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真琴のひらめき

何とも目まぐるしい一日だった。本庁での役目を終えた真琴は交番へ戻り、その後も様々な対応に追われていた。

「さてと、帰るか。お先失礼します」真琴は同僚に声を掛け更衣室へ入った。8:30に出勤して、もう20:00を回っている。

 着替えを終えた真琴が出てきた。まだ外だけれども思わず

「お疲れ様」と声を掛けてしまった。真琴はニコッと笑って

「帰ろうか」と言ってくれた。

 家に帰った途端、グッタリするようだ。あんなに激務なんだ。当然だ。

「こういう日は冷食だ!」真琴はサラダと冷凍のパスタを食べている。インスタントのワカメスープも一緒だ。

 

 今日1日真琴の姿を見てきて、聞きたいことがたくさんある。まずは真琴が出勤すると同時に現れた「喜代さん」のこと。

「あの、いくつか質問してもいいかな?」

「――いいけど、何?」真琴はサラダを頬張りながら答えくれた。

「今朝交番に来たおばあちゃんなんだけど、毎日あんなに長い時間お喋りしていくの?」

「あぁ、喜代さんね。本来警察官には守秘義務があるんだけど、佑は幽霊だから話しても大丈夫なのかな?」

「そこは信用してください」真琴は困った顔で微笑んだ。

「喜代さんが道で歩けなくなってるところを助けたんだ。しっかりしてる人なんだけど、その日は出先で急に歩けなくなっちゃったんだって。それで、パトカーで家まで送ったんだけど、帰り際に寂しい寂しいって泣かれちゃって……それでいつでも交番においでって言ったら毎日来るようになって。で、時々来ないと心配になるでしょ?そういう日は家まで会いに行ってってやってる。そしたら、梅干し作りが忙しくてとか言うからさぁ。何とも無くて良かったんだけど。心配して損したり。でも、街の人の不安に寄り添うことも私たちの大事な仕事だから。喜代さんとは1年ぐらいの付き合いになるかな。もう毎日顔見ないと落ち着かないしね」僕は興味深く聞いている。

「あと、本庁で会ったあの大きな男の……」思い出したらなんだか怖くなって最後まで言えなかった。すると真琴は「あぁ。あいつね。石田っていう同期」とあっけらかんとして言った。

「すごく、強そうで……真琴は大丈夫なの?」

「あいつ大して強くないよ」

 いやいや。僕にはとてもそうは見えなかった。

「あいつ、警察学校の同期でさあ。教官に体格差があっても勝てる所をみんなに見せてやれってボソッと言われて。手合わせしたら私本当に勝っちゃって」真琴は嬉しそうだ。

「そこから当たりがキツくなった。もともと女が警察官なんてとか、どの時代に生きてんだって古い考えの奴だから嫌われてるのはわかってたんだけど。顔合わせると突っかかってくるんだよね。全くめんどくさい奴だよ。ただ、これだけは確実。私の方が強いってこと」真琴は本当に強い。僕だったら、確実に逃げている。逃げて逃げて自分がどこにいるのかもわからなくなるだろう。

「仕事大変だなって思うこと無いの?」

「そりゃああるよ。何度も辞めてやるって思ったし、これからも、思うと思う。でも私、この仕事結構好きだよ」

「真琴はすごいな……」

「あはは。よく言われる」真琴は笑った。

「あと、真里ちゃんはあの後どこに行ったの?」

「――児童養護施設。両親は逮捕されたからね」

「そうなんだ……でも、真里ちゃんはきっと大丈夫……だと思う」弱々しく僕は答えた。

「そうだね。私もそう思う」

こうして、夕食の時間は真琴への質問タイムが恒例となった。真琴が真剣に仕事をして、たくさんの人と向き合っている姿は本当に素敵だ。

 ある日、質問タイムを終えるとふいに真琴がこう言った。

「佑さぁ。自分のお墓って行ったことある?」

「いや……無いけど」真琴はどうしてそんなことを聞くんだろう?

「佑のお墓ってどこにあるの?」

「僕が死んだ後、家族の所に行ってないからどこにあるのかわからないんだ」

「ご先祖のお墓に一緒じゃないの?」

「うちの両親、親戚付き合い疎遠だったから……お墓は知らない」

「そっかぁ。そしたらご両親に聞くしかないね」

「えっ⁉︎」僕は驚いた。

「ご両親はどこにいるの?」

「えっと。新潟に」

「私明日休みなんだ。佑のお墓参りに行きたい。いいよね」真琴の行動力には本当に驚かされる。

 新幹線のチケットもあっという間に予約してしまった。

「あとは、あなたのご両親からどうやって聞き出すかなんだけど……佑は生前東京に来たことある?」

「出張で何回か」

「よし、それで行こう‼︎」真琴は何か思いついたようだ。夕食の後片付けを済ませ、真琴はお風呂へ急いだ。

「明日は6:00時に家を出るからね。おやすみ」

「うん。おやすみ」真琴は一体どうするつもりなのか……不安だけが心を支配した。


 今日はとても良い天気だ。日帰りでハードだが出かけるにはとびっきりの天気だ。

「じゃあ出発するよ」真琴は元気よく歩き出す。

 外では真琴に話しかけないよう言われている。真琴が何を考えているのか聞いてみたいがひとまず辞めておこう。

 佑と一緒に過ごすうちに色々わかったことがある。佑はものすごく臆病だ。そして、底抜けに優しい。いつも私の心配をしてくれる。優しすぎるが故にこんなにも自分に自信が無いのだろうか?生前どんな環境にいたのか気になって佑が住んでいた街に行ってみることにした。

 思い出したくない過去なのだろう。自殺してしまったんだもの……佑にとっては辛い一日になるかもしれない。それでも、自分を大切にしようと思えるきっかけになれば。

 お互い静かに色々と考えているうちに、あっという間に青野家に到着した。

 新潟市内にある住宅街だ。

「新潟って都会なんだね。驚いたよ」

 ピンポーン――

 真琴は何の躊躇いもなく青野家のインターホンを押した。

「はい……」か細い声がインターホン越しに聞こえた。

「あの、私長谷川と申します。佑さんの友達で。でも、亡くなったって聞いて。どうしてもお墓に手を合わせたくて。少しよろしいですか?」僕には友達はいなかった。母親がそのことを知っていたかはわからないが……

不審に思わないだろうか

……

「今、開けます」

「お願いします」少ししてゆっくりとドアが開く。線の細い女性が出てきた。痩せて頬がこけている。顔色も悪いがよく見ると佑そっくりだ。遺伝子とはすごい。初めは陰気過ぎて気づかなかったが佑はとても綺麗な顔をしている。そして、笑うととてもかわいい。お母さんも若い頃は綺麗だったんだろうと想像がつく。

「はじめまして。突然申し訳ありません。長谷川 真琴と申します。佑さんとは生前仲良くさせていただいていて。一昨年亡くなったと、先日聞きまして。いても立ってもいられなくて」

「そうですか……良かったら少し上がってください」「ありがとうございます」

 真琴はリビングに通された。

「あの、お仏壇はどちらに」部屋を見渡すが見当たらない。別の部屋にあるのかもしれない。

「仏壇は必要ないと主人に言われまして……」

「そうですか……」

「お茶を淹れますので、ソファにどうぞ」

「あの、お気遣いなく」佑の母親はこちらを少し振り返り軽く頭を下げた。

 ふと心配になり佑を見た。年老いた母親に戸惑っているのか、家に仏壇がないことにショックを受けているのか。今にも倒れてしまいそうな母親をジッと見つめている。部屋は掃除が行き届いていて、とても綺麗だ。しかし、何と言ったらいいのか。家族で暮らしているとは思えない寂しい部屋だ。

「佑とはどこで知り合ったのかしら?」

 お茶を差し出し、真琴の前に腰掛けた母親が尋ねる。

「佑さん、何度かお仕事で東京に来ていたことがあって。その時に食事に行きました」

「そうだったの……佑にこんな可愛いお友達がいたなんて」母親は微笑む。

「それで、あの……佑さんのお墓の場所を教えていただきたいのですが」

母親はしばらく黙った後、こう言った。

「……お墓も……主人が必要ない……と言いまして」はぁ。急に怒りが込み上げた。

 母親はゆっくりと立ち上がり隣の和室の押し入れを開けた。奥の方を何やらゴソゴソしている。なんと、遺骨が出てきた……私は呆れ返った。

「主人にはなんとかして捨てろと言われたのですが……それだけはできなくて……」もう、一言言わないと気が済まない。

「さっきから、主人が主人がと言いますけどお母さん、あなたの考えはどこにあるんですか?」母親が更に縮こまってしまった。いけない。冷静にならないと。この母親を責めに来た訳ではないのだ。真琴は深呼吸をした。

「私たちはお見合いで、愛のない結婚をしました。世間様の目を異常に気にする主人に、オマエは俺の隣でただ微笑んでいればいいと言われました」

 あぁ。真琴が一番嫌いなタイプだ。

「主人は長男だけをかわいがり、佑が産まれてから更に私に辛く当たるように……私に似ている佑は必要ないと言われ続けて。オマエは無能だからと。無能に似た子どもはまた無能だろうと。主人の言葉は絶対なので……私は何も言い返せません。佑には私が弱いばかりに、辛い思いを……」

 私は気分が悪くなってきた。父親を筆頭に狂っている。この母親も悲劇のヒロイン気取りで反吐が出る。

「佑さんは何を支えに生きていたのでしょうか……」私は怒りで震えている。母親は俯き黙ったままだ。時々涙を拭っている。

 真琴は続けた「それで、佑さんの遺骨はどうするおつもりですか?」

 母親が弱々しく答えた。

「……主人に見つかるまで、隠しておくしか……

 見つかってしまったら……捨てられると思います……」

「捨てるなら、私が引き取ってもよろしいですか?」

 母親は真琴の言葉に驚いた様子で真琴を見つめた。

「私が責任を持って供養します」

「……ありがとうございます。お願いしてもいいかしら……」

真琴は母親から佑の遺骨を受け取り、青野家を後にした。

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