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ここにいても…

時々天界に呼ばれ色々と質問される。好きだった食べ物は何かとか誰かを本気で好きになったことはあるのかとか。命を絶ってみて実際どうだったかとか。僕はお稲荷さんが大好きだった。味のよく染みたお揚げを一口食べるとジュワーっと口の中に幸せが広がる。でも、毎日が辛くてあれだけ大好きだったお稲荷さんもだんだんと喉を通らなくなった。誰かを本気で好きになったことももちろん無い。僕の周りはみんな敵だった。僕がどんなに苦しくても心配してくれる人はいなかった。僕はどうでもいい人だったのだ。命を絶ってみて……様々な苦痛から解放されて本当に楽になった。もう誰に傷つけられることも無い。今日はどんな辛い事が待っているのかと怯えることもない。これで良かったんだ。僕が選択したことは正解だ。後悔などこれっぽちも無い……といえば嘘になるのか。僕が死んだとき、あれだけ僕に無関心だった母が僕の棺にしがみつき泣いていた。「佑……ごめんなさい。ごめんなさい」と。父親と兄は「バカな奴だ……」と悲しむ様子は無い。葬式に時間を取られてとても迷惑そうだった。もちろん母親もそうかと思っていた。「アンタなんか産まなきゃよかった」と何度も言われ続けてきた。僕がいなくなって本望じゃないのか。その母親が泣いている……全く訳がわからなかった。訳がわからなすぎて心が騒つくのを感じその場を離れた。それから、家族が母親がどうなったのか、どうしているのかはわからない。その事が少し引っかかってはいるが「後悔はしていません」僕は女神様にそう伝えた。女神様は目を閉じ、何も答えてはくれなかった。

 いつもの様に天界に呼ばれ、今度は何を質問されるのか?そう考えながら女神様の前に出た。それは質問ではなく命令だった。突然のことに頭が追いつかない。「下界に行き、暫くそちらでお世話になりなさい。先方には私から話をつけておいた。逃げることは許さぬ」僕に選択の自由は無い。女神様の命令は絶対だ。訳もわからぬまま、下界に送り込まれた。どうしたらいいのだろう……そのお世話になる人もものすごく嫌な奴なんだろうな。これではせっかく死んだのに……生きていた頃と何も変わらないじゃないか。失望しながら下界に降りた。

 また、地獄の始まりだ。僕は死んでも不幸なのだ。

 ――整頓された部屋に本がたくさん並んでいる。物は多くなくて、とてもシンプルな部屋だ。この部屋の主は……えっ⁉︎女性……ベッドに横たわっているのは小柄な女性だ。こんな性格だから、女性ともうまく関われなかった。というか、女性からも虐げられてきた。この人も僕をそうやって扱うのだろう。

 地獄の始まりを前にもう涙も出ない。

 僕はソファーに腰掛けて彼女が目を覚ますのを待つことにした。

 

 ――「そこで何をしている‼︎」はっ。どうしよう……起きてしまった。ものすごく怒っている。もう嫌だ……今すぐ逃げ出したい‼︎

 しかし、驚いたことに彼女は僕の話を聞こうとしてくれた。「お腹はすいていないか?」と気を遣ってくれた。怒ってはいるのだろうが、一方的に僕を罵倒したり無視したりしない。僕の目を顔をしっかりと見てくれる。ぶっきらぼうだが、とても優しい人なのかもしれない。こんな人初めてだ……心に少し灯りが灯るのを感じた。

 長谷川 真琴というこの女性は小柄で可愛らしい。綺麗なロングヘアだ。あまり笑ったりしないが、芯が強くてしっかりしている。昨夜は仕事だったと言っていた。だから今日はゆっくりするそうだ。真琴はゴロゴロしながら本を読んでいる。仕事は何をしているのだろう。読み始める前に真琴に、オススメの本はあるかと聞かれた。僕は本を読んでこなかった。真琴が欲しいであろう答えは返せなかった

「あの、僕、本は読んでこなくて……」

「――そしたら、部屋にある本好きに読んでいいよ。どれもオススメ。私のとっておきだから」そう言いながら真琴は本を読み始めた。

 時間がゆっくり流れていく。特に会話は無いけれど、苦痛じゃない。むしろ、それが心地よい。誰かと一緒にいて、こんな気持ちになったのは初めてだ。生きていた頃は誰かと過ごすことは苦痛でしかなかったから……とまどいながらも僕は本棚に手を伸ばした。本当にたくさんの本が並んでいる。どれを選んだら良いのかわからないので、一番上の棚の左端から読んでみることにした。

 どれくらい時間が経ったのだろう……外は夕焼け空だ。

「それおもしろいでしょう」真琴が僕に話かけた。

「はい。本ってこんなに夢中になれるんですね」

「本はおもしろいよ。ほんと不思議なことなんだけど。何か悩みがあるときにたまたま手に取った本に答えが書いてあることがよくある。本ってすごいんだよね」

 ここにいても……僕は変われないし、変わらない。そう思っていた。でも、この女性と一緒にいたら、何か変わるのかもしれない。そう考えたら少し胸が高鳴る。

 僕はまた本に視線を戻した。

 夕食の時間だ。炊き立てのご飯に焼き鮭。冷奴に蓮根のお味噌汁。ご飯は小さな土鍋で炊いたらしい。とても美味しそうだ。真琴は身体のために食事は栄養のあるものをしっかり摂るようにしているのだそう。食事は身体の栄養だけでなく、心も元気にしてくれると話してくれた。そういえば、僕は生きていた頃食事はどうしていたんだっけ……本当に何も考えていなかったんだな……僕は幽霊だから、食事は摂らないけれど真琴の前に座ることにした。さっき聞かれた「僕の自死」について話さなくてはいけない。どう切り出したらいいのか迷っていると真琴の方から話しかけてくれた。

「土鍋って便利なんだよね。ご飯も炊けるし、鍋もできるし。土鍋で炊いたご飯って食べたことある?」僕は首を横に振った。僕は生きている間、何もして来なかったんだなと痛感する。

「そうなんだ。もう食べられない人にこんなこと言うの申し訳ないんだけど、土鍋でご飯炊くとすごく美味しいんだよね――あのさあ。さっきはああ言っちゃったんだけど。話すの嫌だったら話さなくてもいいよ。あなたが自殺した理由。それで、いつか話してもいいなと思ったときにでも言ってくれれば聞くからさ」

 あぁ。なんて優しいんだろう。僕は涙を堪えながら答えた。

「ありがとう……ございます」自殺をした理由を話さなくてよくなって、ホッとしたのではない。真琴の優しさが沁みたのだ。

「土鍋のご飯食べてみたかったな」

 僕の言葉に、真琴は悲しそうに微笑んだ。


「明日も早いから、お風呂入ってくる。絶対覗かないでね!」夕食の片付けを終えた真琴が言った。

「覗くだなんてそんな――」覗こうだなんて思ってもいなかったが僕は慌てた。普通の男はこういう時何て返すのだろう。

寝る支度を済ませ、真琴はまた本を読んでいる。もうすでに眠そうだ。時計の針は20時を過ぎたところだ。

「佑はどこで寝ようか?」

「幽霊には睡眠も必要ないので気にしないでください」

「えっ⁉︎そうなの?疲れないの?」真琴は驚いている。「気持ちが疲れるとかそういったことはありますけど、この身体はあって無いようなものなので、肉体が疲労するということは全くありません。僕の魂は今ここにありますが、身体が真琴さんに見えているのは女神様の力です」

「へぇ〜。なんだかよくわからないけど、そういうものなんだね。じゃあ遠慮なく寝るわ。おやすみ〜」

「おやすみなさい」

 この数時間で色々あり過ぎてとても疲れた。明日も仕事だ。目を瞑ると真琴はすぐに眠りに落ちた。

 

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