1話 出会いと別れと
「ねえ、私がここから落ちたら、君は何をしてくれるのかな?」
高校の入学式をサボり、街をぶらついていた僕は、知り合ったばかりの女の子と橋の上で会話していた。
県境を流れる川の上にそびえ立つこの橋は、今にも崩れ落ちそうで、技術革新の末に忘れ去られた巨大な何かに過ぎなかった。
「それは、今ここで死ぬって言ってるんですか?」
いくら下に水が流れてるといっても、この高さから落ちれば無傷ではすまないだろう。
当たりどころが悪ければ普通に死ねる距離だ。
「何をするかって聞かれても、まだ出会ったばかりじゃないですか。目の前で自殺されるとしても、制服が同じなだけでそれ以外何も知らない相手に、どうもこうもないですよ。」
何もしない。興味がないと。力強い言葉で伝えても彼女は僕を見つめながら
「じゃあ、今から君に私のことを知ってもらうね」
そんなセリフをこの橋に埋めた。
彼女は、結局橋を飛び降りることさえなかったが、入学式から3ヶ月以上経った今でも学校に来ることはなく、同じ屋根の下で暮らす家族にすら、目撃されていないのだという。
***
彼女に出会った翌日、僕は休日にも関わらず、早起きしてあの橋に向かって自転車を漕いでいた。
昨日の入学式は金曜日に行われ、クラスの面々はすでに顔合わせを済ませいるだろう。仲良くなった人たちはこの土日で遊びにいったりしているのだろうか。
僕だってそこらへんにいる一般男子高校生だ。新しい人たちの顔は知りたいし、部活に恋愛だってしたい。
その欲を叶えるためにも、第一印象はマイナスなものにしたくないと思っていたのに。
入学式からサボらされる羽目になるなんて想像もしていなかった。
そう。彼女に出会わなければ、あたり前に入学式には出席していた。
僕をサボらせた諸悪の根源である彼女に対してムカついているはずなのに。
ほぼ無意識で自転車を走らせているのだから、僕は彼女によっぽど魅了されているのだろう。
こんな朝早くににわざわざ自転車で街を駆けるなんていつぶりのことだろうか。
4月の風は半袖には少し冷たく、ほのかに夏の香りすら感じる。
それにしても、この街に住んで計8年になるというのに、あんな橋があったなんて知らなかった。
確かに県と県をつなぐ橋は存在している。橋を渡った先には駅や大型ショッピングモールが数個あるし、河川敷では少年野球チームがよく練習している。ランニングコースも整備されているし、自転車で沿っていけばちょっとした古きお城も見に行ける。
夏にはこの街と川を挟んだ向かい側の街の2つが同日に花火大会をして、1年でも1番の盛り上がりをみせる。
これほど住民に馴染み深い川沿いだというのに、あれだけ大きな橋の存在を8年も知らなっかのは正直不思議でたまらない。
そう。不思議でたまらないのだ。
20分ほど自転車走らせた僕は、目的地であるはずの場所が目に入ると共に絶句した。
昨日は確実にあったあの橋が、綺麗サッパリ消えていたからだ。
わずか一晩にして崩れたのか・・・?あの巨大なものが・・・?
消えているというより、何者でしかなかったものが、何者でもなかったように。まるで存在そのものが鏡の中であったかのように。流れる水の音だけが、辺り一帯に透き通っていた。
昨日橋に埋めた言葉を掘り起こすように、川の中に手を入れたが、当然そこには何も無い。
掘り起こす橋が存在から無いのだから。
崩れ落ちたならあるはずの断片すら、当然無い。
有るのは気ままに暮らすただの水生生物だけ。
僕が立っていたあの橋は一体なんだったのか?そもそも昨日は本当に彼女にあっているのか?実は入学式にはちゃんと出席していて、疲れているから変な夢を見た、ということでは無いのだろうか?
僕はポケットからスマホを取り出し、連絡用のアプリを開いた。クラスのグループか、新しく友達追加したアカウントがあるはずだ。
そんな期待は刹那に破れ、僕は何を考えればいいか、まるでわからなくなった。
頭の中はからっぽの伽藍堂。
いくら考えてもアイデアなんて浮かばない。むしろそんな自分に焦るだけだ。
とりあえずこの思考をまとめてくれる何かを求めて、あたりを見渡すと、散歩をしている老夫婦が目に入った。そうだ、この人達に確認しよう。
「すみません。ここに橋ってかかってましたっけ?」
「橋?ほれ。向こうの方に、駅まで繋がっとる橋があるじゃろ。あの白くて車がたくさん通っておるやつじゃ。見えるかの?」
「いえ、その橋ではなくて、この場所に古びた大きな橋があったと思うのですが・・・」
「この街にすんで20年近くになりますけど、橋といえばむこうにあるものくらいで、この場所では見たことが無いですね。ね、あなた?」
「うむ、そうじゃのお。わしの関わったあの橋くらいしか無いじゃろうなあ」
老夫婦は優しくゆっくりを答えてくれた。やはり、元々ここに橋なんて掛かっていなかったのだろうか。
「そうですか。ありがとうございます」
老夫婦は笑顔で去っていった。ゆっくり話してくれたこともあって、僕は冷静になれた。
そもそも何をあれだけ焦っていたのか。僕にはわけもわからないが、昨日のことはそんなにも僕の衝動をかりたてるものだったのだろうか。
天使の様な悪魔のような。創作の溢れた日本社会に生きる高校生でさえ、表現できるような言葉が見つからない彼女に初めて話しかけられた言葉を掘り起こす様に、僕は昨日のことを思い出した。
初投稿。不定期となります。
ここまで読んで頂いた方、アドバイス等コメントしてくださると嬉しいです。