてしまった。

あのときは、想いが伝わったことがあんなに嬉しかったのに・・・その後も潤に想いを伝えたくて描き続けてきたのに・・・。


「でも、潤は、わたしの想いを他の誰か別の人への想いだと言った・・・。わたしの想いなんて1ミリも伝わってなかったんだ。わたしの3年間かけて描いてきた時間はずっと無駄だったんだ・・・。」


そう思ってしまうと、もうマンガを描く意欲がなくなってしまった。


しかも、その後に潤から来たメッセージもひどかった。

『ごめん。でも僕はどんな想いで作られていても玲香の作品が好きであることは変わらない。』

『玲香の作品をたくさんの人に読んでもらいたい、これからもそのための手助けをしたい。』

『たとえ僕が作品作りに関われなくても、友達でなくなっても、一読者として読むだけでも構わないから、マンガを描くことだけは止めないで欲しい。玲香の作品が好きだから。』


作品のことばっかりじゃない!

わたしが本当はどう思ってるかとか聞かないの?

わたしの気持ちはどうでもいいの?

潤は、わたしのことなんかどうでもいいの?


大学1年生最後の日、潤が告白してくれた時、わたしは心の底からうれしかった。その頃は潤のことを本気で好きになってたし、初めての恋がかなったと有頂天になった。

でも、数か月たって少し落ち着いてくると、少し疑念が湧いてきた。


「潤は、本当にわたしのことを好きなのだろうか?」


言葉では好きと言ってくれる。だけど言葉に想いがこもっているのか不安になる。

いつもわたしの気持ちを尊重してくれる。だけど潤はわたしを心から求めてくれているの?

わたしを必要と言ってくれる。だけどそれは作家としてだけであって、本当のわたしを必要としてくれていないのでは?


潤は、メッセージでも通話でもわたしへの連絡を欠かさない。

わたしが気に入りそうな場所を探してきてデートに誘ってくれる。折に触れてプレゼントも用意してくれる。

でも、それは、潤がそうしたいからではなく、彼氏という形を取り繕うために仕方なくやっているのでは? 本当は、わたしを同人誌サークルにつなぎとめるために無理をしているのでは?


心に生まれた小さな疑念は払しょくされず、少しずつ大きくなった。


この頃、舞佳先輩からさりげなく言われた一言もこたえた。


「玲香と潤くんはいつも涼しい顔して付き合ってるよね。普通、恋愛ってもっと相手のことを想って身を焦がすもんじゃないの?そのまま波風なく付き合って大学卒業したらあっさり結婚しちゃいそうだけど、心から求められて身を焦がすような恋の経験もしないで、クリエイターとしてそれでいいの?」


いつしか、わたしはわがままを言って潤を試すようになった。

プレゼントが気に入らないと言って拗ねて、潤に買いなおしに行かせた。

作品の感想が気に入らないと、「口を出さないで」と突き放して口を聞かなくなり、潤をオロオロさせた。

コスト管理に苦労している潤に、もっと絵がきれいに見えるように同人誌の印刷の質を上げてくれなきゃイヤだと言った。そのせいで値上げしなきゃいけなくなり、本が売れ残ったら値上げしたせいだと潤に八つ当たりした。


いつも潤は、笑ってわたしのわがままを受け止めて、望みをかなえようとしてくれた。でも、そんな潤の姿を見た後、わたしは決まって自己嫌悪に陥った。


潤に友達に戻ろうと言ったのは、そんな自分がほとほと嫌になったのが半分、もう半分はいつもの愛を試すためのわがままだった。もし、そう言ったら、潤はどうするだろう?わたしにすがりついて、わたしを強く求めてくれるかもしれない。

『しょうがないなあ。そこまで言うならもう少し様子をみよっか。』

今思えばバカバカしいが、そんなセリフも用意していた。


でも・・・期待した結果にはならなかった。潤は、いつものように表情一つ変えずにわたしのわがままを受け入れたし、その後は仲の良い友達に徹しようとしてくれた。わたしの望み通りに・・・。


それでも、作品を通じてわたしの想いは潤に伝わっている、いつか伝わるはず、だから潤はわたしの作品を必死で多くの読者に届けようとしてくれている。作品が二人の絆になってる。そう信じられたからこそ、辛い思いがあってもなんとかやってこられたのに・・・

それも全部幻だったなんて・・・。


わたしは、その後、キャンパスで潤の姿を一度も見ることがないまま大学を卒業し、地元に帰って公務員になった。


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