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いつかまた会おう

最後の一日……

 今朝も土手を走っている。隣には佑がいる。でも、明日からは一人だ。寂しくなるな……気を抜くと感情が悲しみに流される。「いつも通り。いつも通り」呪文の言葉だ。悲しみに支配されないように、取り乱さないように。ただ、いつも通りの日常を送る。そうすることで、少し気が紛れる。私はいつもこうやってたくさんの困難を乗り越えてきた。

毎朝の日課であるジョギングを終え、しっかり朝食を取り家を出る。

「佑、行こうか」佑もとても穏やかな表情をしている。

いつも通りに出勤して、いつも通り公務をこなすんだ‼︎

 今日も相変わらず忙しい。忙しくて気が紛れるのはいいが、今日ぐらいは定時に上がって、家に帰りたかった。少しでも佑との時間を取りたかった。でも、それは難しそうだ。

 あっという間に夕方だ。定時まで残り1時間となったところで、まるで嘘のように電話が止まった。無線も入ってこない。残っていた仕事を片付けて、奇跡的に定時に上がることができた。

「ハコ長、すみません。今日は帰ります」

「たまにはゆっくり休んで。お疲れ様」


「まさか定時に上がれると思わなかった。最後だし、二人でゆっくりしよう」帰り道、真琴は周りに人がいないことを確認してから嬉しそうに僕にそう言った。僕は笑顔でうなづいた。

家に帰ってから、僕たちはいろんな話をした。真琴との会話はとても楽しくて愛おしくて、あっという間に過ぎた。

「もうこんな時間だ。早いね……今日はお茶漬けでいいかな」真琴はキッチンへ行って、サッとお茶漬けを作った。真琴はお茶漬けも手作りだ。

「佑が来て1年ぐらいになるのかな。最初は本当にビックリしたけど……すごく楽しかった」

「僕もだよ」僕たちは笑顔で見つめ合った。

「佑はすごく変わったよね。最初は目を合わせるのも大変だった」

「うん。真琴のおかげだよ。真琴に出会えて本当に幸せだよ。もう死んでるけど……僕の人生で最高の出来事だ」偽りのない、僕の本当の気持ちだ。

「さてと、お風呂入ってくる。サッと済ませるから、大丈夫だよね?まだ時間じゃないよね」

「大丈夫だよ。ゆっくり入ってきて」

「勝手にいなくなったりしないでよ‼︎」

 真琴は急いで浴室へ向かった。

 と思ったら、驚くほど早く出てきた。

「そんなに急がなくてもいいのに……疲れ取れないよ……」

「シャワーだけサッとしてきた。私がそうしたいんだから、いいの」


「真琴。おいで――」

「今日も歌ってね」

「もちろん」

真琴がベッドに入ったのを見計らって、僕は話始めた。

「僕が初めてここに来た日、何か夢を見た?」

「――確か、何もない所をひたすら歩き続ける夢だったかな。見たよ。そしたら、女神様の声がして、佑をよろしくって」

「これから二人で女神様に会いに行く」

「どうやって?」

「眠りに落ちたら、女神様が現れるよ」

「眠らなかったらどうするの?」

「女神様の力で今日は強制的に眠らされる」

「なるほどね。抵抗しても無駄な訳だ」

 佑は寂しそうに微笑んだ。

「真琴。愛してる――今まで本当にありがとう」

「こちらこそ、ありがとう。とっても楽しかった。私も愛してる。いつかまた会えたらいいね」

 そっと真琴の唇にキスをした。最後の最後まで真琴に触れることはできなかった。

「それじゃあ、歌うよ」

佑の心地よい歌声……優しさの中に今は芯の強さも加わって真琴の心をそっと包む。全く眠くない。しかし、ちょうど歌が終わる頃、真琴は深い眠りに落ちた。


「真琴――真琴」佑の声がする。全身麻酔の後のようだ。目が重くなかなか開けることができない。身体も重くて動けない。ずっとこのまま、こうしていたい――

「真琴――大丈夫?起きられる?」ふと頭を撫でられた。

「佑――」真琴は佑の膝枕で横たわっている。

 すり抜けて――いない。飛び起きて佑に触れてみた。「さわれる――」佑の手が真琴の頬にそっと触れた。

 嬉しくて、佑を抱きしめた。佑は思っていた以上に細かった。生きていた頃、どんな食生活を送っていたのだろう……

「真琴――キスしていい?」

「うん」真琴は頬を紅くしながら頷いてくれた。僕たちはそっと唇を重ねた。柔らかい。幸せだ――愛しい人に触れられることはこんなにも幸せなんだ。なんだか泣きそうだ……

「でも、どうして?」僕の腕の中で真琴が言った。

「夢の中は何でもありってことかな」可笑しくて、幸せで仕方なかった。

「昨日、夕方になって電話と無線がピッタリ止まったの気づいた?それで、私が定時に上がれたじゃない?それももしかして女神様の力なのかな?」

「多分、そうだと思う。真琴のことすごく気に入ってるみたいだったから」

「そっか。女神様ってやっぱりすごいんだね」

「そろそろ行こうか」僕たちはしっかりと手を繋ぎ何もないこの空間を歩き出した。

 お喋りしたり、見つめ合ったり、沈黙さえも心地よい。僕の人生がひっくり返る程幸せだ。真琴と一緒にいられるなら……僕は何もいらない。


 急に目の前が明るくなり、僕たちは目を瞑った。

 女神様だ――

 驚いた真琴が手を離そうとしたが、僕は絶対に離さなかった。真琴が驚いて僕を見つめたが、諦めてくれたようだ。

「なんて綺麗な人……」真琴が呟いた。


「真琴殿。此奴が世話になったな。大変だったのでは?」

「いえ。私とても――楽しかったです。佑に会えて本当に良かったです」

「悲しいか?」

「はい」

「――此奴との全ての記憶を消すこともできるがどうする?この後一人になって辛いだろう」

 真琴はどうするのだろう……

「――このままでいいです。佑との思い出が私には必要なので。私は大丈夫です」真琴は女神様をしっかりと見つめてそう言った。真琴の横顔を見て気づいた――真琴の強さと女神様の強さ――この二人そっくりなんだ。女神様が何故真琴を選んだのか、わかったような気がした。

「さすが、我が選んだだけはある。強くて美しい――真琴殿。世話になったな。此奴はとても成長した。感謝している。ありがとう」

「こちらこそ。佑と引き合わせていただきありがとうございました。とても楽しかったです。――それと、佑はこの後どこへ行くのでしょうか?」真琴が心配そうに尋ねた。

「俗に言う、天国だ。安心するといい。肉体は消え、魂が穏やかに漂う。憎しみも苦しみも何も無い」真琴はホッとした様子で僕を見つめた。最後の最後まで僕を気遣ってくれる。

「あと少し時間をやろう。真琴殿。幸運を祈っている――」僕たちにそう告げて女神様は消えた。

 真琴の手が震えている。

「天国だって。良かった。美樹に会ったらよろしく言っておいてね。――佑」

 僕はそっとうなづいた。そして、真琴を抱き締めた。真琴の髪をそっと撫でる。ずっとこうしたかった。

 真琴は想像していたよりも細くて、柔らかい。こんな華奢な身体で世の中の悪と闘っているのか……

「真琴。ありがとう」

「こちらこそ」真琴は泣きながら微笑んでくれた。そして、僕たちはキスをした。

「さよならじゃないよね」真琴は泣いている。こんなにも僕のことを想ってくれている。

「うん」僕は力強く答えた。

「いつかまた会おう」

「佑……身体が」真琴が慌てた。僕の身体が消えていく。人生に絶望し、自ら命を絶った僕が真琴に出会い、幸せをたくさん教えてもらった。

 生きたかった――生きて真琴の側にいたかった。

 激しい後悔と真琴への愛で心が抉られる。

「真琴。愛してる――」

 

佑が消えてしまった。力が抜け、真琴はその場にしゃがみ込む。そして泣いた。声を上げ泣き続けた。

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