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第10章 花園うららは今も探してる(1)

夏休み最初の月曜日、僕は、ガラス張りの高層ビルの一階に佇んでいた。ビルのロビーの横には、SANJO Groupというロゴの下に、「三条文庫」「SANJO Media Service」「SANJOアニメーション」など数えきれないくらいの社名の看板が並んでいる。

「なんか信じられないな・・・。僕がここにいるなんて・・・。」


話は1か月前までさかのぼる。

「潤さん、夏休みにインターンをされるおつもりはありませんか?」

いつものように一緒に授業を受けた帰り道、貴子さんから突然の提案を受けた。

「ええ、就職活動もありますし、いくつか応募しようと思ってるんですけど・・・。」

「実は丈博さんからは内密にするよう言われているのですが、わたくしの家では、代々家業として出版業を営んでおりますの。兄も一族の出版社で働いているのですが、兄に潤さんの本をお見せして、潤さんの貢献によりたくさんの方に買っていただいていることをお伝えすると、興味を示してぜひ会社に見学に来るようにと申しておりまして・・・。」

「えっ?ご実家の出版業って・・・もしかして三条文庫ですか?」

貴子さんは、こくりとうなずいた。すごい!僕が子供のころから夢中になったマンガ、ラノベ、アニメ・・・。その多くは三条文庫かSANJOグループ各社で作られている・・・。とてもそんなすごい会社に就職できるなんて思えないけど、少しの期間でも働ければ一生の思い出になる!

「ぜひ・・・あっ・・・でも・・・。」

「なにかお気になるところでも?」

「三条文庫のインターンって、すごい倍率高いんですよ。それなのに僕だけこんな裏口みたいな形でいいのかなって・・・。」

「あら、違いますわよ。確かにわたくしも口添えしましたけど、兄は私情を挟まないタイプですから、ご説明した潤さんの活動に興味を持ったんじゃないかしら?そうそう、それに『貴子の友達を3か月も続けられるなんて、それだけでも見どころある。貴子の世話係として三条家で採用してもいいかも。』ですって、ホホッ。いつも冗談ばかりおっしゃるお茶目な人なのよ。」


それは本当に冗談なんだろうか・・・。でも、本も僕じゃなくて玲香が描いた作品だしな・・・。まったく自分の実力0でインターン決まるのは気が引ける・・・。でも働いてみたい・・・しかし・・・よしっ!ここは心を鬼にしよう!

「お願いします!」

「じゃあ決まりですわね。履歴書をわたくしのメールアドレス宛に送ってくださるかしら?兄に渡しておきますわ。あと、面接じゃないですけど、兄が会いたがっていましたので、一度食事の席をセッティングさせていただきますわ。」

良心の呵責はあったけど、プロの編集者から学ぶことができれば、玲香の作品に生かせるかもしれない。もしかしたら玲香の作品をうまく売り込んで、連載・・・とまでいかなくとも編集さんから有益なアドバイスをもらえるかも・・・。


                         ★


 インターン初日、僕は、会議室で一緒にオリエンテーションを受けた他のインターン生が、迎えに来たメンター社員とともに配属部署へ移動していくのを見送りながら、ひとりその場に残された。僕だけメンター社員が迎えに来ないのだ・・・。

「ごめんなさい・・・。荒井さんもメンター社員に迎えに来てもらう予定だったんだけど、何か行き違いがあったみたいで・・・待っていても仕方ないので、私がお連れしましょう。配属部署は、『月と光文庫』編集部です。」


人事の方の話を聞いて胸が躍った。『月と光文庫』は、現代もののライトノベル・ライト文芸のレーベルだ!『秘密の屋根裏の彼女の猫』とか『雪山でかまくらキャンプ』は何度も読み返した大好きな作品だ。


案内された『月と光文庫』編集部は、ガラスの壁に囲まれた開放感のあるキレイなオフィスだった。みんな服装こそラフだけど、きちんと整頓された机に向かってPCの拡張モニタを見たり、電話をしたりちゃんと働いてる。編集部って紙が散乱してたり、灰皿にタバコの吸い殻が山ほどたまってる無頼なイメージを勝手に持ってたけど、実はこんなオシャレなとこで働いているんだ・・・。


ん?あの一角だけやけに昭和だな。椅子に座りながらのけぞって、机に素足をのせて、アイマスクして、腕組みしながら爆睡してる、まんが道に出てきそうな編集者がいる。よく見ると女性だ・・・上はおしゃれな襟付きシャツなのに、下は藻がわいたドブみたいなジャージって・・・どこで買ったんだ?

思わずそちらを見ていると、人事の方がその人に近づき、ゾノさん、ゾノさんと呼びかけながら起こそうとしている。何度か試みた後、業を煮やして椅子を引っ張ったところ、足が机から落ちて、やっとその女性編集者の方は目を覚まし、人事の方に怒られながらゆっくりこっちに歩いてきた。右手の甲で口元のよだれを拭きながら・・・。


「やあ、君のメンターになる花園うららです。2週間よろしくね。」

そう言いながら花園さんは、右手を差し出してきた。一瞬、さっきこの手でよだれを拭いてよなと思ったが、これが社会人の洗礼かと思い直し、思い切って握手した。

「花園さんは、まだ若いけど、現代恋愛系のライト文芸で数々のヒットを飛ばした有名な編集だから、学べるところも多いと思うよ。」

「おいこらっ!誰が恋愛小説の世界では無双なのに、現実ではまったく恋愛に縁がないことで有名な『花園うらら』だ!」

「・・・・・じゃあ、花園さん。よろしくお願いしますね。あっ、前にも言いましたけど、三条常務から直々に花園さんにお願いするように頼まれているので、そこのところ忘れないようによろしく・・・・。」

花園さんの意味不明なダル絡みを軽快にかわした!あれが、社会人のスルースキルか。さっそく勉強になるな・・・。


「さて・・・じゃあ。さっそく、君は普段は小説を読むのかな?」

「はいっ!『月と光文庫』では、『秘密の屋根裏の彼女の猫』が特に好きで、5回も読んでます。映画も見ました。」

そういうと、花園さんは、ムフ~という表情になった。

「あれ、立ち上げたの、わ・た・し!あと、最近アニメ化した『仕事ばかりで婚期を逃したあたしのところに顔だけ超好みな天使が堕ちてきた』とか知ってる?」

「はい!アニメを観てから、原作を買って読んでます。独創的なアイデアがすごいですよね!」

「あれも私が立ち上げた!しかも、元のアイデアは私の話を元にしていて・・・って、誰が婚期を逃したって?」

「すごいですね!普通はそんなアイデア思い浮かびませんよ。これまでに何百冊と小説を読んできましたけど、あそこまで奇想天外なアイデアを現実舞台の作品にするなんて見たことないですよ!」

「ま、まあね。でも、君もそこそこリテラシーはあるようじゃない。よっし、最初の仕事だ。そこの席に座ってPC立ち上げて。」


花園さんはすっかりご機嫌になってさっき寝ながら素足をのせていた机の前に僕を座らせた。机から足の匂いとかするとヤダなとか思ったけど、最新ビルの換気機能は優秀らしく、変な匂いはしなかった。

「そこのフォルダに、原稿データのコピーがある。それを読んでみて。」

「はい!わかりました。」

作品のタイトルは『幼馴染みの暴力ギャルと僕の10年戦争』作者の名前は、まったく知らないから新人かな。どんな話なのかな・・・と思い読み始めたら、冒頭から一気に引き込まれた。クラスのトップカーストに位置するギャルが、幼馴染みである陰キャに密かに心を寄せるも、生来の口下手で気持ちを言葉で伝えることができず、愛を拳にのせて陰キャにぶつけて愛情を表現するという話だ。ギャルの陰キャへの愛の気持ちが深まるほど暴力もエスカレートし、最終的にはヒロインがバットでフルスイングして幼馴染みを気絶させて、むりやり自分の家に引きずりこんでいた。テンポの良い話で、あっという間に読み終わった。

「花園さん、読み終わりました。」

「じゃあ、直すところを赤ペン入れて。どうしたらもっと面白くなるのか。しっかり考えてね。」

直すところと言っても、今のままで十分面白いんだけど・・・。暴力表現は過激だけど、それが好きって人も多いだろうし。そう思いながら読み返したせいか、直した方がいいところはほとんど見つからなかった。何か所か誤字を修正したり、また表現を柔らかくするのが精いっぱいだった。

「よっし、今日はこれぐらいにして退勤していいよ。また明日よろしくね!」

 

               ★


次の日、前日見たフォルダを見ると、僕が赤ペンを入れたファイルの他に、「Uraraコメント」とタイトルが入った新しいファイルが保存されていた。どうやら昨日帰った後、花園さんも原稿を読んで赤ペンを入れたらしい。ファイルを開き、中を見ると驚いた。1ページ目にいきなり『非現実的・リアリティがない!!』と大きな赤字のフォントでコメントが書き込まれていた。その後も、『このギャルが陰キャを好きになる理由がない!』『この陰キャが暴力を甘受している理由も不明』『説明を省略しすぎ。心の動きを丁寧に書け!』『オチも弱いし、オチへのフリももっと考えて!』といった厳しい言葉が並んでいた。

「え、ええ・・・?」

あんなに面白い作品だったのに、こんなに厳しいコメント・・・?そう思って驚いていると、花園さんが戻ってきた。顔に水滴がついていて、シャツの襟はびしょ濡れだ。どうやら顔を洗いに行き、タオルを持っていくのを忘れたが、そのまま強行突破したらしい。しかも、なんか石鹸の匂いするなと思ったら、これトイレの洗面台から出る泡のやつだ・・・顔に泡もついてるし。


「おお、さっそく読んだか。よっし、これからその作者と打ち合わせだから君も一緒に行こう。」

そう言われて、花園さんが赤ペンを入れた原稿をプリントアウトし、一緒に駅近くのファミレスに向かった。花園さんによれば、作者はブラック企業でフルタイムで働いていて、お昼休みくらいしか時間をとれないらしい。お昼時だから比較的混んでいたが、その作者さんは席を取って待っていてくれた。

「お昼休み中にごめんなさいね。今日はインターン生を同席させてもいいですか?」

「はい。もちろんです。こちらこそ仕事の都合でこんな時間にしか打ち合わせを入れられずすみません。」

「じゃあ、時間もないし、さっそく始めましょうか。単刀直入に言うと、この作品だとリアリティがなさすぎます。このままでは話が成立しません。」

いきなり切り込んだので驚いた。これが普通なのか?いや、作者さんも驚いている。

「まず、なんでこのクラストップカーストのギャルが陰キャな彼を好きになるんですか?そこが納得できません。」

「いや、幼馴染みなんで、子供のころから一緒に遊んで愛が芽生えたというか・・・。」

「子供のころから一緒だったら好きになるんですか?普通ならそんなことないですよね。」

「単純接触効果ですよ。接する機会が多いほど好きになりやすいっていうじゃないですか。」

「子どもの頃から接してたからって好きになるくらいだったら、私は今ごろ、幼馴染みの男を侍らせてハーレム作ってますよ。」

「これはライトノベルだから、そのあたりはフィクションで。」

「ライトノベルだからこそ説得力が大事なんです。非現実的なお話でも、もしかしたら本当の話なのかもって少しも思わせてくれないと、没入できないじゃないですか。」

「はあ・・・。」

「それから、主人公のギャル、愛を言葉で伝えることができないって制約はいいと思いますが、なんで言葉で伝えることができないんですか?ストレートに告白すればいいじゃないですか?」

「いや、伝えられないからこそいいんですよ。」

「言葉で伝えられないのはいいですよ。でも、なぜ伝えられないのかが読者に理解できないとシラケちゃうでしょ。読者の共感を呼ぶためには、説得力のある説明が必要です。」

「ちょっと・・・さっきから俺の作品を否定ばっかりして・・・この原作は投稿サイトでランク入りしてたんですよ。今のままでも十分に人気が出ると思います。」

雰囲気が険悪になってきた。それはそうだよな。玲香も作品は自分の子供みたいなものだからって、僕にコメントされることは極端に嫌ってたな。一回率直にコメントしたら、玲香の怒りの最上級モード、恐怖のだんまりが発動したから、それ以来作品に口を出さないことにしたんだった・・・。

「あなたが目指しているのは、無料で読める投稿サイトの上位ランカーなんですか?違いますよね。商業で何十万部、何百万部と売ることじゃないんですか?商業で売るということは、ワンピースとかドラゴンボールが並んでいる書棚から、あなたの作品を選んで買ってもらうということなんですよ。そんなところで満足せず、少しでも面白くして、読者を惹きつけなければ、毎月発行されるたくさんの作品の波に飲まれて、あっという間に忘れ去られてしまいますよ。」

「一作だけでも、思い出になればいいと思って・・・。」

「私は、一作だけ出版されればいいと思っているわけじゃない。この作品が売れて、次の作品が売れて、先生がどんどん新しい作品を発表できるようにしたいんです。先生の新しい作品を商業で読んでみたいんです。だから、大事な、大事な第一作を少しでも面白くする努力をしたいんです。」

花園さんの言葉は迫力がある。作家さんも先ほどまでの不機嫌な様子から一変して、花園さんの熱意に気圧されてきている。

「わかりました・・・。そこまで言っていただけるならもう少し考えて書き直してみます。ところで、たとえばギャルが幼馴染みを好きになる理由って、何があると思いますか?恥ずかしながら、俺には幼馴染みがいなくて・・・。」

「う~ん・・・。私も幼馴染みはいないな~。荒井くん、どう?」

「えっ・・・あっ・・・えっと・・・そうですね。子どもの頃、相撲を取っていたとき、投げられたはずみで唇が触れてしまって、図らずもファーストキスを奪ってしまって恋心が芽生える・・・というのはどうでしょうか・・・?」

「・・・・何の妄想よ。それはないわ。」

「リアリティのかけらもないですね・・・。」

ええっ・・。プロの目は厳しい。う~ん、え~っと・・・・。その時、脳裏に閃くものを感じた。明日香に聞いたあの話はどうだろう・・・。

「あの、幼馴染みだから好きになるんじゃなくて、好きだから幼馴染みになったっていう逆転の発想はどうでしょうか?」

「なにそれ?」

二人の視線が厳しい。

「あっ、ほら。幼馴染みって、ただ幼い頃に一緒だっただけじゃなくて、今に至るまで関係が続いてて、今も仲良くなきゃ成立しないじゃないですか。お二人も小学校の異性の同級生はたくさんいましたよね。でも、ほとんどすべての人は途中で関係が切れてしまうじゃないですか。つまり、お二人に幼馴染みがいないってことは、みんなどこかで関係が切れて疎遠になったってことですよね。クラス替えとか、中学入学とか高校入学とかで進路が別れて会う機会が少なくなって・・・。それでも幼馴染みであるのは、二人は幼い頃からお互い好意を持ってて、だから意識的じゃなくて、無意識にでも二人で一緒にいられる関係を選択し続けて、結果として幼馴染みになったって考えられませんか。」

「つまり、私が小学校の頃好きだったタカシくんも、リョウイチくんも、ナオヒロくんも、みんな私のことを別に好きじゃなかったから、そのまま疎遠になってしまって幼馴染みになれなかったって言いたいのかな?おいっ!厳しい現実を突きつけやがって!チクショー!」

「でも、わかります。好きだから関係を維持しようとしている、その積み重ねが幼馴染みという関係につながっているということですね。それに子どもの頃に好きになった子にちょっかいをかけるのは、それで少しでもつながりを作りたいという気持ちの表れで、それまでは関係を維持するツールになってたけど、成長するにつれてうまくいかなくなって・・・。幼馴染みの関係を維持したいという気持ちが暴走して・・・彼は、暴力はイヤだけど‘、他にコミュニケーションツールがなくて、彼女が好きだから離れられない・・・。いや、明確に好きであるというより、お互いに無意識に好きだから、言葉では嫌がってもなぜか体は離れられない。そのうち彼女は距離をもっと縮めようとして、でも愛が表現しきれないからエスカレートしてしまう・・・。うん、なるほど。インスピレーションがわいてきました。」


作者さんの昼休みに合わせた打ち合わせは50分もかからない短い時間で終わった。でも、作家さんは、がぜんやる気になったようだ。


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