襲撃
ルミリスたちが鉱山に行っている間に、勇者パーティは遅れて街に到着した。その面々を見た住人がもしやと声をかける。
「勇者様ご一行ではありませんか?」
「ええまあ」
エイベルは少し得意げに肯定した。
「やはり!今日、旅人の少女から聞かれまして。本当に訪れてくださるとは思いませんでしたよ!」
「少女?」
「ええ、桃色の髪と瞳の子です。聖女様に似ていたのですが、似ているだけの別人だと言われてしまいました」
エイベルたちは顔を見合わせた。カタリナは断言する。
「ルミリス本人だろう」
「そんなに早く追って来れるものかしら」
「教会に怒られて慌てて追いかけて来たんじゃない?エイベルは本人だと思う?」
反応が鈍い。エイベル?とエメラが聞き直すとはっとして答える。
「さあ。どうなんだろうな。本人なら否定しないんじゃないか」
表面上冷静だが、内心それどころではなかった。仲間に嘘をついて置いてきたのだ。合流したら強引に彼女に迫ったことが知られてしまう。
「ちなみにその子はどこに?」
「さあ。まだこの街にいると思いますが」
宿の部屋でベッドに転がり、エイベルはどうしたらルミリスと会わずに済むかと焦りをつのらせた。
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ロドーが言っていた鉱石は普通使い道がないものらしく、鉄から避けて山積みにされていた。すんなり貰うことができた。街に戻るころには日が落ちて、乗り合い馬車から街の明かりが見えた。前の街では夜になると真っ暗だったが、ここは離れた所からも中の賑やかさが見て取れる。夜に営業している店が多いのだ。とっておいた宿では食事が出されないから、どこか酒場で夕食をとろう。
街の中に入ると、何か妙だ。道行く人の顔が険しい。走って来た女性の声が耳に入った。
「魔族が出た!」
「勇者様が襲われたらしいぞ!」
どきりと心臓が跳ねた。一気に騒がしくなる車内で、ルミリスは御者に叫ぶ。
「下ろしてください!」
馬車を飛び降り、クライドも後に続く。逃げてきた人を捕まえて聞いたところによると、襲撃を受けたのはルミリスたちが泊まろうとしていた宿だった。
宿は屋根に大きく穴があき、黒く焦げ付いていた。中に飛び込むと店主のお爺さんがカウンターの後ろからふらふらと出て来た。彼の両肩を掴み、感情のままに尋ねる。
「皆さんは!勇者の方々はどこにいるんです!」
「う、上。上じゃ」
震える手で指さされた2階へ向かう。壁には獣が引っ掻いたような大きな傷がつき、床には客が倒れている。彼を助け起こして治療しながら、勇者の居場所を聞く。
「分からん……でも魔族は向こうに行った」
「ありがとうございます。他の倒れている方々を外に連れ出していただけますか」
動ける客に避難の手伝いを頼みながら、男性が言った方へ走る。廊下の壁に寄りかかっている、見知った青年を見つけた。
「エイベルさん!」
呼びかけに反応してぱっと上げたその顔は、絶望に染まり切っていた。ルミリスはかがんで怪我はないか、他の皆はどこかと尋ねる。エイベルは視線を揺らし、掠れた声で呟く。
「無理だ。勝てるわけがない……」
「しっかりしてください!」
怯えた様子で声を漏らすばかりで、会話が成り立たない。彼の体に大きな傷が無いことを確認して、彼の前のドアが吹っ飛んだ部屋に入る。中は酷いありさまだった。家具は破壊され、床には煤やベッドの綿が散乱している。
部屋を見渡し、穴の開いた三角帽子を見つける。ルーシーのものだ。
「ルーシー?ルーシー!」
屋根が崩れた瓦礫の下に、手が見えた。ぞっとして瓦礫に手をかけ、なんとかどかそうとする。
「手伝います」
クライドの助けで瓦礫をどけると、下敷きになっていたのはルーシーだった。息はある。彼女の体を仰向けにすると、太ももから腹にかけて深い切り傷があった。すぐさま怪我を治し始める。
「死なないで。どうか、どうか……!」
ふっとルーシーが目を開ける。痛みに顔をしかめながら、ルミリスとクライドを見る。
「ルミリス……」
「ルーシー!」
「もう、治癒は大丈夫。それより、エイベルとエメラの怪我を」
傷が完全には治っていないのに、片手を突っ張って体を起こす。
「エイベルさんは廊下で見つけました。エメラさんとカタリナさんはまだ居所が分からないんです」
「カタリナは……っく、魔族に連れ去られたわ」
「え……」
夜が明け、ルミリスはベッドの上で目を覚ました。怪我人の治療をして回って、力を使い切って倒れたのだ。残る怪我人たちは近くの病院に運び込まれた。幸い死者はなく、建物の損害もあの宿のみだった。ぐっすりと眠っているルーシーを確認してほっとする。病室を出ると、クライドがあの場にいた者たちに話を聞いていた。
「俺が見た限りじゃ3体はいたと思うぞ。突然現れて、嵐みたいに俺たちを吹っ飛ばしたんだ」
「顔は覚えていますか」
「顔?よく見えなかったな。とにかくでかいのがぐわーって来たんだ!」
絵描きの男が、俺は覚えているぞと手を挙げる。さらさらとスケッチブックに見たものを描いてみせた。みな体は人のようだが、頭部が狼の者が一人、狐の者が一人、完全に人間の男性に見える者が一人。
「魔族ってのはもっと人外の見た目をしてるもんだと思っていたが、人間みたいなのもいるんだな」
「一口に魔族と言っても色々いるんでしょうね。お話聞かせてくださってありがとうございました」
ルーシーのベッドを囲って座る。看護士が持ってきてくれた朝食を食べながら、ルミリスたちは話し合いをすることにした。まずルミリス置き去りの真相を知って、ルーシーは心底呆れた目をエイベルに向けた。
「しょうもない。まあ私も同罪だけど。逃げたって聞いて、役立たずは放っておけばいいって思ったわ。探す気も起きなかった」
傷のあった箇所に手を当てて、ぼそりと言う。
「悪かったわね」
「本当に思ってます?」
「思ってるわよ。ていうか貴方なんでここにいるの」
「ルミリスさんを送り届けたんですよ。感謝してほしいです」
ぴりついた空気になりそうなのを、慌てて止める。
「それはもう水に流しましょう。今はそれどころではありません。一刻も早くカタリナさんを見つけないと……」
その場で殺さず攫ったということは、まだ生きているはずだ。目的は何なのか。身代金を要求するということはないだろう。エイベルはうつむいて、豆のスープを一口飲んで言う。
「魔族って人間を喰うんだよな。特に女を狙うって聞くぞ」
「やめてください!カタリナさんは生きています!」
ルーシーが冷静に言う。
「それが目的だったら私もエメラも攫われるはずでしょ。そういえばエメラは見つかったの?」
「あぁ、まあ、うん」
エイベルはぎこちなく答えた。居所を知っているの、はっきり言ってとルーシーは苛ついた口調で問う。それでもエイベルは苦い表情でもごもご言うばかりだ。それには理由があった。突然立ち上がって、クライドが病室のドアを開ける。
「うわっ」
バランスを崩して、エメラが中に倒れこんだ。
「エメラ。無事だったのね」
「あー、うん」
喜ぶルーシーにクライドはぶっちゃけた。
「彼女、逃げたんですよ」
「は?」
ルミリスが小声で止めるが、クライドは言葉を続ける。
「勇者様は廊下で震えるばかりで、エメラさんは宿泊客を置いて逃げました。これが勇なるものとは嘆かわしいかぎりです」
「冗談でしょ……」
そのとき、窓を突き破って1羽の鳥が飛び込んできた。真っ黒いその鳥は、ガラスの破片の上でバタバタもがく。
「なっなんだ!?」
鳥はピタリと動きを止め、ひっくり返った体勢のままじっとエイベルを見た。
「何だよこいつ。気味が悪い……」
不意にその体がばしゃっと弾けた。エメラの悲鳴があがる。飛び散った血が勝手に動き出し、床の上で文字を形作った。
『聖女を連れてこい。さもなくばお前たちの仲間を殺す』
ぐてっと鳥が力を失う。割られた窓からひゅうと風が吹き込んだ。ルミリスは恐々と床の上に落ちた紙を手に取り開いてみる。それは地図の切れ端だった。血でバツが書かれている。ここに来いということだろう。
「ど、どうするんだよ」
「行きましょう。私に何の用があるのか分かりませんが、カタリナさんを返すつもりはあるようです」
「そうね。相手の言うとおりにするのは癪だけど、まとめて倒すチャンスでもあるわ」
ベッドから下り、準備をするルーシーを見てエイベルは顔をひきつらせた。
「い、嫌だ。俺は無理だ!」
「はぁ?行かないと仲間が死ぬのよ」
「無理だ……全員殺される。せっかく助かったのに」
エイベルは完全に心が折れていた。同じくエメラも部屋の隅で首を振る。彼らを冷めた目で見て、ルーシーは病室を出て行った。ルミリスはエイベルの手を取って、いたわるような口調で説得する。
「とても恐ろしい相手だったのですね。ですが全員の力を合わせることが必要なんです。お願いします、一緒に来てくれませんか」
「俺に死ねって言ってるのか!?お前は後ろにいるだけのくせに!危険を引き受けるのはいつだって俺だ。安全な場所で綺麗ごとばっか言いやがって……巻き込まないでくれよ」
説得しなければ、と思うのに言葉が喉で凍り付いたように何も言えなくなってしまった。エイベルの目はこちらを向いていない。ルミリスは立ち上がり、重い足取りで病室を出た。ついて来たクライドがため息交じりに言う。
「ろくでなしですね~。どうするんです?」
「私とルーシーさんで助けに行くしかありません」
「返す代わりに死ねと言われるかもしれませんよ」
「カタリナさんの命が最優先です。……ですが、相手の思い通りになるつもりもありません」
意思のこもった目を見て、クライドはふっと微笑んだ。