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酒の力で


 真琴は今日も警察官として忙しくそして生き生きと働いていた。パトロールを終え、交番に戻って様々な書類を片付けているとだんだん雲行きが怪しくなってきた。

 私は何だか胸騒ぎを覚えた。ハッと佑を見る。大丈夫だ。佑はここにいる。


 電話のベルが鳴る。一瞬ドキッとした。仕事中だ。集中しないと。私は視線を書類に戻した。

 高坂美紀が殉職した……ハコ長に突然そう告げられた。

「冗談……ですよね?」 ハコ長は目を瞑り首を横にゆっくりと振った。

「勤務が終わったら、警察病院に行くといい」信じられない……美紀にかぎって……それでも無情に無線が鳴り響いた。

 気持ちを切り替えなくては、今は勤務中。勤務中。心が乱れるのを感じる。パトカーのハンドルを握る手が震えている。呼ばれたのはカップルの痴話喧嘩の現場だ。なんともくだらない。こんなことで警察を呼ぶな。真琴はかなり苛立っていた。

「何があったんですか?」苛立ちを隠していつも通り振る舞う。そう。いつも通りだ。

「何だ女のポリ公か。俺は強いんだ‼︎女は俺の言うことを聞いていればいいんだよ‼︎」男は酒に酔っているようだ。

「俺の言うこととは⁉︎」真琴が聞き返すと

「とにかく俺の言うことだ‼︎」こいつは馬鹿なのか?相手の女は地面に座ってビービーと泣いている。短いスカートを履いているのに膝を立てて座っているので下着が丸見えだ。こいつらは馬鹿同士くっついて、くだらない喧嘩をしている。こっちは命がけなのに……

「交番で話合いましょう。パトカーに乗ってください」真琴が男の手を引こうとすると抵抗してきた。

「俺が一番偉いんだ‼︎」暴れ出した男を真琴はキッと睨みつけそのま一本背負い……してしまった。あぁ。また、仕事が増えてしまった。始末書……。あっけに取られている男をパトカーに引きずり込み、泣いている女にもパトカーに乗るよう促す。その女が

「お姉さんカッコいい〜わたしのこと守ってくれるよね」と上目遣いで懇願してきた。真琴は

「黙れ」と低い声で一言告げ、パトカーに乗り込んだ。

 車内は静まり返っている。運転はハコ長が代わってくれた。。真琴は美樹のことで頭がいっぱいだった。

 くだらない痴話喧嘩のおかげで、残業になってしまい美樹に会いに行くのが遅くなってしまった。一刻も早く駆けつけて、何かの間違いだったと安心したい。美樹に限ってそんなこと……

 警察病院に到着した。受付で美樹の名前を出すと案内されたのは霊安室だった。

 嘘でしょ……ねぇ美樹、目を開けてよ。


 美樹とは警察学校の同期だ。よくペアになることがあり、すぐに意気投合した。美樹は本人の希望もあり、刑事課に配属となった。実は真琴にも声が掛かったのだが自分には向いていないと考え断ったのだ。美樹は残念そうにしていたが、それぞれの場所で頑張っているそう思うとお互い良い刺激になった。男社会のこの組織でやっていくのは辛いことも多く、時々二人で飲みにも行った。そうやって支え合ってきた。美樹がいたからここまでやってこられた。近々飲もう‼︎と約束もしていた。それなのに……どうして……

 霊安室を後にし、トボトボと廊下を歩いていると石田と鉢合わせた。美樹と石田は同期であり同僚だ。今回もチームで犯人を追っていたはずだ。

 真琴は今無気力だ。しかし、こいつが何か言ってきたら容赦しない。あの日のようにぶっ飛ばしてやる。そう心に決めた。

「犯人が発砲した弾が高坂の太もも大動脈に当たった」石田が俯きながら呟いた。

「現場に刑事は何人いた?」真琴は苛立っている。「6人で追ってた。先に着いたのが高坂たちだった」

「6人も刑事がいて、何故死人が出る?」真琴は怒りと悲しみで震えている。

「本当にすまない……」石田が深々と頭を下げた両脇の手はキツく握られている。石田も悔しくてたまらないのだ。こいつに当たっても仕方ない。石田を避け、またトボトボと歩き出した。

 真琴は歩き続けている。どうやって家に帰るつもりだろう。僕はただ、真琴の後ろを着いていくことしかできない。真琴は黙ったままだ。

 真琴と美樹の飲み会に何度か付いて行ったことがある。美樹はよく笑う明るい人だった。二人は本当に気が合って楽しそうだった。帰り道、ほろ酔いの真琴が「美樹がいるから、頑張れるんだ」とご機嫌だったことを良く覚えている。本当に仲が良いので、真琴は僕のことを美樹に話すのかなと心配していたが、真琴は話さなかった。気になって聞いたら「美樹に余計な心配かけたくないから」と言っていたっけ。「それに……多分、引きずってでも精神科に連れて行かれるだろうし……」真琴はおかしそうに笑っていた――

 1時間ほど歩いて、見覚えのある道に出て来た。良かった。真琴は家に帰ろうとしているんだ。スーパーにもよるらしい。いつも通りでホッとした。今日の夕食は何にするんだろう?しかし、真琴はカゴいっぱいに酒を買い込んでいる。

「真琴?真琴?」僕は心配になって、スーパー内にもかかわらず真琴を呼んだ。もちろん、返事はなかった。両手に重たい袋を下げてスーパーを後にする。幽霊は物を浮かせることもできる。僕は買い物袋を浮かせた。真琴は

「ありがとう」と呟いた。

 家に着くなり、真琴は缶チューハイを開けた。あっという間に飲み干しまた一缶……また一缶……八缶目に手を伸ばした所で僕は声を掛けた

「真琴‼︎」自分でも驚くほど大きな声が出た。真琴がゆっくりとこちらを向く。

「真琴。もう、やめよう」咄嗟に真琴の手を止めようとしたが、すり抜けてしまった。あ……。

 真琴が虚な目で僕を見つめる。

「幽霊に言われたくない」その瞳は潤んでいる。今にも涙が溢れそうだ。

「美樹は生きたくても……生きられなかったのに、あなたは自分で……私は悔しくて、悲しくて仕方ない。こんなに苦しいのに、佑に抱きしめてももらえない。何で自殺なんかしたのよ‼︎頑張って生きていたら、いつか私と出会えるって考えなかった?何で……どうして……」

 真琴は八本目の缶チューハイを一気に飲み干し、そのまま眠ってしまった。真琴の綺麗な顔は涙でぐちゃぐちゃだ。いつも以上に小さく見える。小さくて、儚くて、今にも消えてしまいそうだ。

 真琴の言う通りだ。僕はただここにいるだけの役立たずだ。傍観者だ。いつか真琴と出会えるってわかっていたら……もちろん自殺なんかしなかった。こんな幸せが待っているとわかっていたなら……

 僕は真琴を宙に浮かせベッドまで運んだ。このまま真琴を抱きしめて、一緒に眠ることができたら……

「真琴……ごめん」僕はそっと真琴の唇に自分の唇を重ねてみた。僕の唇はそのまま、すり抜けてしまった……情けなくて涙が出る……僕は何てことをしてしまったんだ。自分で命を断つなんて。頑張って生きていたら、真琴を支えてあげることができたのに……後悔が押し寄せる。真琴の悲しそうな寝顔を見つめながら、己の愚かさを呪った。


 真琴は朝早くに目が覚めた。身体が重い――頭がズキンズキンと脈打っている。昨夜は飲みすぎた……でも、飲まないといられなかった。佑は――ソファに腰掛けている。ベッドからヨロヨロと起きると、佑が

「おはよう」と声を掛けてくれた。

「おはよう……」私はキッチンで水を飲んだ後、佑の隣に座って恐る恐る尋ねた。

「あの、私昨日……佑に何かひどいこと言ったんじゃないかな?」佑は私の目をジッと見つめてこう言った

「ひどいこと?言ってないよ。ただ、泣きながらお酒を飲んでた。そんなことより、真琴具合悪いんじゃない?顔が真っ青だよ……」缶チューハイの空き缶は佑が片付けてくれたんだろう。佑の優しい嘘が心に染み渡る。私はきっと、佑にひどいことを言ったのだ。

 

 ――精一杯のカラ元気でハコ長に挨拶した。今日は走りにも行かなかった。

「おはようございます」

「長谷川くん……酷い顔だぞ」顔は真っ青で、浮腫んでいる。そして、泣き腫らした目。「今日は帰れ。というか有給使ってしばらく休め。これは命令だ」

「すみません……」

「応援を呼んであるから心配するな。長谷川くん、変な気を起こすなよ。しっかり寝るんだ。もう酒は呑まないように。眠れなくても呑むな。酒に頼るな。高坂のことを考え続けるんだ。しっかり悲しんで自分の気持ちにケリをつけろ」

「わかりました……」真琴は弱々しく答えた。


 それから真琴はほとんどベッドに横になっている。今日で丸三日が経った。

 ――ピンポーン――インターホンが鳴った。真琴は動かない。ピンポーン――ピンポーン――ピンポンピンポン――

「ったくうるさいな‼︎」渋々起き上がりインターホンを見ると、なんと石田が映っている。「はい」真琴はぶっきらぼうに応答した。

「おーい。生きてるかー」

「用が無いならとっとと帰れ」真琴が吐き捨てると

「ちょっと待ってくれ‼︎ハコ長に頼まれて様子を見に来たんだ。開けてくれ」まったくハコ長は余計なことを――仕方なくドアを開けると石田が図々しく入ってきた。「ほらよ」石田がぶっきらぼうに差し出した袋の中身はカフェオレだった。昔ながらの楕円形のやつ。疲れたときによく飲むやつ。

「高坂が、長谷川はこれが好きだって言ってたから――」

美樹を思い出し、真琴はまた涙を流した。涙が枯れることは無いのだろうか……泣いても泣いても気持ちが晴れない。

「ハコ長が心配してる。電話でもしたらどうだ?」石田は真琴を見ずにこう言った。そして――

「俺、退官しようと思ってる」こう続けた。

 真琴は驚かなかった。真琴も同じように考えていたからだ。大切な仲間を亡くして、これからどうやってこの仕事を続けていけばいいのか……私たち二人はその答えを持ち合わせていない。

「辞めてどうするの?」真琴は知りたくもないどうでもいいことを聞いてみた。

「さあな。とにかくハコ長に電話してやってくれ。それと、高坂の葬式は今週末だそうだ」

「――どちらも承知した。わざわざありがとう」

 真琴がそう告げると石田は帰っていった。

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