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幽霊カップル

作者: 尾崎椛

星が瞬く夜に若い男が一人、岬に立っていた。男のすぐ前は崖となっており、十数メートル下では白波が崖に縋るように打ち付けていた。

そんな危険な場所に佇む男は気にせず物思いに耽っていた。

学生とも見える男は白く痩せこけ、目元にくまを作っていておよそ健康的と呼べる状態ではなかった。


男はまるで幽霊のようだった。


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僕は幽霊になったようだ。

最後に見た光景は、左目に焼き付くヘッドライトの光だった。

次に目覚めたときにはもう、あらゆる感覚が薄れ鈍くなっていった。

最初は悲しかったけれど、すぐにこの体にもなれてきた。食事に頓着しなくていいし、睡眠もあまり必要ない。


僕にしては意外と早く切り替えられたなと思う。なにせ死後の世界というのは暗く辛いところを想像していたから、またこの世に幽霊として戻ってこられるとは思ってもいなかった。おかげで心残りだった彼女のこともこうして見守っていられる。


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彼女とは高校生の時に付き合い始めた。まだ付き合い始めてから三年も経っていなかったはずだ。文学研究同好会などという、廃部寸前の何をするでもない部活で僕らは知り合った。


知り合ったというのは少しおかしいか。その部には自分と彼女、そしてひとつ下の後輩を含めた三人しか所属していなかったのだから。だから彼女と付き合うようになったのもなにか特別なきっかけがあったわけではなかった。

その後輩も彼女とは中学から仲がよく、男女二人しかいない部に入部してきたのもそんな関わりがあったからだ。

後輩は僕らの仲をよく取り持ってくれた。


こんな僕たちの関係は僕と彼女が大学に進学しても続いた。彼女と一緒の大学に通おうと約束しておいて、僕はしっかりと志望校に落ちた。よくある話だ。彼女は東京へ出て、大学近くのアパートで一人暮らしを始めた。ホントは僕も近くに住んで色々と助けてあげたかったのだが仕方がない。僕は母校の高校からそんなに離れていない大学に籍を置くことにした。それでも恋人関係は続いていた。



高校三年生になった後輩に助言をもらいながら、休日にはよく東京に出向いて彼女とデートを重ねた。大学の入学までに取っておいた免許を利用して、親の車を借りて東京に向かった。後輩も一緒になって、二人で彼女のアパートに遊びに行くこともあった。


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幽霊になってからというもの、僕は彼女を見守るために東京のアパートに入り浸っている。彼女はときおり寂しそうな顔を見せながらも、僕がいない日常に慣れつつあるようだ。少し寂しいけれど彼女が元気にこの先の人生を歩んでくれるなら僕は満足だった。


たまに後輩が一人で彼女のアパートを訪ねてきていた。後輩はすでに気持ちを切り替えたのか、寂しそうな顔ひとつせずに彼女の方を見ている。


「先輩、しっかりご飯食べなきゃだめですよ。肌も荒れちゃうし。」

こんな調子で気にかけてくれている。いつか僕が何かの拍子に成仏してしまっても、この子が彼女を一人にはさせないだろう。


「じゃあ先輩また来ます。」

そうやって後輩は部屋から出ていった。閉じかけるドアの隙間から見えた横顔は薄っすらと上気しているようだった。


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幽霊となってから一ヶ月が過ぎた。相変わらず僕は無気力に彼女の生活を見守っている。最近気づいたことがある。それは彼女の声がだんだん聞き取りづらくなっていることだ。幽霊になって最初ははっきり聞こえていたのに最近はおぼろげにしか聞こえない。


僕なりに考えてみたが、自分の中の霊力みたいなエネルギーが無くなってきているからだと考えている。彼女の生活を見守ることができたことに満足しているからかもしれない。成仏する日が近いのだろうか。まだもう少し彼女のそばにいたい。


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幽霊となって二ヶ月がたった。

いまの僕は霊力をかなり失ったような状態のようで動くのも気だるい。視界がぼやけて町中では彼女を見失うことも多くなった。

最近彼女の感情の起伏が小さくなっている気がする。驚くようなことや楽しいことがあってもあまり反応を示さない。


アパートに訪ねてくる後輩も心配している様子だ。食事のことや身の回りのことで色々と言葉を投げかけていた。そんな後輩と向き合っている彼女の様子はひどく無感情に見えた。


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幽霊となって三ヶ月が経ったある日、後輩がまたアパートに遊びに来た。部屋に入るやいなや後輩は涙を浮かべながら駆け寄った。

「ごめんなさい先輩、私があんな事言わなければ。ごめんなさい。」

彼女は泣きじゃくりながら赦しを請うていた。その涙の溜まった瞳は彼女ではなく僕を捉えているようだった。


後輩にはそんな顔をしてほしくなかった。後輩には彼女と笑顔でこの先も暮らしてほしかった。そんな彼女らを見ていられなくて僕は部屋を飛び出した。去り際に見た彼女がどんな顔をしていたかもう思い出せなかった。


アパートを飛び出した僕はひたすら歩きながらどうするべきか考えた。僕は彼女たちに触れられないし、言葉も届けられない。考え抜いた挙げ句、幽霊になった僕にはどうしようもない問題だと悟った。

幽霊になったことを久しぶりに悔いた。後輩が何についての赦しを得ようとしていたのかそれだけがモヤモヤとつきまとっていた。


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僕はあのアパートに帰れなくなっていた。あんなに悲しそうな後輩や彼女の姿はもう見たくなかった。重い体を引きずって歩き続けた。

そうしていつの間にか海に囲まれた岬についていた。

遠くでクラクションが聞こえる。

岬で一人海を眺めていると、あの時の光景が蘇ってきた。


ヘッドライトに睨まれ光線が目を貫く。

僕らが乗る車に質量が近づく。

光に照らされ影が濃くなる。

僕の隣りに座っていたのは。



「一緒に星を見に行くってのはどうでしょう。私はそんなロマンチックなデート、憧れちゃいます。」


頭の奥底で後輩が発した言葉がこだまする。

そうだ、僕は生きる意味を見失ってしまっていた。だから僕は幽霊だった。

ならば僕が見ていた君は。



「そこにいるのか。」

そう言うと男は一歩前に踏み出した。

人が人を忘れるときの順番を聞いたことがありますか?

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