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40、神は、なにか?

 泣きじゃくるティファーヌを抱きしめて、ディリートは自分もまた泣いてしまいそうになる。


「たすけて。たすけて。たすけてよう」


 あの炎の中で、どうにもならない現実の中、誰かに助けてほしかった自分。

 幼子の声は、それをどうしようもなく思い出させた。


「アシル様……第一皇子殿下は、お救いできたのでしょうか?」

 夫の名を呼べば、コクリと頷きが返される。状況は良いらしい――ディリートは、言葉を選んだ。

「ディリートは、第一皇子殿下の忠実なる臣下としてお傍に参りたいのですが……?」 


 そなたは「あの男」が心配なのでしょう。

 そんな声が聞こえるような無言の眼差しは、ティファーヌを見て「それも仕方ない」と思った様子だった。


 

 * * *

 

 城の中では、皇帝が信頼の厚い側近たちに囲まれて私室に立てこもっていた。皇帝の自慢の直属騎士が部屋の外で守っている。


「余は『戦争を終わらせた』と歴史に名を残す偉大な皇帝である。余は、傑物である。余を非難する貴族も民衆も、余より遥かに下の知能ゆえ、余のすばらしさを理解できぬのだ」

「陛下の仰る通りです」

「陛下は天才であらせられます。それに比べて外の連中のなんと愚かしいことか!」

 

 わかりやすい佞臣(ねいしん)に囲まれた皇帝は、部屋を守る直属騎士を順に褒めた。


「騎士デズロットは、余と同じくらいの天才である。彼は余が育てた。余の英才教育を受け、一日中剣を素振りしていても全く疲れることがないのだ。彼への恩賞は、並の騎士の5倍出している。余の良待遇ぶりに感動するとよい」

 

「騎士カフェインは、心の友である。余ととにかく馬が合う。ソウルフレンドといっていい。一緒に『余たちは最強』という歌を歌ったりもするのだ。彼といると気分がいい。もちろん彼への恩賞は、並の騎士の10倍出している。余の良待遇ぶりに感動するとよい」

 

「騎士ハラヘッタは、若い。面白味はないが真面目な奴で、率先して雑用係をするところが可愛い奴だ。彼は便利なので、どんどん働かせたい。彼への恩賞は、並の騎士の2倍出している。余の良待遇ぶりに感動するとよい」

 

 部屋の外で、騎士ハラヘッタが「いや、そんなに貰ってない」と不満を打ち明けた。


「恩賞は、並の騎士の三分の一なのですが? 良待遇どころか、ボランティアみたいに働いていますが? それに対して陛下は『皇帝の直属は名誉だろう? やりがいがあるだろう? なんじは未熟ゆえ、他の者と同等の扱いが貰えると思うほうがおかしいよな? 働けるだけでありがたいよな?』と仰った記憶がありますが?」


 その言葉にデズロットも頷く。


「並の騎士の5倍もいただいてないです。それに、騎士カフェインより自分のほうが優れていると思うので、日頃から扱いの差が面白くないと思っていました」

 

 すると、実はもうひとりいた騎士モルモッティが「私は触れられてすらいないのですが、これがいつもなのです。他の皆を称える陛下の声に『その通り』と言いつつ、いつ私を褒めてくれるのかと待ち続けていましたが、今日までずっと空気のように扱われているのです。恩賞ってなんですか?」と悲し気に告白した。


 ちょうどやってきた第一皇子派が「そこを通せ」と言うと、騎士たちは「どうぞどうぞ」と次々と寝返った。

 そして、皇帝は捕まったのだった。


 

 * * *

 

 ディリートが夫であるアシルと共に城に行くと、玉座の間には役者がそろっていた。

  

「イゼキウス、捕まってしまったのかっ……逃げよと命じたのに。ああ、エミュール。エミュールよ、イゼキウスはたったひとりの妹の子なのだ……お前の父がどんなに妹を愛していたと思う? 妹に良い思いをさせてあげられなかった分、妹の子には良くしてあげたいのだ。せめて温情を。情状酌量を。殺してはならぬ。私の大切な妹の子なのだ……」

 

 皇帝は捕えられたイゼキウスを見て、大いに嘆いた。

 皇妃はというと、そんな皇帝に寄り添って「あなたは、シスコンという病なのではないでしょうか?」と泣いている。


「あなた……? あなたは……私との間にできた子より、甥が大事なのですか。いいえ、甥というより、妹が大事なのですね? エミュールが哀れではありませんか……民のことは? その甥は、民に病を撒こうとしたというではありませんか……?」


 夫があまりにも異常で、理解できない。

 本人が主張していたような『正義』とはあまりにかけ離れている――皇妃の目には、そんな哀しみと軽蔑の色があった。


「我が妃よ、もちろんだ。もちろん息子にも愛はある。民も慈しむ気持ちはあるぞ……だが、妹がぁ……」

「あ……あなた……もう、それをおやめになって。聞きたくありません……っ」

 パシィッという小気味の良い音がして、皇妃が皇帝の頬を平手打ちした。皇帝は驚いた顔で「余は偉いのに。天才なのに」と繰り返した。


「うぇっ、気持ち悪い」

 イゼキウスはそんな皇帝に遠慮なく(しか)めた。

「叔父上はシスコン。そして俺はマザコン、と」

 イゼキウスには、自覚があるらしかった。

「国中の罪人には『皇妹の隠し子』って名札つけるのを勧めてやりたいね。どんな罪人でも許されるだろうよ……と、いうのは昨日までか。皇帝ももう終わりだろうから」

 


 第一皇子派により西の幽閉塔から救われたエミュール皇子は、そんな父皇帝に哀しい眼差しを注いだ。

 

「父上は、お疲れなのですね……」

 

 エミュール皇子は、母を見た。

 母が泣きながら見つめ返す瞳には、息子への愛情と憐憫(れんびん)もあった。エミュール皇子はそれに少しだけ安堵したようだった。

 

「幽閉塔は、過ごしやすい場所でしたよ。私はなかなか気に入ったのですが、親愛なる父上にお譲りします。お休みください」

 

 父皇帝が幽閉塔に連れて行かれるのを見送るエミュール皇子は、「あなたの息子エミュールに子供をつくる能力がないのがイゼキウスのせいであること、今日まで何度も暗殺されかけて苦しんだのだということを忘れないでください」と付け足した。


 

「私の聖女、私のジャンヌ……と呼ぶと、ランヴェール公爵が嫌な顔をする。ふふっ、健康によいではないか」


 エミュール皇子は、臣下を見て笑顔をつくった。


「神は、なにか?」


 エミュール皇子に問われて、ディリートはしずしずと前に出た。


 最初に出会ったときのように洗練された所作で礼をすると、時間が戻ったような心地になった。


 自分が聖女だと言えば、神の声を聞いたのだと(おごそ)かに告げれば、エミュール皇子も他の全員もディリートを信じるだろう。

 しかし、今のディリートはそんな嘘はつきたくなかった。


 ただ、ありのままの自分として、この主君に自分の心を伝えたいと思ったのだった。


「我が君、敬愛するエミュール皇子殿下。ディリートは申し上げなければなりません……」


 まっすぐに言葉をつむぐと、主君は「うん」と頷いた。

 子供のような姿の主君は、確かに少し背が伸びたかもしれない。

 ディリートはそう思いながら、語ったのだった。

 

「私は、一度処刑されたことがございます」



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