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生きていてほしい

朝6:00。いつも通りの時間に目が覚めた。今日はあえて仕事を入れておいた。その方が気が紛れるから――

夢の中で佑と別れ、泣いていたと思ったけど、いつのまにか意識が途切れ深い眠りに落ちたようだ。

頭や腕に佑の感触が残っている――。

佑の姿は無い。本当に一人になっちゃったんだな。そう実感する。

気怠い身体をベッドから起こし、洗面所へ向かった。酷い顔だ。目が腫れて、顔も全体的に浮腫んでいる。こんなとき、佑はいつも濡れたタオルを乗せておいてくれたっけ……。寂しい。悲しい。佑のことで頭がいっぱいだ。でも、大丈夫。きっと時間が解決してくれる。そして、佑との思い出が真琴を支えてくれる。

 冷たい水で顔を洗い、ジョギングの洋服に着替えキャップを被った。「いつも通り。いつも通り」

 土手に着いて走り出した。薄っすら霧がかかっている。朝日が反射してとても綺麗だ。

 ――世界にひとりぼっち。そんな気になる。心を無にして走った。それなのに、佑のことばかり考えてしまう。優しい笑顔。透き通っていて芯のある歌声。時々ものすごく寂しそうになる背中。私がこれほどまでに佑のことを想っていること、佑にはきちんと伝わっていたのだろうか。今更知る術は無いけれど……

 ペースを上げすぎた……いつもの距離を走りきり、上がった息を整えていく。涙が勝手に溢れて止まらない。それでも、立ち止まってはいけない。ゆっくりと歩き続けるんだ――


 あれから数年が経った。

 何年経った今でもつい、佑の姿を探してしまう。家では独り言が増えた。美樹のご両親に時々会いに行ったり、同期の石田とはいがみ合うこともなくなって時々呑みに行く仲だ。大切な人を失った同志とでもいうのだろうか。お互いを思いやり、励まし合っている。

 佑がいなくなってから、恋人を作る気にはなれず、今も一人で暮らしている。何度か声を掛けてもらったりもしたけれど、私はやっぱり佑が大好きだし、佑以上の相手はいないと思う。

 寂しくなったら、佑と行った海に行ったり、お墓参りに行ったり……そこで延々佑に話しかける。もちろん返事は返ってこないけれど。あの、優しい笑顔で聞いてくれていると思うとホッとする。


 今日も私は警察官として働いている。

 

 パトロールから戻ると、真新しい制服を着た女性が立っていた。

「長谷川くんおかえり。今日から配属された高城くんだ。君とバディだ。よろしく頼むよ」ハコ長はなんだか嬉しそうにそう言った。続いて高城が

「長谷川さん、今日からよろしくお願いします。あの、私のこと覚えてませんか?高城 真里です」真琴の名刺を持っている。

「もしかして――まりちゃん?あのときの?」真琴は驚きを隠せない。小学生のときに両親からの虐待で保護された真里ちゃんだ。あのときはガリガリで着ていた服もボロボロだった。でも、今は少しふっくらとして、可愛らしい。髪の毛もツヤツヤだ。これから警察官として頑張るんだという意気込みも感じられる。そのおかげか目もキラキラと輝いている。

「元気そうでホッとしたよ。名刺ずっと持っててくれたんだね」真琴は思わず真里ちゃんを抱きしめた。

「この名刺が御守りでした。何かあっても長谷川さんがいる。守ってくれるって思うと頑張れました。私、長谷川さんにまた会いたくて」自分の名刺がこの子の生きる力になったのか――

「真里ちゃん、今まで本当によく頑張ったね。警察官、大変だけどやりがいあるよ‼︎今日からよろしくね。わからないこととかあったら何でも聞いて」とても嬉しい。ボロボロだった真里ちゃんが今こうして笑っている。

「あの時も、よく頑張ったって褒めてくれましたよね。今日からよろしくお願いします‼︎」


 佑がいなくなったことは世界中で私しか知らない。こんなに寂しいのに、世の中は何もなかったかのように当たり前に過ぎてゆく。何年経っても佑のいない寂しさは消えなかった。

 今日はお墓参りに来た。佑に真里ちゃんと再会したことを伝えたくて。

 このお寺には私の祖母と両親も眠っている。二つのお墓を綺麗に掃除して、花を入れ替えた。

「佑、聞いて。真里ちゃん覚えてる?警察署で保護した真里ちゃんだよ。佑、気にしてたでしょ。大丈夫かなって。その真里ちゃんがね、なんと私の後輩になったの‼︎警察官になったんだよ。明るくて、可愛い女性になってた。本当に良かったよね。私、大切にしなくちゃね――佑。佑がここにいてくれたらな……隣にあなたがいてくれたら……」

 

「私、ひとりぼっちになっちゃったな……」

 

 頬を涙が伝う――。突然、柔らかな風が吹きそっと頬を撫でた。もしかしたら、佑かもしれない。勝手にそう思うことにした。その柔らかさに、佑は今穏やかに過ごしているんだろうと安心する。

「私、大丈夫だからね」空を見上げ、そっとつぶやいた。


 慌ただしく毎日が過ぎていく。やりがいのある仕事ともうこの世にはいない私の大切な人たち。それが私の生きる力だ。精一杯生きて、生き抜くんだ。胸を張ってみんなに「頑張ったよ」と伝えたい。

この世界は辛く苦しいことで溢れている。それでも、私は声を大にして伝えたい。


 生きていてほしい――


 もしも、また佑が生まれ変わることができたなら、次こそ生きていてほしい――そう、強く願っている。



 隣にあなたがいたならば――

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