狩り
振動を感じて、ルミリスは目を覚ました。顔を上げると日はだいぶ下がっていた。
「あ、起きました?」
よいしょ、と地面に下ろされる。ずきりと脇腹が痛んで呻くと、慌てた様子で心配される。ルミリスは冷や汗を浮かべながらも大丈夫だと微笑んだ。痛む箇所に手を当てて癒しの力を使う。
「あの魔物は……」
「死にましたよ。森が広がったように見えていたのは、あの魔物のせいだったようです」
「クライドさんは、怪我してませんか?」
「このとおり、ルミリスさんのおかげで無傷です。ルミリスさんは動けそうですか?」
幸い骨は折れていない。打撲ならすぐに治すことができた。手を離すとあざの無い元通りの肌が現れる。
「大丈夫です。歩けます」
「ならよかった。私は薬も包帯も持っていませんから、自分で治療できるのは便利ですね」
ルミリスは曖昧に笑った。高位の神官なら大けがだろうとすぐさま治すことができる。ルミリスも、聖女ならばそれができるようにならなければいけない。しかし今の時点では時間をかけてゆっくり治すことしかできないのだ。密かにそれを気にして練習を続けているが、未だ成長を感じられていなかった。
「日が沈む前に夕飯の準備をしましょう。野生動物を狩った経験はありますか?」
「いえ。いつもカタリナさんかエメラさんが狩ってきてくれていたので」
「そうですか……困りました。私はただの吟遊詩人ですから、狩りのやり方は知らないのです。肉は諦めましょうか」
ルミリスは少し考えて答える。
「やるだけやってみようと思います。クライドさんは火をおこして待っていてください」
辺りは草原で樹の実がなっていそうな樹木は見当たらない。低木がぽつぽつ立っているその下に、唯一食料になる野生の獣が群れをつくってぶらついている。イノシシに似ており、背中に三本の線の模様がある。逃げ足が速いが比較的容易に狩れるらしい。名前は確かチャチャといったか。
無害ですよと手を後ろに組んで、そろそろと近づく。警戒心が薄いようで、かなり近くまで寄ることができた。意を決し、勢いよく飛びかかった。
「わっ!」
のほほんと草を食んでいたチャチャは寸前で駆けだした。ルミリスは草の上にべしゃっと倒れこむ。どうして。完璧なタイミングだと思ったのに。頑張ってくださーいと向こうからクライドさんの応援が飛んできた。口を引き結び、再挑戦する。だが何度やっても捕まえることはできなかった。狩りがこんなに大変だなんて。疲れてへたり込む。
カタリナとエメラは普段どうやって狩っていたのだろう。エメラは弓で遠くから仕留められるとして、カタリナは?すばしっこい獲物の動きに追いつく方法があるのか。あの大剣を投げるとか……?どちらにせよ自分には真似できそうにない。自分なりの方法を考えなければ。ふと足元に目を向ける。
「……そうだ。このやり方なら」
思いついた仕掛けをほどこして、チャチャの集団の後ろに回り込む。よし、やるぞ。息を整え、正面から突っ込む!驚いたチャチャは一斉に逃げ出した。うち一匹が転ぶ。すかさずルミリスは飛びかかり、小刀でとどめを刺した。
クライドはリュートを手入れしていた。焚火と食べられる野草の準備は済んでいる。さて、肉は手に入るだろうか。野草汁でもいっこうにかまわないが。成功確率は半々くらいだろうと思っていると、ずりずりとひきずる音が聞こえた。クライドは笑顔でそちらを見て、ぴくりと顔をひきつらせた。
「クライドさん!私やりました!私にも狩りができました!」
ルミリスは白い外套を血に染めて、両手でチャチャの足を持っていた。満面の笑みで、その目は興奮と達成感できらきら輝いている。殺人鬼のような見た目にぎょっとしつつ、クライドは彼女をねぎらった。
「凄いじゃないですか。食事は私が作りますよ。ルミリスさんは休んでいてください」
「お言葉に甘えさせてもらいます。少し疲れてしまって。もっと体力をつけないといけませんね」
ルミリスは恥ずかしそうに笑った。手際よく夕食を作りながらクライドは尋ねる。
「いったいどうやって仕留めたんです?半分くらい無理かなーと思っていたんですけど」
「草同士を結んだんです。背の高い草が多く生えていたので利用できるんじゃないかと思って」
ルミリスの考えた仕掛けはごく単純なものだった。結んだ草にチャチャの足が引っかかることを期待したのだ。拘束はできないが、転んだ隙に捕まえることができる。
「なるほど。地の利を生かしたいい戦法ですね。ところで殺傷に抵抗はないのですか?」
チャチャは正確に急所を突かれていた。慣れていないとこれは難しい。ルミリスは表情を硬くして答える。
「抵抗はありますが、生きるために必要なことだと学びました。カタリナさんに解体を教えてもらったんです。教会の方々は眉を顰めるでしょうけど……」
「いえ、責めている訳ではありません。聖職者は穢れを嫌うと聞いていたので意外だったんです」
「私は死を穢れだとは思いません。死と生は結びついているのですから、片方を忌避することはできないでしょう」
さすが聖女様だ、と茶化されて顔を赤くする。
「やめてください。半人前なのに」
クライドから目をそらして焚火の方を向く。ぱちぱちと火がはじけた。
晩御飯は格別に美味しく感じた。外套の血が落ちなかったことは残念だが、街で買い替えればいいだろう。夜番は交代の時間を決め、ルミリスが後になった。
「テントを使うのは久しぶりです」
「えっ雑魚寝していたんですか。ワイルドですね……」
少し前に壊れてしまって、使っていなかったのだ。クライドは若干引いた様子で、そばの木を利用してテントを張った。
鞄を枕がわりに布の上に横になる。ハーブの香りのする掛布にくるまった。心地よい疲労を感じながら、眠りに落ちていく……。