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偽物聖女ですので居なくなってもよろしいですわよね?〜それで国が滅んでも、わたくしは知りませんけれど〜

 


「偽物聖女、クリスティーナ・フラトー! お前との婚約を破棄する!」


「はい」


 わたしはずっとこの時を待ちわびていたのです。

 この忌々しい第三王子エーリッヒ殿下と別れられるよう、ずっと努力してきたのですから。


 彼の成人記念パーティーというこれ以上ない晴れの場、つまり皆の注目を集めている日に騒ぎを起こしてくれたことも、わたしにとって良いことしかないです。


「お前はこちらのペトラ・ヴェルニッケ男爵令嬢を虐めた上に……。おいっ、待てぇっ!!」


「……何の用でしょうか?」


 清々した、と言わんばかりにサッと踵を返してその場を立ち去ろうとすると、呼び止められてしまいました。


「何の用、ではないだろう! 俺の愛するペトラを虐めておいて、何だその態度は!」


「虐めてなどおりませんよ。そちらの方が勝手にそう仰っているだけです。

 しかし、それもどうでも良いことではありませんか。もう会うこともないでしょうから。

 では、ごきげんよう」



 これまでに一度たりとも彼に向けたことのないような満面の笑みを浮かべ、堂々と退出する。

 そんなわたしに気圧されたように道を開けられたのも心地良かった。







 彼はご都合主義で夢見がちな方だから、わたしが泣いて縋るとでも思っていたのでしょうけれど、そんなことはありません。


 というか、この状況下で女の子に縋り付いて貰えるほどの人間性があると、本気で思っている方だから嫌なのですけれどね。







 思い返せば、彼との、いえ、この国での思い出には何一つ良いものがありませんでした。

 遠い北のはずれの寒村で生まれたわたしは、『救国の聖女だ』と言ってこの神殿にまで連れて来られました。

 当時七歳でしかなかったので、家族と引き離されることが何よりも辛かったです。


 そして、毎日祈りや神事を強制され、どれだけ体調が悪くて倒れそうになっても無理やり続けさせられました。


 故郷の村は寒く貧しいところでしたが、どれだけ帰りたいと言っても帰らせては貰えません。


 そしてそのうちに、わたしのふるさとは魔物によって壊滅させられたと教えられました。

『聖女の祈りが足りないせいだ』として。



 その時のわたしの気持ちを、少しでも考える能力が彼らにあれば良かったのですが、それからも神事が減ることはなく、むしろ増えていく一方でした。



 神に捧げる祈りを行うには多くの体力を使うというのに食事も睡眠も満足に与えられず、疲れきっていた最中に、第三王子との婚約が成されました。



 もちろん王子の相手をする体力気力があるはずもなく、待つように伝えられた部屋で眠るだけ。

 そんなわたしが嫌になって他の女の子と仲良くするのは一向に構わないのですが、相手の子がわたしを陥れるように虐めてきたのには参っていました。


 まあ、それも今日で終わりです。







「ティーナ、呪いは解かれたか?」


「えぇ。これで、わたしは自由です!」


 真っ直ぐに王城から出たわたしを爽やかな笑顔で迎えてくれたのは、漆黒の髪に深紅の瞳という、『魔族』の特徴を持つ青年、ジスルガートです。



 彼と出会ったのはもう五年ほど前。

 ちょうど、故郷が滅んだと聞いてわたしが打ちのめされていたころ。


 初対面のわたしに、彼はこう言いました。



「お前の故郷は滅んでいない。何故ならば、あの村は魔族の村だからだ。

 おかしいとは思わないか? あそこまで過酷な環境で、人間が生きていけるはずがないだろう?

 何故村があるのか、それは我々が魔族だからだ。

 俺と共に行こう、そして、この国を魔族の物にするのだ」



 高らかにそう言う彼のことを、わたしは全く信じられませんでした。


 でも、それから彼は長い時間をかけてわたしに多くのことを教えてくれたし、魔力の供給もしてくれました。それがあってもギリギリの体力でしたから、もし魔力がなければわたしは死んでいたかもしれません。



 それに、やはりこの国を魔族の物にするために滅ぼす、ということに当時のわたしは罪悪感を覚えていました。


 この国に生きる人もいるのに、という想いがあったのです。






 しかし、その想いは日に日に薄れていき、ジスルガートと共に魔族の国へ帰りたいと思うようになりました。



 そんな時に分かったのが、王子との婚約魔術の中では、わたしの身柄を王城内に留め置くと定められているということ。

 そこまでするか、と思うと共に、意地でもこの契約を解かなければ、と行動してきました。

 そんな努力が実ったのが今日の婚約破棄。


 これで、わたしは王子の呪いのない、自由な状態になれたのです。





「それで? ティーナの気は済んだのか?」


 ジスルガートは冷たい笑みを浮かべてそう言います。


「えぇ。この国には、何の未練もありませんわ」


「そうか、それは僥倖。ようこそ、我らの世界へ。いや、おかえり、というべきか」



 ……不意に、涙が零れてしまいました。

 おかえり、などと、前に言って貰えたのは一体いつだろう、と思えてしまって。


 この国の人々とは、それほどまでに遠い関わりしか持っていなかったのです。



「ティーナが居るから、人族の国への攻撃は控えて来たが、もう気にする必要はない。

 もしも人族が他の民族にも心を開くものたちであれば手を取り合うことも考えたし、そうなるかどうか、ティーナを見守りつつきちんと観察してきた。

 しかし、人族は同じ人族の聖女と言われる大切な人物ですら粗末に扱うと分かっただけだ」



 ジスルガートの言葉には全面的に同意できました。

 彼らを救うなど、絶対にしたくない。

 聖女であることがどれだけ苦痛だったか。



「わたしは『偽物聖女』だそうですからね。居なくなっても、何も変わらないと思っているのでしょう」


 実は、予言は正しかったのかもしれない。

 祈りはともかく、わたしがこの国にいる間は魔族が来ることもなかったのだから。


「偽物、か。自分たちが連れ去ったクセにな」


「あははは、本当にそうよ。

 でも、もう何もかも良いの。わたしは、自由になれたから」




 ジスルガートと二人で並んで、王城の外へと歩き出す。

 たった数日後には、この城も魔族のものになるのね、なんて思いながら。



 ❖ ✾✤ ✾ ✤✾ ❖


「どういうことだっ!」


 未だかつて見たことのないような笑顔を向けて去っていった元婚約者を見送るしかなかった第三王子エーリッヒは焦っていた。

 彼の予定では、婚約者のクリスティーナは泣いてすがりついてくるはずだったのに、こうもあっさりと出て行かれてしまっては、父王に怒られるかもしれない。


「えぇ〜、でもぉ〜、出ていってくれてぇ、よかったじゃないですかぁ」


「それもそうだな」


 俺の愛するペトラは、クリスティーナと違ってとても可愛い。

 祈りだ何だと言って誘いを断ることもないし。


 などと軽く考えて居られたのはその日の夜更けまでだった。


「エーリッヒ殿下ぁ! 魔族が襲ってきていますぅ〜! 助けてくださぁい!」


 ペトラの悲鳴で叩き起されたエーリッヒは、窓の外を見て絶望する。

 街は炎に包まれ、夜空には魔族が使役している魔獣が我が物顔で飛び回っていたからだ。


「どけ! 邪魔だ!」


「殿下ぁ〜!」


 助けを求めるペトラを突き飛ばすようにして着の身着のまま逃げる。

 王族しか知らない隠し通路を通って出てきた先は、何も無い森の中、そのはずなのに。




 ……魔獣の大群が待ち構えていた。




「俺のティーナを長きに渡って傷つけ続けたこと、あの世で後悔するが良いさ」


 全く見覚えのない魔族の青年に、想像を絶するほど冷たい視線で貫かれながらそう言われたのが、彼の最後の記憶となった。





 恐怖に慄いたその死に顔をみて、ジスルガートは満足気に微笑んでいたのだった。




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