WebToon連載開始記念SS「ロラン卿のミンネのお話」
ロランは騎士の子だ。
精霊獣に変身することもできる。剣術はまだ教えてもらっていない。魔法はちょっと苦手だ。
茶色い髪をしていて、精霊獣に変身すると尻尾の先がめらめら燃えているたぬきになる。
女子からは「可愛い」と人気だが、男子からは「弱そう」と馬鹿にされやすい。
今日もそうだ。
全身が赤く燃える獅子に変身した友人が、ロランをいじめた。
だから、ロランは尻尾を丸めてぴゃっと逃げて背の高い草が茂る庭に隠れたのだった。
春特有の甘い香りを含んだ風に緑の草がそよぎ、近くの花の蜜を味わっていた白い蝶々がひらひらと飛びまわる。
安全地帯だ。
ほっとしていると、大人の声が聞こえてきた。
ロランは丸みを帯びた耳をひくりとさせ、聞き入った。
「公子は、獣の姿ばかり取っていると言うじゃありませんか」
「やはり、子育ては人と触れ合って情緒を育むのが大切だと思うのですよね」
「檻に入れるなんて……」
――公子様のお話をしているのか。
ロランは思い出した。
両親も、昨夜のディナータイムに公子のことを話していたのだ。
「アシル様はロランと同じぐらいの年齢だから、そろそろ学友を探される頃合いだろう。ロランには礼儀作法と話術の家庭教師を増やそう」
「まあ。ロラン。とっても光栄なことですよ、楽しみね」
お勉強が増えると言われても、ぜんぜん楽しみじゃない。
ところで、今おかしな言葉が聞こえたな。檻だって?
思わず首をかしげる。そのちょっとした動きで、近くの草がカサリと音を立てた。
「誰かいるのか?」
「ひゃっ……」
怖い気配と鋭い声がこちらに向く。
ロランは一目散に逃げた。ふらふらと迷い込み、ぼんやりと聞いてしまっていたが、ここはランヴェール公爵家の敷地内に違いない。そして、ただいまの会話は聞かない方がいい内容だったのではないか。
つまり、つまり……捕まったら大変なことになっちゃうかもしれない!
真っ青になるロランの耳に、少年の声が聞こえた。
「すいませーん。ぼくの飼い猫が逃げちゃって。でも、もう捕まえました」
「なんだ、お前か。気を付けろよ。ここは勝手に入ってはいけないと何度も言っているだろう」
あの声は、いじめっこだ。
もしかして助けてくれた?
翌日、おそるおそる本人に聞いてみると、いじめっこはふんぞり返って「感謝しろ」とのたまった。
「ありがとう……」
もともとぼくがお屋敷の敷地内に迷い込んだのは、きみのせいなんだけど。
そんな思いに蓋をしつつお礼を言うと、いじめっこは「うむ」と満足そうにうなずいた。とてもとても、偉そうだ。
「お前、公子様の学友に選ばれたらしいな。知ってるか? 公子様ってできそこないなんだ。人間になれないし、人間の言葉もしゃべれないんだってさ。野生の獣みたいで危ないんだってさ」
「へ……」
「お前、気を付けた方がいいぞ。噛みつかれたり、爪でずたずたにされるかもしれないぞ。それに、公子様って殺されるかもしれないんだ。大人の政治は怖いんだ。巻き込まれないようにしろよ。お前、とろいんだからさ」
「ええ……?」
いじめっこは本気で心配している口ぶりで言い、「俺が鍛えてやるからかかってこい」とファイティングポーズを取った。
もし本当なら、確かに、ちょっと鍛えたほうがいいのかも。
ロランはいじめっこに「それじゃあ、よろしくね」と言ってみた。ファイティングポーズを真似して、えいやっと殴りかかってみると、いじめっこはロランの拳をぱしっと受け止めた。
「とろいぞ。遠慮があるぞ。腰はもっと落とせよ。膝を曲げろ。姿勢を低くするんだ。俺の真似をしろ」
「うん、うん」
真剣に生き延びるために励んだ結果、いじめっこは友達になった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「そのいじめっこはアレクスといいまして、皇甥派に操られて公爵に敵対しかけたのですが、奥様が『操られているだけだ』と教えてくださったおかげで今日も家族と仲睦まじく生活しています」
「まあ。あの方でしたか。存じておりますわ」
公爵家では、ランヴェール派の夫人たちを招いた茶会が催されていた。
社交と結束を兼ねた集まりであり、余興として吟遊詩人も招かれている。
庭や回廊の警備にあたっていた騎士ロランは、その最中、吟遊詩人に目を留められた。
ランヴェール公爵夫人へのミンネが芝居にもなった有名な騎士ではないかと、興味津々で声をかけられたのである。ロランは公爵の機嫌を損ねない範囲で、市井に出回っている自分のイメージを壊さぬよう、絶妙のバランス感覚で返事をして、会話をうまく乗り切った。
ランヴェール公爵夫人ディリートは茶会の後で彼を労い、日ごろの献身ぶりに感謝したのだが、それに対してロランが「奥様には本当にミンネを捧げておりますから」などとドキリとさせることを言い出したのである。
言った後で本人も「誤解を招くな」と思ったのか、「敬愛や忠誠の意味です」と言いなおしたのだが。
「主君を幸せにしてくださり、友人とその家族の未来を守ってくださったのです。我らランヴェール派の誇る聖女様にミンネを捧げない騎士がおりましょうか」
物語として忠誠が語られるのは、誇らしいことではないか。
時折、忠誠が恋愛感情として語られて夫人方をきゃあきゃあ言わせたり主君に「そなたは人気があるようですね」と感情の窺えぬ声で探りを入れられることはあるが、そんなちょっとした特別な自分がロランは嫌いではない。
「奥様、アシル様との出会いの話をしましょうか。礼儀作法の教師に叩き込まれた挨拶を全部忘れて、たぬきの姿になってひっくり返って腹を見せたんです。大人たちが血相を変える中、アシル様はふんふんと鼻を寄せて、尻尾をこう……ふりふりと振って、ええ、ええ。お気に召してくださったんですよ……」
たぬきには愛嬌がある。言葉なんて、いらなかった。
ロランはそう言って実際にたぬきの姿になり、敬愛する夫人に「可愛い」と褒めてもらい、頭や尻尾を撫でてもらった。
そして、通りかかった主君アシルに「何をしているのですか」と、温度の感じられない声音で問われたのだった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
作品を楽しんでくださり、ありがとうございます。
SSタイトルにも書きましたが、なんとこの作品が5月3日からWebToon連載予定です。
先行配信サイトはcomicoで、タイトルが『やり直し悪女と様子がおかしい冷徹公爵』となります。
comicoのお知らせコーナーで1話がお試し配信されているので、ぜひぜひ見てください。
お試し1話:https://www.comico.jp/comic/coming_soon/14026
Web版、書籍版、WebToon版と、それぞれ楽しめてなんだかすごいですね。作者もびっくりしています。
WebToonはたくさんの方の力が合わさって作られていて、美しく大人っぽいカラー漫画になり、見ごたえがあるので、あんなシーンこんなシーン、あのキャラやこのキャラのフルカラーを皆さんにぜひぜひ楽しんでいただけたらと思います。
朱音ゆうひ




