お知らせSS「エミュール陛下がお可哀想?」
このたび、こちらの作品の発売日が決まりましたので、お知らせを兼ねてSSを投稿しました。
発売について:
タイトルが変更となり、株式会社indent/NolaブックスBloomで4月5日発売予定です。
新タイトル:『復讐の悪女、過去に戻って政略結婚からやり直したが、夫の様子がどうもおかしい。』
お知らせページ:https://nola-novel.com/bloom/novels/ewlcvwqxotc
どうぞよろしくお願いします!
「陛下は婚約者の令嬢とうまくいっていないという噂は本当でしょうか? 婚礼の予定どころか婚約破棄の噂もあるくらいで……お可哀想に」
「……エミュール陛下がお可哀想?」
ランヴェール公爵アシルは妻の一言で嫉妬した。
時は春。場所はランヴェール公爵邸の庭園。
咲き誇るカラフルな花々の香りに包まれて、公爵夫妻は手を繋いで仲睦まじく散歩中であった。
妻ディリートが自分以外の男に優しさを消費している。
それも、自分の主君に――あってはならない緊急事態だ。至急、なんとかせねば。
「ディリート。陛下はお可哀想ではありません」
「まあ、アシル様」
妻ディリートは春花の妖精めいた可憐なかんばせを曇らせた。
これはいけない。『マルクスの夫婦論』にも書いてある――「奥様がおっしゃることを頭ごなしに否定してはいけません。まずは同調。傾聴。そして、愛情です」――、
「ディリート。訂正しましょう。私も陛下がお可哀想だと思います」
「まあ、アシル様」
妻ディリートは不思議そうに首をかしげた。
それが何とも可愛らしい――衝動のままに抱きしめたくなる。
しかし、こういうときに抱きしめると誤魔化したみたいになり、不誠実に受け取られるリスクがある。これも愛読書で学んだ知識だ。
花の香りを含んだ風がふわりと吹き抜け、妻の春色の髪を揺らす。
ああ、麗しい。
私の妻は春花の妖精――いや、春そのもの。春の化身である。
うっとりとしつつ、アシルは言葉を連ねた。
「エミュール陛下は、婚約者と元々あまり上手くいっていません。政略的な婚約の上、陛下の側にはコンプレックスがあり、婚約者の姫君には『子供の見た目をした婚約者を異性として見ることは難しい』という問題があり……仕方なかったのです」
ディリートは他者の心情を自分のことのように想像できる妻だ。
彼女は「なるほど、それではうまくいきませんわね」と納得顔である。
アシルは妻の手を引き、中庭の一角にあるティータイム用のテーブルセットへとエスコートした。
壊れ物を扱うように椅子に座らせ、腕にかけていたブランケットを彼女の膝にかける。
春の庭園はあたたかいが、女性の体は冷えやすく、妻は妊娠中だ。
夫として、家族二人を大切に大切に守らなければならない。
「ディリート。しかも……陛下は……」
言いかけてから飲み込んだのは、「婚約者以外の女性に想いを寄せてしまったのです。しかも、相手は人妻」という言葉だ。
それを言えば間違いなく妻が抱く主君への評価は下がり、「お可哀想」とは言わなくなるのではないだろうか。
しかし……アシルの中に複雑な想いが生まれた。
「アシル様?」
「……いいえ。なんでもないのです。ディリート」
アシルにも実は主君への忠誠心があった。
それに、なにより――「妻とそのお腹にいる我が子の耳を俗っぽい話で穢すより、優しく美しい話で心を潤したい」という思いが湧いたのだ。
「ディリート。陛下と婚約者の方は、ずっと上手くいっていなかったのでお互いに上手くいっていない関係に慣れていらっしゃるのですよ。それに、陛下は最近めきめきとご成長あそばれていて、婚約者の姫君は少しずつ陛下を異性として意識するようにもなっておられるのです」
妻の目がきらりとした。
なんて嬉しそうなのだろう。
嬉しそうになった理由が「主君と婚約者が上手くいくかもしれない」という話なので、アシルは機嫌をすこぶる上昇させた。
「ディリート。そなたが愛している男は、私ですね」
ニコニコと妻を抱きしめて甘く口付けすると、妻はくすぐったそうに微笑んだ。
「……当たり前ではありませんか……?」
何を突然、と夫の嫉妬に気付く様子もなく呟く唇が愛しくて、アシルは幸せな気分で愛を囁いた。
「私もそなたを、愛しています。そなたの夫が一緒にいるのですから、他の男のことを考えるのは、もうやめましょう」




