第11章 花園うららは今も探してる(2)
作者さんとの打ち合わせの帰り道、タクシー中で、ふと思いついた話題作りとして花園さんに尋ねてみた。
「花園さんは、どうして編集者になろうとしたのですか?」
「・・・・・私は大学のとき付き合っている彼氏がいたのよ。」
「はあ・・・。」
「大学の頃に友達に紹介されたんだけど、スラっと背が高くて、メガネが似合って、一目見た瞬間に好きになっちゃったくらい外見が私のタイプで。しかも知識が豊富で、いつも知的な会話をしてくれて、でもジョークも面白くて、優しくて理想的な彼氏だったわ。私の歴代の彼氏の中で最高の人だった。いや、その人としか付き合ったことないんだけどね。チクショー!歴代の彼氏が一人だけの女が恋愛小説の編集やっちゃだめなのかよ!なんか文句あるのか?ええっ?おい!」
「あの・・・僕の言葉が足りなかったので誤解させたかもしれないのですが、僕が聞きたかったのは、花園さんの終わった恋バナではなくて、なぜ編集者になったのかという話だったんですが・・・。」
「まあ、答えを焦んなや・・・。その彼は作家を目指していて、うら若き乙女であった私は彼の才能を信じ、尊敬し、彼の活躍を一生支えようと誓っていたのよ。」
「もしかして、新しい小説の企画の話ですか?」
「ちげーし!私の実話だよ。それで、私は頑張って最難関を突破して三条文庫に入ったのよ。編集として彼の作品を書籍にするために。」
「へ~、素敵ですね!」
うん、なんか僕と玲香の未来が見えるような気がする。
「それで、編集部での下働きに耐えて、3年目にやっと企画を通して、彼の作品を書籍化することができたのよ。」
「すごいじゃないですか!夢がかなったんですね。」
「うん、でも夢には続きがあってね・・・。実はまったくその本は売れなかったのよ。びっくりするほどまったく・・・。わずかな数のレビューでも、終わり方が救いがなさ過ぎて、読後感が悪いと酷評されてね・・・。まあ、この作品で生きる希望をもらったなんて好意的なレビューもあったんだけどね。それでも彼は、自信も、書く意欲も、次の作品を出版するチャンスも失ってしまい・・・そのまま小説を書けなくなってしまったの。私も未熟でうまくフォローできず・・・。そして、編集者である私に会うことも辛くなったみたいで、ほどなく別れを告げられて、私たちの関係も終わったわ。」
そうか・・・うまく書籍化してもヒットする作品は一握り。チャンスを生かせない人もいるんだ。いや、チャンスを生かせない人の方が多いかもしれない。
「今から振り返ると、私は編集者失格だった。彼に嫌われるのがイヤで、彼の作品作りにまったく口を出せなかった。今の私だったら、少しでも読者を惹きつけられるよう、意見を出せたかもしれない。ぶつかり合ってもよい作品を作るために絶対に妥協しなかった。もし今の私が彼の作品の編集をできるならあんな惨めな思いをさせることはなかった。」
花園さんの表情は真剣だ。言葉も震えていて、心の底から後悔している感情が伝わってくる・・・。
「さっきの話を聞いていたでしょ。あの作者さんは、投稿サイトでは人気があるから、今のまま出版してもそこそこ売れるかもしれないわ。でも、一作目が失敗すれば二作目のチャンスはなくなる。彼の作家としての将来を、夢を奪ってしまうかもしれない。そう思うから厳しいと言われても妥協するわけにはいかないのよ。」
僕の花園さんの話を聞いて思うところがあった。僕は玲香の才能に魅かれている。玲香の作品をたくさんの人に読んでもらいたい。だけど、玲香の作品が書棚に並んだ時、他の人気作家と比べて選んでもらえるだろうか。これまで玲香の作品をすごいと褒めるばかりだったけど、それで玲香の作品づくりに貢献できたのだろうか・・・。花園さんみたいに編集としての力を付ければ変われるんだろうか・・・。
1週間後の夜、作者さんから新しい原稿が届いた。前回の話も面白いと思ったけど、今回の話は段違いに没入できた。個々のエピソードはまったくのオリジナルだったけど、不覚にも思わず自分の過去の話じゃないの、誰にも話してないのに僕の気持ちを何で知ってるのって思ってしまった。これが作家とプロ編集者の力なのか・・・。じゃあ、僕はこれまで何をしてきたのだろう・・・。
★
「ああ、明日香。相変わらず早いね。待たせてごめん。」
「いや、いいって。インターン大変なんだろ。じゃあどこに行く?いつもの焼肉店にするか?」
「うん。インターンで少しアルバイト代入るからね。初任給で食べる肉はうまかろう。」
「おっ、言うようになったじゃん。じゃあ今日は遠慮なくゴチになるか~。」
渋谷で待ち合わせた僕と明日香は、いつもの焼肉店に足を運び、いつもの席に着いて、いつもの肉とドリンクを頼んだ。注文が終わると、明日香がニヤリと笑いながら口火を切った。
「で、潤よ。今日は何の相談があるんだ?また悩み事か?」
「ん?いや、特に相談事はないよ?」
「じゃあお願い事か?また売り子やってくれとか?まいったな~。最近人気出てきたからギャラ高いぞ~。」
「いや、この間の売り子は助かったけど、次回の販売会では初心に帰って、プロモーションは控えめにして作品メインで売ろうと思ってるんだ。だから売り子も僕と玲香だけにするつもり。」
前回の玲香の怒りを思うと、とても明日香に売り子は頼めないのは秘密だ。
「あっ、そうなんだ・・・。じゃあ何なんだよ。潤から誘ってくるなんて理由がないわけがないだろ?」
「いや本当に何もなくて・・・。最近、明日香と二人で会ってゆっくり話す機会なかったでしょ。だから久しぶりに二人で話したいと思って。ただそれだけ。」
「なんだよ・・・ずるいぞ・・・。」
えっ?どうしたの?明日香が急に真っ赤になってる。まだアルコールは飲んでないよね。
「ほら、ここ数か月はさ。明日香から誘われても、いつも貴子さんが一緒に付いてきたじゃん。」
「ああ、そうだったな。あいつ、探偵でも雇って常に潤を尾行してるんじゃないかってくらい、いつも潤のいる場所に現れてたもんな。」
「まさか!貴子さんもそこまでしないよ。貴子さんに頼まれて位置情報共有アプリを入れてるからそのせいじゃない?」
「おい・・・潤・・・そこまで・・・。じゃあ、今日もこれから現れるかもしれないのか?」
「いや、今はアメリカのサマースクールに行ってるからさすがに来ないと思うよ。夏休みはずっと小田くんのところで過ごすみたい。」
「潤もあの女にすっかり慣れちまったけど、いい加減おかしいってことに気づいた方がいいって。ほら、一緒に夢の国シーに行った時もあのお嬢様追いかけてきただろ・・・。入場門の前に立っているのを見つけた時、夢の国に来たはずなのにホラーのワンシーンにしか見えなかったぞ・・・。」
「ああ、あの時も明日香に迷惑かけちゃったよね。ごめんね。」
「背筋の凍る話はこれぐらいにしようぜ。ちょうど肉も来たことだし・・・。」
明日香がトングをもって塩タンを焼いてくれた。そういえば二人だけで焼肉は初めてだな。
「そういえば、インターン、うまくいってるか?あのお嬢様のコネでねじ込んでもらった甲斐はあったのか?」
「うん、学べることばっかりだよ。ああ、そうだ。昨日、ちょうど明日香のことを思い出すような話があったよ。」
「なんだよ?撮影現場でスレンダーな美女モデルにでも会ったのか?」
「いや、配属されたのはライトノベルの編集部なんだけどね。そこで読んだ新人作家の原稿が明日香みたいな話だったんだ。」
「なになに?才色兼備な美少女が王子様に見初められて結婚するって話か?」
「ううん。暴力でした愛情表現できないヒロインが、幼馴染みへの愛情が過ぎて半殺しにしちゃう話。」
「なんだよそれ!幼馴染みしか合ってないじゃないか!好きな相手に暴力なんてあたしだったら絶対にあり得ないよ。」
「・・・・・うん、それでね、打ち合わせの場にも同席したんだけど、編集者の花園さんが、幼馴染みってだけで好きになるのは話としてリアリティがないって言うんだ『幼馴染みってだけで好きになってくれるんだったら、今ごろ私はハーレム作って男を侍らせてるぞ』って」
「まあそうだよな。子どもの頃から知ってるってだけで好きになるってことは現実にはないもんな。」
「それで、前に明日香に聞いた話をしたんだ。幼馴染みだから好きになるんじゃなくて、好きだから幼馴染みになったんじゃないかって。」
「あ、ああ、夢の国ランドに行った時の話だな・・・。」
「それを聞いて作家さんが話を書き直したんだけど、その内容が本当にすごくてさ!本になったら明日香にも是非読んで欲しいんだ。お互いに無意識に好きだから距離を縮めたいけど、言葉で表現できず暴力でしか表現できない、暴力は嫌だけど好きだから離れられないっていう絶妙な距離感で、結果としてお互いが無意識に距離を縮めて、でも近づききれなくて、恋人じゃなく幼馴染みっていう関係が維持されてしまうって様子が表現されててさ、驚いたよ。」
「へえ、読んでみたいかもな。それは。」
「しかもお互い好きになるきっかけとして、二人が偶然、同じタイミングでこっそり夜中に家を抜け出して一緒に星を見た体験をしたってエピソードが追加されてて。それで説得力がぐっと増してさ・・・。」
「ふ、ふ~ん・・・。」
「その話を読んで実感として思ったんだよ。幼馴染みの関係って、本当はお互いに関係を維持するよう努力しないと成立しないって。僕と明日香の場合、明日香が僕に声を掛けてくれるから成立してたけど、これまで僕はずっとそれに甘えてたなって・・・。だから今日は僕から声を掛けてみたんだ。」
「・・・・・・・・・。」
なぜか急に明日香が黙ったので、僕も口を閉じた。静かになって、肉がジュージュー焼ける音だけが残った。いつも賑やかな明日香と話してて会話がなくなるなんて初めての経験だ・・・。
「あのさ、潤は、もうちょっと自覚を持って発言をした方がいいよ。」
「えっ?なんか失礼なこと言った?」
「そうじゃなくてさ。潤は、昔から不用意に思わせぶりな発言とか態度をして、誤解を招いてトラブルになってたじゃん。ほら、中学の修学旅行の時、帰りの新幹線で、あの子に糾弾されてたじゃん。わたしの心をもてあそんだの~とか言われてさ。」
「ああ、同じ班の子だったよね。あの時は急に泣き出してびっくりしたよ。まったく身に覚えがないのに。」
「あと、高校の時もさ。教室に遊びに行ったら潤にすがりついて泣いてる子がいてさ。『潤くん、どうしてわたしのことを嫌いになったの、わたしどうしたらいいの~』って叫びながら。いや、昼ドラの撮影現場かと思ったよ。」
「あれも身に覚えないんだけど・・・。でも、確かどっちも明日香がかばってくれたんだよね。相手の勘違いで僕には非がないって。もしあのとき明日香がかばってくれなかったら、きっとクラスから爪はじきにされてたよ。」
「あの時は弁護したけどさ・・・。でも、潤の無自覚で思わせぶりな態度も一因だったと思うよ。」
「うん、わかってる。姉さまにも注意されて、あの後は発言や態度には気を付けるようにしてる。そもそも不必要に女の子に近寄らないようにしてるし。」
「いや、位置情報共有アプリ入れてる段階でおかしいから。そういうふうに無茶でもなんでも相手の要望を受け入れちゃうから、依存体質のやつに、自分のこと好きなんだって勘違いされるんだよ。」
「でも、位置情報アプリは僕にとってもプラスになってるよ。以前は、貴子さんに、どこにいるのかって始終LINEで聞かれて、いちいち報告するのが面倒だったけど、位置情報アプリ入れてからは居場所をいちいち報告しなくてよくなったし。」
「そもそもいつも居場所を報告しなきゃいけないって前提自体がおかしいんだって!」
「まあ、小田くんが帰ってくるまでだから。それに貴子さんはそんな勘違いしないって。」
「・・・・・。」
また明日香が無言になって、肉を焼く音と周囲の雑談の声だけが残る。今日の明日香は無言になることが多いな・・・。
「・・・ところで・・・あたしが幼馴染みとか言ってベタベタしてくるのイヤじゃないのかよ?」
「もちろんだよ!これまでうまく伝わってなかったかもしれないけど・・・。あっ、さっきの作家さんの原稿に、こんな一節があってさ。『幼馴染みの関係は一方がそう思ってても、もう一方も同じ認識でなければ成立しない』だって。僕も明日香と同じ認識だから幼馴染みとして成立してるんだよね。」
「ふーん・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・な、なんだよ。肉を食べてるところをジーッと見るなよ。」
「ううん、なんか明日香は今日は静かだなと思ってさ。」
「潤が変なことばっかり言うからだろ!」
「そういえばさ。この間は夢の国シーではあんまり遊べなかったじゃない。」
「ああ、せっかく行ったのに、お嬢様が足が痛いって言ったから昼前には帰ることになったしな・・・。」
「また改めて一緒に行こうよ。貴子さんがアメリカから帰ってくる前に。ほら、貴子さんが一緒だとまた花火が見られないかもしれないし・・・。」
「はっ?そういうさ、そういう発言が・・・。ああ・・・、うん・・・いいよ。後で予定送っておく。」
また明日香が静かになった。下を向いて黙々と肉を食べている。明日香は、いつも賑やかだから静かにしているのは本当に珍しい。もしかしたらあの森林公園で星を見た時以来かもしれない・・・。




