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そばにいるのに……

僕はとても驚いた。まさか真琴が僕の遺骨を引き取るなんて……真琴は僕の遺骨を大事そうに抱え真っ直ぐ前を見つめながらゆっくり歩いている。何か考えているのだろう。

「海に行ってみようか」真琴の提案で海に寄ることになった。

 浜辺に腰掛けた真琴の隣に座る。

「私、余計なことしちゃったかな」真琴が心配そうに尋ねた。いつも自信に満ち溢れている彼女が今日は不安そうな顔をしている。

「佑をお母さんから引き離してしまって……」

 仏壇もお墓も無いのは想定内だ。なんなら遺骨も無いと思っていた。僕の家族がそれを真琴に押し付けた。真琴の負担になることの方が僕は心配だ。

「僕はあの母親に何度もアンタなんか産むんじゃなかったって言われてきたんだ。だから僕が死んでせいせいするだろうって思ったんだけど、葬式のときに棺にしがみついて泣きじゃくってた。その時は意味がわからなかったんだけど、今日のあの人の涙を見てよくわかったよ。あの人は自分が一番かわいいんだってことが。遺骨も大事にしていたんじゃなくて、捨て方がわからなかっただけじゃないかな」僕は笑った。

「……遺骨をそのまま捨てると罪になるからね」警察官の真琴らしい返しだ。

「お母さんとも約束したけど、きちんと供養するからね」真琴は今にも泣きそうだ。そして視線を海に戻した。

 今、僕の心はとても静かだ。真琴と二人で海を眺めている――ただそれだけなのに心が満たされる。こういうことを幸せと言うのだろうか――

 ふと真琴の視線を感じた。僕の背に手を当ててくれたんだ。でも、僕の背中を真琴の手がすり抜ける。真琴が悲しそうに微笑んだ。

「こんなにそばにいるのに、佑の背中をさすってあげることもできない……今日は本当にごめんなさい」

真琴の大きな目から大粒の涙がこぼれた。頬を伝う涙を拭ってあげたい。僕はそんな衝動にかられた。真琴の頬に手を伸ばす。僕の手も真琴の頬をすり抜けてしまった。とても悔しい。真琴の目から涙がどんどん溢れてくる。どうしたら、この涙を止められるだろう……もう一つ僕の心に感情が宿った。真琴の涙はとても美しい。美し過ぎて目を逸らせない。僕たちは随分と長い間見つめ合っていた。

 この時間が永遠に続けばいいのに……真琴の頬はどんな感触がするのだろう……頬は冷たいのだろうかそれとも温かいのだろうか。

 ふと思い出した。魔法ではないけど、幽霊は風をおこすことができる。その風で涙を拭えないだろうか。

 僕は集中して真琴の頬にそっと風を送った。

真琴が驚いた様子で

「今、何かした?」と目を丸くした。

「どうしたら真琴の涙を止められるかなって考えてて、風で吹き飛ばせるかなって思ってやってみた。僕は今、真琴のおかげでとても幸せなんだ。だからもう泣かないで……」

 真琴が笑った。笑いながら自分の手で涙を拭った。

「じゃあ、我が家に帰りますか」僕たち二人は歩き出した。

 

 次の日から休みの日は佑のお墓探しに奮闘した。やっぱり新潟がいいのではないかと考えたが、佑が新潟だけは嫌だと言ったので、結局私の祖母と両親がいるお寺にお願いすることにした。私の家からも近いし、住職に事情を話すと快く引き受けてくれた。必要な手続きのために佑の母親に何度か連絡を取り、進めていく。「納骨だけでも見届けてほしい」と佑の母親にお願いしたが断られてしまった。

お経をあげてもらって納骨を済ませると本当にホッとした。

仕事もしながらだったので、無事に終わるとドッと疲れが出てきた。佑に

「少し休むね」と声を掛けベッドに横になった。

 真琴の寝顔を見つめながら、夜を過ごす。幽霊は眠らない。今はまでは真琴の本を読んだり、夜の街をフラフラと浮遊したりして時間を潰し、真琴が目を覚ます頃家に帰るようにしていた。母親に会いに行ったその日から、僕の中で何かが変わった。ずっとモヤモヤしていた霧が晴れてスッキリしたのかもしれない。母親がもしかしたら僕のことを大切に思ってくれているのかもしれないという淡い期待は消えた。消えたからこそ、吹っ切れた。真琴が一緒に行ってくれて本当に良かった。そしてあの日から、真琴の涙を見たあの時から僕は真琴に夢中になった。初めから、可愛いなとは思っていたけど。真琴は内面も本当に素敵な女性だ。恋人がいないと聞いたときは正直驚いた。こんなに素敵な女性を放っておくなんて、世の中の男たちはどうかしている。真琴の話では、いつも「君は一人でも大丈夫だから」と言ってみんな離れて行くと言っていた。真琴は僕には無いものをたくさん持っていて、尊敬している。でも、それがあの時愛情に変わった。こんな気持ちになるのは初めてだから、これが本当に愛なのか?と聞かれたら……それはわからない。でも、きっとこの気持ちは――愛なんだと思う。夜は眠る真琴の側にいる。それが僕の日課になった。


 今日は真琴は公休だそうだ。最近は僕のお墓のことがあったから本当に忙しくて大変だったと思う。お金もたくさんつかわせてしまった。真琴は「貯金はしっかりできてるからこれぐらい全然大丈夫」と言ってくれたけど……どうしたら真琴に恩返しができるのか……

 真琴は今日、美容院に行くらしい。たまには自分のために時間を使ってほしい。心からそう思う。しかし、正直僕はあまり気がすすまない。あいつがいるから……

 美容院の扉を開ける――

「こんにちは」真琴が明るく挨拶すると

「真琴ちゃーん、いらっしゃい」とチャラチャラした男が出てきた。美容師の槙野だ。槙野は真琴の肩を抱き席に案内している。肩を抱く必要あるか⁉︎僕はイラッとした。この男、チャラチャラしてる上にボディタッチがやたらと多いのだ。

「真琴ちゃん久しぶり‼︎最近来てくれないから心配してたよー。髪結構伸びたね。これも可愛いけど、今日はどうする?」近い近い‼︎真琴の髪の毛から手を離せ‼︎

 真琴はとても楽しそうだ。いつも僕には悲しそうに笑うけど、今はとびっきりの笑顔で槙野と会話している。

 真琴の時間を邪魔してはいけない。二人が楽しそうにしている様子を見ることが辛くなって僕は美容院を出た。今日は真琴にゆっくり休んでもらおう。それにしても、僕はなんて心の狭い男なんだ。自分に自信があったら、こんなに嫉妬はしないのだろうか……そもそも僕には嫉妬などする権利はないのだ。真琴の恋人になることはどうしたってできないのだから……。


「ただいまー」真琴が帰ってきた。

「佑やっぱり家にいたんだ。いつの間にか姿が見えなくなってたからどうしたのかなと思って心配したんだよ」

 こういう時、なんと返したらいいのだろう。幽霊には体調不良は起こらない。前に真琴にも話してある。急にお腹が痛くなって……は使えない。考えているうちにとんでもないことを聞いてしまった……

「真琴ってああいう男が好きなの?」あぁ。僕は本当に馬鹿だ……真琴とこんな話をしたかったわけではないのに。しかもものすごく嫌味ったらしく言ってしまった。

「はぁ⁉︎だったら何?なんか文句ある⁉︎」完全に怒らせてしまった……

 真琴は髪を軽くカールしている。槙野がやったのだろう。とても可愛い。本当は真琴に「可愛い。とてもよく似合ってる」そう言いたかった。真琴は玄関のドアをバタン‼︎と閉めてまた出て行ってしまった。自分で自分を嫌になる……僕はなんて情けない男なんだ……


 夕方に買い物袋を下げて真琴が帰ってきた。

「よくよく考えたらここは私の家だよね。何で私が出て行かなきゃいけないのよ‼︎文句があるなら、あなたが出ていくべきじゃない?」

「本当にその通りだよ。ごめん。真琴。僕は今日君と喧嘩をしたかった訳じゃないんだ。とりあえず、座ってくれないかな?ゆっくり話がしたいんだ」

 真琴は買ってきた食材を冷蔵庫に入れ、ソファに座ってくれた。僕も遠慮がちに少し離れて座った。

「今日、僕は真琴に何をしてあげられるのかってずっと考えてて。お墓のことで迷惑かけちゃったし、忙しくさせてしまったから。そしたら、真琴が槙野さんとすっごく楽しそうに話してて……」真琴がジッと僕を見つめている。

「僕といるときもあんな風に笑ってほしいなって思って。それで、その……言葉が足りなかったことと、槙野さんにものすごく嫉妬してしまって、あんな風に言ってしまったんだけど、僕が言いたかったのはあの人のどんな所が真琴を笑顔にさせているのかなってことなんだ。本当にごめんなさい」僕は精一杯頭を下げた。

 

「――槙野さんは。別にタイプでも何でもない。ただ、ああいう人警察官にいないでしょ?だから私にとって非日常っていうか、あの人私が警察官だって知らないし、聞いてこないし。大体みんな職業から話引っ張ろうとしてくるんだけど、槙野さんは可愛いねとか、それとっても似合ってるとか嬉しいことたくさん言ってくれるから。それが嬉しくて。そう言ってくれるの喜代さんと槙野さんだけだから。私だって可愛いって言われたらやっぱり嬉しいんだよ」

 真琴が恥ずかしそうにソッポを向いてしまった。

「佑の気持ちは良くわかったから。もういいよ。夕食作る」そう言うと真琴はキッチンに戻ってしまった。

「真琴‼︎」真琴は驚いて振り向いた。「髪型とっても可愛いよ。槙野さんは美容院に行ったときだけだと思うけど、僕は毎日毎秒真琴のこと可愛いって思ってる。それだけは誰にも負けないから」恥ずかしい。僕は幽霊だけれど、僕に血が通っていたなら今顔は真っ赤だろう。でも、僕には駆け引きはできない。ただ、真琴を笑顔にしたい。そのためには何だってする。

 真琴は黙ってしまった――僕がもっと気の利いた言葉を言えたなら……

「――あ、ありがとう。なんかビックリして……私、そういうの本当に言われ慣れてなくて……でも、すごく嬉しい。それと、私、佑と話してるときものすごく楽しいから‼︎」

お互い恥ずかしくなってしまい、二人とも黙ってしまった。それでもこの沈黙は嫌じゃない。真琴はにこやかに夕食を作っている。僕はホッとした。

 

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