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今を大切に……

真琴が前を向けた。時々ふと寂しそうにするけれど、亡き盟友を思い気持ちを奮い立たせている。大切な親友の死を乗り越え、真琴は益々綺麗になった。

 真琴が元気になって本当に良かった。ただ、どんどん綺麗になっていく真琴を前に僕は正直困っている。僕は真琴のことが大好きだ。大好きでは足りない程、真琴のことを大切に想っている。でも、僕は幽霊だ。この世に存在していない。どんなに真琴を想ってもずっと一緒にいることはできないのだ。感謝こそ日々伝えはするけれど、この気持ちは胸にしまっておくと決めている。

 でも、その決意が揺らいでしまうんだ。

 真琴に頼まれて、初めて歌をうたったあの日。真琴はもうすぐ眠りに落ちるその瞬間に「佑――大好き」と言った。真琴が僕を大切にしてくれていることはよくわかっている。あの言葉の意味は何だろう……確かめてみたい。確かめてどうなる?もし、仮に二人の心が通じ合ったとして……僕たちに幸せな未来はないのだ。僕は揺れていた。


 仕事を終え、真琴は石田の自宅を訪れた。昨日、美樹の母から預かった手紙を渡すために。

「おう」玄関からひょっこり顔を出した石田はやつれていた。

「美樹からの手紙を美樹のご両親から預かってきた。石田宛だって」私が受け取った物と同じ封筒を石田に渡した。

「手紙?高坂から?俺に?」

「美樹の部屋を片付けたら出てきたんだって。私ももらった」

「そうか……」石田が目を細めて微笑んでいる。その眼はまるで愛している者を慈しむ瞳だ。石田もこんな顔ができるのかと真琴は驚いた。そっか……今まで気づかなかったけど、石田は美樹のこと……。

「それじゃあ帰るね」

「ああ。ありがとな」

 石田への手紙にもきっと警察官でいてほしいと書いてあるのだろう。石田もこれで大丈夫だ――


 真琴は今日はまた一段と忙しく働いている。次から次へと無線が入り真琴は昼食を食べ損ねている。

 今度は「夫が死んでいる」と通報があり、現場に向かっているところだ。

 真琴は後輩の新井という男と話している。

「先輩……もう忙しすぎて今日は無理っす」

「新井。通報者は泣いてた。アンタが疲れているかどうかはどうでもいい。これが終わったら休んでいいからもう少し頑張れ」

「――はい」


現場は悲しみと混乱が混沌としていて息がしづらい。妻と見られる女性は小さな子どもを抱きしめながら泣きじゃくっている。

「奥様ですか?」真琴は声を掛けた。その女性は小さく頷いた。

「こんな時に申し訳ないのですが、色々お話を聞かなければなりません。少し話せますか?――部屋を移動しましょう」

 きっと事件性は無いだろう。おそらく自殺だ。佑は大丈夫だろうか?立ち尽くしている――大丈夫ではなさそうだ。

「新井。そっちよろしくね」

「はい」

 真琴は女性に寄り添い、別室に移動した。

 泣き続ける女性の背中をさする。腕の中の女の子がキョトンと真琴を見ている。こんな小さな子を残して――

 

「今日は子どもを連れて、ママ友たちと出かけていました。夫は朝、仕事に行ったので――いつも帰りは遅いものですから、玄関に靴があったときは今日は早く帰ってこられたんだなと思って。久しぶりに家族でゆっくり夕食をと思いリビングに行くと、夫が……く 首を……」女性はまた泣き崩れてしまった。真琴は背中をさすり続ける。

「ご主人が何かに悩んでいたとか、トラブルがあったとか心当たりはありますか?」

「最近元気が無いなとは思っていました。ただ、夫はいつも帰宅が深夜ですし、私はこの子を育てるのに夢中で……お互い疲れて大変だけど、頑張ろうねって夫とは話していました。今朝も特に変わった様子はなくて……トラブルは……特に聞いていません……私が出かけてしまったから……私が家にいたら……どうして……」

「どなたか頼れる方はいますか?実家のご両親とか、お友達とか。今、娘さんと二人きりで過ごすことは賢明ではないかと」

「――実家に連絡してみます」真琴は一度部屋を出た。

 現場では検視が終わり片付けが始まっていた。

 検視官から「ご主人は自殺です」と告げられ女性はまた泣き崩れた。かわいそうで見ていられない……

 佑はいつの間いなくなっていた。

「どなたか連絡つきましたか?」真琴が尋ねる。

「実家の両親と夫の両親に連絡しました。名古屋からすぐに来てくれるそうです」


 交番に戻るまで、新井とは一言も話さなかった。あれだけ疲れたと言っていたけれど、それどころではなくなったのだろう。確か新井のところは最近子どもが産まれたんじゃなかったっけ?


「新井――後はやっとくからもう帰りな」

「えっ……でも」新井は申し訳なさそうに言った。

「独身は身軽なんだ。奥さんと子どものところに早く帰りな」

「ありがとうございます‼︎」

 佑のことは気がかりではあるが、今は新井を少しでも早く家族の元へ返してあげたい。そう思ったのだ。

人はいつ亡くなってしまうかわからない。この仕事をしていて感じたことの一つだ。だから、今を家族を大切にしてほしい。

 

 たくさんの書類を片付けて、やっと帰ってこられた。今日は本当に忙しかった――

「ただいま」

 佑はソファに座っている。ひとまずホッとした。

 聞こえなかったみたいだ――。

「佑――ただいま」佑の隣に座ってもう一度声を掛けてみた。佑は驚いている。

「真琴――ごめん。気づかなくて。それに、先に帰ってきちゃって……ごめんね」

「構わないよ。私とずっと一緒にいなきゃいけない決まりなんてないしね。佑の好きなようにしていいんだよ」

「僕ね、今日の――あの人を見たときに、なんて自分勝手な人なんだろうって思ったんだ。奥さんもあんなに泣いていたし、小さな子どももいるのに……でも、僕がやったことはあの人と同じなんだよね。僕はあの人より酷いことをしているのかもしれない。僕は死んだのに……真琴の前に現れて……真琴を傷つけ続けながらここにいる……こんな酷いことってあるかな。ほんとに、自分が嫌になるよ……」真琴は静かに僕の話を聞いてくれる。こういうところも大好きだ。こんなに大好きなのに、僕は真琴を泣かせることしかできない……

「それは大成功だね」

「えっ?」僕は驚いて真琴の顔を見た。

「女神様は佑に後悔してほしかったんだよね。自死を選んだことを。生まれ変わって、次こそ生き続けられるようにって。確かに、ここに来たばかりの佑はビクビクしていて、いつも逃げ道を探してた。死んでよかったって正しいことをしたんだって気持ちがよく伝わってきてたけど。でも、今の佑は違うでしょ。以前の佑だったら……今日のことだって、残された人に気持ちはいかなかったんじゃないかな。旦那さん、辛いことから解放されて良かったねって、それだけだったと思うよ」

「でも……僕は真琴を傷つけてしまうんだ。一緒にいても何もしてあげられないし……それに、僕は……だっていつか僕は消えてしまうんだから!」口に出すと余計に辛くなった……今もこうやって真琴を困らせてしまう……

「私は傷つかないよ」

「えっ?」そうか。思い上がっていた。もしかしたら、真琴も僕のこと――だなんて。そんなこと、あるわけないよな――

「って言ったら嘘になるけどね――でも、私は傷ついても平気だよ。だって、佑とのたくさんの思い出があるじゃない」

「私ね、佑といるとものすごく優しい気持ちになるの。基本的にいつも戦闘体制だから、こんな自分もいるんだなって初めは驚いた」真琴は笑っている。

「でも、今はとても心地良い――それはどうしてかわかる?佑が物凄く優しいから、私にそれがうつるんだよ。佑がいなくなったら――もちろん寂しいよ。私だって、ずっと一緒にいたいよ。できるものならね。でも、いつか終わりがくることは初めからわかってた。それもわかった上で、佑との時間を大切にしてる。私は大丈夫だから」真琴は――泣いている。真琴と二人で浜辺で見つめ合ったあの時と同じだ。真琴の涙は本当に綺麗だ――

「佑は自分に自信がないかもしれないけど、素敵な人だよ。そうだ‼︎生まれ変わったら、歌手になりなよ。私絶対応援する。それで、必ず私を見つけてよ。来世で。今度こそずっと一緒にいよう。ね?ーー佑――大好きだよ」今度は泣きながら微笑んでいる。ああ――大好きだ。心から愛してる。

「真琴――大好きだよ。そして、ありがとう」

 僕たちは触れない唇をそっと近づけた。でも、やっぱりすり抜けた――そして、笑い合った。

 

 

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