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いつも通りに

僕は間違えたのかもしれない……僕がいなくなってからの真琴のことが心配で、それ故に真琴を悲しませてしまった。自分に置き換えてみたらどうだろう。この世に残るのは僕の方で、いなくなってしまう真琴が僕に「誰か他の人を好きになって」と言ったとしたら……どんな気持ちになるだろう。僕だって真琴しか考えられない。誰か他の人とだなんて、想像もつかない。今僕たちは誰よりも近くにいるのに……どうしてそんなこと言うんだろう――ハッとした。真琴ごめん。そうだよね……大切なのは今だ。この気持ちだ。僕はまたしくじった……あの言葉は自分の心を軽くするために出た言葉なんじゃないか……やっぱり僕は自分のことばっかりだ。真琴に謝らなくちゃ‼︎

お風呂上がりの真琴は水を飲んでいる。あれから僕たちは何も話していない。

「真琴。もう寝れる?」

「うん――」

「こっちにおいで」

「――うん」

真琴と目が合わない。あっ――目が赤い。真琴はお風呂でも泣いていたんだ――

「真琴。さっきはごめん。あんなこと言うべきじゃなかった」やっと真琴と目が合った。というより僕を睨んでいる。

「ほんとだよ」

「ごめんなさい」

「謝って済むことじゃないでしょ」

「うん――」真琴の目からどんどん涙が溢れてくる。また泣かせてしまった……

「勝手に現れて、どんどん好きにさせて、勝手にいなくなる。挙げ句の果てに、誰か他の人を好きになれと⁉︎こんな酷いことってある?あなたがいなくなった後も……ずっと好きでいさせてよ‼︎」

「ごめん」

「いちいち謝るな‼︎」

「――ごめん。僕、どうしたらいいのかな」

「そんなこと自分で考えろ」

 真琴は僕に背を向けてベッドに横になった。肩が震えている。涙が止まらないのだろう――こんなときに言葉は必要なのだろうか……今僕が何か言ったところで真琴には届かない。それ以前に気の利いた言葉を僕は何一つ見つけられない。

 真琴の頭を撫でた――手はすり抜けてしまうけれど、今真琴から手を離してはいない。そんな気がした。

「真琴――愛してる」


昨日は佑と喧嘩してしまった。佑に背を向けて横になって、不貞腐れているとヒンヤリとした佑の手が私の頭に触れているような気がした。頭に血がのぼっていたので、その冷たさが心地よくいつの間にか寝ていたようだ。目元には濡らしたタオルが乗せてあった。たくさん泣いたので、目が腫れることを佑が心配して乗せてくれたのだろう。佑は本当に優しい。昨日のあの言葉は佑が優しいが故に出たことなのだろう。喧嘩なんかしている場合じゃないのに――きっと私たちにはもうあまり長い時間は残されていない。

「佑……おはよう」

「おはよう。真琴」

「昨日は怒ってごめんね……」

「僕の方こそごめん。よく眠れた?」

「うん。タオルありがとう」いつもの真琴で僕はホッとした。あと少し――できるだけ多く真琴の笑顔を見たい。

「キスしていい?――触れられないけど」真琴は困ったように笑いながら「いいよ」と目を閉じた。


 喧嘩して、仲直りをしたあの日から、僕たちはお互いを更に大切にするようになった。話し合ったりした訳ではない。残りの時間を大切にしたいがために、自然とそうなったのだ。それでもなるべく普段通り、普通の生活を心がけた。僕がいなくなった後、真琴がこの部屋で一人で生きて行くために、ちょっとした思い出をたくさん置いていくんだ。それが真琴の望みなのだ。

 一緒に本を読んだり、料理を作る真琴とおしゃべりをしたり、真琴が眠る前に歌をうたったり、真琴が寝ぼけながら言う「おはよう」の後にキスをしたり。

 肉体が存在しない僕にできることは本当に少ない。それでも、精一杯二人でできることをした。悲しみに呑まれないように……


 「ただいまー」今日も忙しかった。公務中ふと気づくと佑がいなくなっていた。まさか、このままお別れなんてことないよね……不安で押し潰されそうだったが、必死にこらえ公務を全うした。我ながらよく頑張ったと思う。私の心がこんなにざわついていることを誰一人として気づかなかっただろう。一人になっても大丈夫。そう佑と約束したんだ。

 急いで家に帰ってきたけど、やっぱり佑の姿はなかった。気を抜いた途端、身体が重くなった。私はドサっと力無くソファーに座り込み、佑のいない部屋で一人途方に暮れていた。

 

もう、会えないの?


この部屋に一人きり……静寂が真琴を包み、心を抉っていく。一人になると、決意が揺らぐ。大丈夫。ではないかもしれない……


「真琴――ただいま」佑が呑気な顔をして目の前に立っている。というか浮いている。思わず抱きつきそうになったが思いとどまった。佑を抱きしめることはできないのだ……

「佑……もう会えないかと思った……」力が入らない。

「ごめん――。女神様に呼ばれて、行ってきたよ」

「そっか。それで、何だって?」

「あと、三日――あと三日でさよならだ」

覚悟はしていた。それでもやっぱり寂しい。行かないでって縋りつきたい。でも、そんなことをしても仕方がない。佑は成仏しなくちゃいけない。

「三日かぁ……大切に過ごさなくちゃね」

「うん」

私はカレンダーに目をやった。三日後――十一月二六日。

「佑。私、明後日休みなんだ。一緒に海に行きたいな。どう?」

「もちろん。どこの海にする?新潟以外で」

 やっぱり。そう言うと思った。

「大洗がいいかな」

「そうしよう」

「お風呂入ってくるね。すぐ出てくるから、どこにも行かないでよ」

「うん。わかったよ」真琴は小走りで駆けていった。


「今日はゆっくり話す時間がなかったね。明日も早いからもう寝なくちゃ。でも、突然さよならじゃなくて本当に良かった」真琴がウトウトしながらそう言った。

 僕がいなくなって、本当に大丈夫かな……それだけが心配だ。でも、真琴なら大丈夫。そう信じて、その言葉はそっと胸にしまおう。

「今日も歌ってくれる?」

「もちろんだよ。うーん、何がいいかなー?」

 少し考えて僕が歌い始めると、真琴が飛び起きた。

「どうしたの⁉︎」

「佑の歌、録音しちゃダメ?スマホで撮れないかな?」 

「えーっと。多分撮れないと思う……真琴以外には僕の声は聞こえないから。録音はできないと思う。あと、僕がいたことっていうのかな、その痕跡を残しておくことは禁止されているんだ」真琴をできるだけ傷つけないように……僕は慎重に言葉を選んだ。

「ふーん。そっかあ。まあ、そうだよね。わかった。大人しく寝るわ」真琴はとても残念そうだ……不貞腐れた真琴がなんとも子供っぽくていじらしい。

「ごめんね……」真琴はまたゆっくりと横になった。

「何で佑が謝るの?ルールなら仕方ないじゃん」

「じゃあ、歌うね」

「うん。いつもありがとう」

真琴はそっと目を閉じた。


 あれからあっという間に一日が過ぎ、今日は真琴との約束の日。大洗海岸に来ている。真琴はここの少し荒い波が好きだそうだ。僕たちは前みたいに、二人並んで砂浜に座っている。周りには誰もいない。僕たち二人だけだ。こうしているとこの世界に二人きりのように感じる。


 この時間が永遠に続けばいいのに……波の音と心地よい風が頬を撫でていく。そして、佑が側にいてくれたら。それだけで充分だ。


「佑に会いたくなったら、ここに来るよ。それに、お墓もあるしね。やっぱり、遺骨を引き取って良かったな」

 真琴は穏やかに微笑んだ。

「海を見てると、地球って丸いんだなって実感するよね。普段は全く気付かないけど」

 僕たちは他愛も無い話を延々とした。話は尽きることがないが、時間は刻々と過ぎていく。朝早く出てきたのに、もう昼過ぎだ。

「少し冷えてきたな。お腹もすいたし、そろそろ行こうか。大洗水族館のフードコートの海鮮丼が美味しいんだよ」

 真琴は海鮮丼を注文して、海の見える窓際の席に座った。平日だからだろうか、人はまばらだ。


 僕たちはもうすぐ離れ離れになる……


 あと一日。


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