第12章 花園うららは今も探してる(3)
「花園さん、お願いがあります。この作品を読んで感想を聞かせてくれませんか。」
2週間のインターンも残り2日となった木曜日の夜、僕は玲香と作った同人本を花園さんに読んでもらえるようお願いした。
あっさり了解し、パラパラとすごい速さで読んでいく花園さんを立ったままで見ながら、やっぱり忙しいから、ちゃんとは読んでもらえないか・・・と半ばあきらめの気持ちになっていた。
「うん。・・・この奥付にある渡邉玲香さんが作者で、君は発行人なのね。渡邉さんは君の恋人なの?」
「いえ・・・違います。友達として一緒に同人誌サークルをやっています。」
「そうか・・・。この礼嗣くんのモデルは君だと思ったんだけど、違うの?」
「それもないと思います。高校の頃に考えた話と言っていましたし、僕が第一巻を読ませてもらったのは、出会ってからすぐ後でしたから。」
そう答えながら、作品の内容にあまり関係ないことしか言われないってことは、やっぱりちゃんと読んでもらえないかと少しがっかりした。反面、この間の作者さんみたいに率直に厳しいことを言われなくてよかったという安心した気持ちもあったが・・・。
「じゃあ、遠慮なく言って大丈夫ね。作者の渡邉さん、花蓮という子に自己を投影して自分の気持ちを代弁させてるわね。」
「ええっ?作者の玲香・・さんは、ギャルである花蓮とは全然違うキャラですよ!」
「作家が自己を投影するキャラを自己像から変えることはよくある話よ。本当の自分ではなくて、なりたい自分とか自己評価とかを投影することもあるしね。それで、この礼嗣くんはこの作家の想い人がモデルなんだろうね。第一巻のときは仲良くなりたい、距離を縮めたいって気持ちがストレートに表現されてるよ。この話はいいわね。この年頃の女の子の気持ちがすごく共感できるわ。私も初めて彼に出会った時のこと思い出したぜ、チクショー!」
「ホントですか!そうなんです。僕もこの話を読んで、玲香の才能に魅かれて、この作品をなるべくたくさんの人に読ませたいって思ったんです!」
「だけど、二巻以降はよくないわね。少しずつ悪くなってる。何がよくないかわかる?」
「・・・えっ・・・。二巻以降は花蓮と礼嗣の距離が縮まって、会話のテンポも軽妙になっていますし、各巻ごとにラブコメイベントで盛り上がりもあって、十分面白いと思いますけど・・・。」
「まだまだ甘いわね。前も話したと思うけど、商業だったら書棚に数多ある他の人気作から選んで、お金を払って買ってもらわなきゃいけないのよ。どうしたら選んで買ってもらえると思う?」
「それは面白ければ・・・。」
「違うわ。特に恋愛小説の場合は、読者に自分の話が描いてある、なんで自分の気持ちのことがわかるんだろうって思わせるくらいの共感を呼び起こさせないとだめよ。それくらい没入させて自分だけの一冊にしたいって思わせるの。その観点からは、二巻以降はラブコメのテンプレをなぞっているけど、第一巻にあったような共感できる気持ちがうまく表現されてないわね。キャラに自分の気持ちを投影することは悪くないけど、途中からそれを恥ずかしがって中途半端にごまかして作り物の表現をしてる。それが読者に見抜かれて、かえってシラケさせちゃうわよ。特に最新の第七巻・・・。幼馴染みのライバルキャラを登場させて場面を展開させようとしたのはいいけど、肝心の花蓮の気持ちが素直に表現されてなくて、ぼんやりと礼嗣と新キャラがイチャつくのを見てるだけじゃない。嫉妬、素直になれない自分へのもどかしさ、身を切るような切なさ・・・そんなあって当たり前の感情がほとんど見えないわね。」
そうかもしれない・・・。正直、第一巻を読んだときに受けた衝撃は、第二巻、第三巻と進むにつれて薄くなったのは感じていた。これは自分が制作に関わって玲香の作品に慣れてきたからだと思っていたが・・・。
「おそらくなんだけど・・・、この作家は自分の気持ちを知られるのが恥ずかしくなっちゃったんじゃないかな・・・。まあ、確かに自分の想い人への気持ちを読者に知られることは恥ずかしいしね。しかも、この作品を一番最初に読むのは君なんでしょ。君に、自分の想い人への想いを知られるのがイヤって気持ちがあったんじゃないかな。その気持ちはわかるよ。私が担当している作家でも、私みたいな可憐な乙女に心の深いところにある気持ちをさらけ出すなんて恥ずかしいって思う人はいるしね・・・でも、それを乗り越えて自分をさらけ出させないと、読者の共感を生んで、自分だけの大切な本だと思ってもらうことは難しいわね。これまでの2週間で分かったと思うけど、作家に信頼してもらって、気持ちのすべてを表現し尽くさせるのも編集の腕の見せ所よ。」
驚いた。玲香にはずっと前から他に想い人がいたんだ・・・。少なくとも僕と付き合っている間は、僕のことが好きなんだとうぬぼれていた。僕はどこか上から目線だったかも。自分さえ好きだって言って付き合えば、ずっと彼女を繋ぎ止めておけるって。そうすれば、そのままずっと作品作りを支えられると思ってたけど、まったくの勘違いだったのか・・・。そうか!たしかに交際している彼がいるのに、他の想い人への気持ちをさらけ出して表現するなんてありえない。自分のせいで、玲香は作品で自分の気持ちを表現できなかった、玲香の作家としての限界を作っていたのは僕だったんだ・・・・。
「それにしても、この同人誌立派な印刷だけど、どのくらい売れたのよ?全然売れてないのにこの印刷は贅沢よね。最近の学生はお金持ってるわね~。ウラヤマシ~。」
「あの・・・商業に比べたらまだまだですけど、印刷費とかの経費は売上でまかなえていますよ。この間の同人誌販売会では第6巻を1冊1000円で50部完売しましたし、シリーズ累計では通販とか電子も合わせて500部以上売れてます。」
「ちょっと・・・この内容で500部以上売れてるの?どうやったのよ?太いスポンサーでもいるのかしら?二次創作やエロ無しだし、フリーならともかく、とても1000円出して選んでもらえる内容には見えないけど・・・。」
花園さんが急に立ち上がって目を丸くしている。しまった、ここは自分たちの力ではないと説明して誤解を解いておかないと・・・。
「いや、実は自分たちの実力ではないんです・・・。レイヤーのYumiさんって知ってますか?アマチュアですけどインスタでフォロワーが30万人を超えている・・・。実は僕の姉で、ちょっと宣伝を手伝ってもらったというか。あと、同じく有名レイヤーのAsukaさんも僕の知り合いで、売り子を手伝ってくれて・・・。」
「つまり、君にはインフルエンサーの人脈があって、それを利用して集客してるってこと?」
「はい。作品そのものの面白さではなくて邪道だと思うんですが・・・。あっ、でもこの間はAsukaさんが花蓮を模した格好で売り子をしてくれて、作品の世界観を表現してくれたおかげで、作品そのものに関心を持ってくれた人もいっぱいいました。買ってくれた人には写真撮影サービスもしてて、付加価値も付けてくれましたし・・・。」
花園さんは急に考え込む顔をし始めた。気分を害してしまったのかな・・・?
「なるほど・・・正直、三条常務が君のどこを見込んだのかさっぱりわからなかったんだけど、自分が持っている人脈を生かして他の人を巻き込んで、作品の世界と現実をつなげて付加価値を付けて、総合的にプロデュースして、しかも売上という結果を出したところは、たしかに学生にしては見どころがあるわね・・・。だけど、わかってるでしょ。この作品の、この作家の課題を。決定的な問題は読者を惹きつける力よ。それをクリアできなければ、いくら君が宣伝やプロモーションを頑張っても商業では売れないわよ。」
「はい・・・。作家がすべてを出し尽くせるようにする編集としての力ですよね。花園さんに言われてやっと気づきました。僕は、この作品を売りたいと思っていたけど、実は作品が売れる一番の邪魔をしていたのは僕だって・・・。」
「そこまで思いつめることはないけど・・・。でも、もしその課題をクリアしたらマンガ雑誌の編集部の同期につないであげるわ。君のプロモーションがあったにせよ、500部以上売れたってことは可能性がある作品よ。君も頑張って編集者になって、この作家に壁を乗り越えさせることができれば、一緒にヒットを生み出せるかもよ。」
「ありがとうございます。花園さん。頑張ってみます。」
「・・・・正直、君がうらやましいよ。一緒に夢を追いかけられるパートナーがいてさ。」
「どうしてですか?花園さんはたくさんの作家さんを担当しているじゃないですか。」
「いや、今の担当作家も大事だけどさ・・・やっぱり学生時代の彼が忘れられないんだ・・・。」
「・・・・・・・。」
「あっ!なんだその目は!違うよ!学生時代の恋人をずっと引きずってるとかじゃないから!私の恋は上書き保存だから・・・って上書きするデータがないから、結局旧データがそのまま残ってるとか思ってるだろ!こらっ!」
「落ち着いてください。さっきから僕は何も言っていませんよ。」
「ふぅっ・・・。彼についてはさ、正直言って恋人としての未練はないよ。だけど、作家としての未練はあるんだ。私が無理に商業の場に引き出した結果、筆を折らせてしまったようなもんだからね。もしかしたら執筆を再開してるかもしれない、そんな一縷な望みを捨てきれなくて、彼の名前でブログを検索したり、投稿サイトを見て回ったりしてるんだ。もし再びペンを持ってくれてさえいれば、今度こそ私の力でハッピーエンドにしてみせるってね。だから、君もさ、私みたいに悔いを残さないように、全力で彼女を支えてやんなよ!」
「はい。方向性にずっと悩んでいたんですけど、光が見えた気がします。本当にありがとうございました。」
「いいってことよ。あっ、もしよければなんだけど、君に力を借りたいことがある。」
「はい!なんでもおっしゃってください!」
「君の自慢の人脈を生かして、私にも素敵な想い人候補を紹介してくれるとうれしいな・・・えへっ!」
「せっかくいい話で終わりそうだったのに台無しにしてきたよ、この人・・・。」




