猫 短編
初めましての方は初めまして。そうでない方、いらっしゃいましたら嬉しいです。普段、遅筆に遅筆を重ねている私ですが、今回、2.22って、猫の日だよね、ということで、気分転換がてら短編に挑戦してみたいと思います。果してこれはSFか、仔猫の夢か。湧き上がる猫愛の赴くままに書き綴ってみようかと。皆様のよき暇つぶしになれましたなら幸いです。
惑星 MTTBー222 統一宇宙軍
イエローストライプ大佐の手記
統一歴 ニ八五年
我らが故郷たる惑星を失ってより、早数年。
かつては数十万を誇っていた我らが種族も、残すところ約八千弱。見る影もない。
母星の崩壊をもたらした、Mーラクトン、並びにβーフェニルエチルアルコールを含む鉱物資源の乱掘。その結果、惑星核の崩壊を招いてしまった。
全くもって愚かしいことではあるが、何のことはない、他ならない自分もそれらの資源を基にした技術の恩恵に浴していたのだから、私もまた、愚かだったということだろう。
––––兎も角も、惑星崩壊の混乱の最中、軍の主導の元に惑星脱出作戦は決行され、完成間近であった巨大宇宙船『CANET 1』は、最終偽装を断念、取る物も取り敢えず、といった体で政府高官、軍部を始めとした人々を乗せ、出航した。
かくて我らは、旗艦『CANET 1』を中心として、戦艦・護衛艦から、商会所有のキャラバン船に至るまで、およそ搔き集められるだけの船を以てして一大宇宙船団を築き、避難の間に合った民間人と共に、何処にあるとも知れぬ新天地を発見すべく、宇宙の放浪者となったのである。
故郷の大地そのものより追われるがごとくしての出航より、半年ほどが過ぎ。
科学技術庁のもたらした見解により、我らが種族の新天地たりうる惑星の候補地が複数にわたり判明。ただし、何れも別方向であったため、上層部の下した決断は––––
「単独任務、でありますか?」
「そうだ。母星を追われて半年。民間人の間には、我々上層部への批判の声も上がりつつある。彼らに必要なのは希望だ。しかし、我々はその答を与えられず、時間もない」
「…………」
「そこで、だ。君たちにはそれぞれの候補地に赴いてもらい、実地調査を行ってもらいたいのだ。……二度と戻れなくなるやもしれん、危険な任務だ。故に、君たちには拒否権がある」
種族の未来を占う、重大任務。だというのに、任務への参加が我々の自由意志……何故だ?我々は種族の、民を守るための歴戦の精鋭部隊。任務に異を唱える者などあろうはずがないというのに。
「……質問であります。我ら一同、軍人となり、国と民に身を捧ぐと決めてより、皆覚悟はできている者ばかりであります。それがなに故、拒否権などと仰られるのでありましょうか?」
……長い沈黙の後、僅かな苦悩の色を滲ませた司令は、重苦しい吐息と共に言葉を落とした。
「精鋭であればこそ、だ。––––今回の任務は、大統領閣下の直接命令ではあるが、現在の宇宙船団の状況を鑑みるに、守備力の減少、つまり、君たちのような精鋭部隊を、長期にわたり、或るいは永続的に失ってしまうことに、危惧を覚えないわけにはいかない」
普段の厳父のような表情を、この時ばかりは僅かに緩ませて、司令は続けた。
「であるからして、今回は私の方から具申をさせていただいた。せめて、選ばせてやっていただきたい、とな」
その一言に、思わず息を吞んだ。船団の安全のため、という言葉の裏に、我々隊員に対する、確かなお心遣いが感じ取れたからだ。
私は、じわりと胸に熱いものが込み上げてくるのを感じながら、姿勢を正す。
「司令のお心遣いは、しかと頂きました。それならば、隊長である私の気持ちは、既に決まっております。……我が爪と牙にかけて!この任務、喜んでお引き受けいたします!」
「……良いのかね?イエローストライプ大佐」
「はっ!勿論であります。ただ、その代わり、というわけではありませんが……」
私は後ろに振り返り、部下たち一人一人の顔を、目に焼き付けるように見てゆき、そして最後に、隊列中央で真っ直ぐに私を見返す、我が頼れる副官の肩に手を置く。
「シアン中佐。私の代わりに、隊の指揮を執ってほしい」
「なっ!ま……待ってください、大佐!大佐が行かれるのでしたら、わた––––」
「ダメだ、シアン。君には妹がいるだろう?アビーのことはどうする」
「––––––––ッ!そ、それは……」
この男、シアンと私は幼少の頃からの友であり、その妹のアビーとも、よく遊んだものだ。故に、この判断を個人的な感傷と言われれば返す言葉もないのだが、それでもやはり、護るべき家族がいるのなら、その近くにいるべきだと思えた。
「皆にも言っておく。家族や恋人のいるものは、できる限り残ってほしい。司令も仰られた通り、残って船団の護衛に着くこともまた、我々の大事な仕事だからな」
かくして、最終的に残った作戦参加人員は、私を含めて六名。探索候補となっている星系の数にも、辛うじて足ることになった。
探索に赴くメンバーは、私ことイエローストライプ大佐、ドライ中佐、リビー中佐、シャム少佐、ブッチ大尉、フォールド中尉の六名に決定。
「––––以上六名、準備が整い次第、直ちに作戦行動に移行致します!」
「うむ。諸君の作戦の成功を祈る。それと、これは私からの命令だ。……生きて、帰ってこい。必ずだ!」
「––––!拝命致します!我が、爪と牙にかけて!」
こうして、私達は種族の命運を掛け、各々の目的地に向けて飛び立った。
File.1 TPV 第三者視点での考察
こうして、未知の宇宙へと旅立ったイエローストライプであったが、ここで彼らについて、少々解説を付け加えたい。
彼らの母星、MTTB 222。その覇権種族とは、その見た目がすべからくして、地球で言う所の仔猫、成体となって尚、仔猫の姿をした種族なのである。
そんな彼が乗り込むのは、彼らの技術の粋を集めた最新鋭の宇宙船。単独での超長距離空間跳躍航法を可能とした探査船、デュオ シーベル、その一号機である。
その形状は、半筒形のドーム状。ありていに言えば、カマボコ、いや、にゃんこハウスのような形と言えばご理解いただけるだろうか。
司令と整備士達に見送られ、運命を共にする愛機に乗り込む。
程なくして、ロックボルトが解除されると、ふわりと浮き上がる機体。
牽引光線に導かれ、隔壁を潜り、船渠を抜ける。
操縦席に着いたイエローストライプは、コンソールパネル脇のスリットにカードキーを挿
入し、主機を点火。機体内部に生命が宿ったかのように、動力が行き渡る。
ブゥン、という、低く唸るような鳴動を聞きながら、各種機関の動作チェック。問題なし。
暫く慣性に従い、母船から十分な距離を取ったところで、目的地への正確な方向を指し示すガイドランプが、射出台のように暗夜の宙空に光線を描く。
姿勢制御用の補機を用いてガイド光の向きに機体を重ねる。コンソールの画面上に映し出された自機のシルエットが、方向を合わせるにつれ、赤光の点滅から徐々に青い色のそれへと移り変わってゆく。
『指向ノ同調ガ完了シマシタ。進行方向、ルートクリア。EN充填率、100パーセント。……』
合成された女声が、機体の状況を読み上げ、セイフティ・チェックを始める。
『––––システム、オールグリーン。発進マデノ カウントハ 60sec デス』
(いよいよだな。シアン、皆。暫しの別れだ……必ず帰ってくるぞ)
モニターに、母船の様子を映し、決意を新たにするイエローストライプ。
「………………?」
しかしてここで、船内に僅かな違和感を覚える。
「気のせい、か?……いや、何か……」
何かが、動いたような気がして、眇めるように辺りを見回す。
『発進マデ 残リ 30 29……』
機械音声のカウントダウンが進む。
––––と。操縦室内に、ゆらゆらと揺れる尻尾が。
「何者か!そこから出てこい!」
「––––ひゃあっ!!」
果して、姿を現したのは、彼の幼馴染。どこか人懐っこい笑みを浮かべたフォーンカラー、ピンクベージュの毛色の美しい娘、アビーであった。
「ア……ア……」
「てへへ……見っかっちゃった☆」
「………………アビー⁉」
「––––!––––?––––––––!!!?」
驚愕のあまり、碌に声も出せないイエローストライプは、何故?どうして?どうやって?と、身振り手振りで必死に訴える。
「だって、イエローお兄ちゃん、何にも言わないで行こうとするんだもん。もう、会えないかもって聞いたよ?だから……来ちゃった♪」
屈託のない笑顔で、あっけらかんと答えるアビー。その能天気さに軽いめまいを覚え、頭を抱えながらも、イエローストライプは掛けるべき言葉を探った。
「来ちゃった……って、お前なぁ。遊びに行くんじゃないんだぞ。それにシアンも心配するだろう……早く帰るんだ」
「やだもん」
ぷうっと頬を膨らませて、怒った様子でぷい、とそっぽを向くアビー。
「聞き分けてくれ、アビー。これから行くところは何が起こるか分からないんだ。命の危険だってあるかも知れない。この船が発進したら後戻りはできないんだ、だから早く降りてくれ!」
必死の説得を続けるも、彼女は頑なであった。そして、無情にもカウントは進む。
「言うことを聞くんだ、アビー!これは、皆の将来のための大事な仕事なんだ!絶対に失敗は許されない!頼むから、言うことを聞いてくれ!」
「だってだって!イエローお兄ちゃんってば、いっつも誰かのため、みんなのためって、自分ばっかり損してるじゃない!今回だってそう!シアンお兄ちゃんには残れって言っておいて、自分は死ぬかもしれないところに一人で行こうとしてる。……放っておけるわけないじゃない!!」
ボロボロと、大粒の涙を零しながら訴えかけるアビーに、言葉を失う。そして。
『––––0 発進シマス』
機械音声と共に、機体は前進を開始した。
(不味いな……空間跳躍が始まる前に何とかしないと)
今なら、まだ間に合うかもしれない。そう思い、声の調子を一段柔らかいものにするよう努めて、彼は再び、アビーへと言葉をかける。
「なぁ、アビー。私は……いや、俺は、お前とシアンには一緒にいてほしいと思っている。たった二人の兄妹だろう?それが、お前がこっちに来てしまったら、シアンはどうする?」
「それでも。シアンお兄ちゃんには、隊の人たちとか、みんないるけど、イエローお兄ちゃんには誰もいなくなっちゃうじゃない。そんなのやだもん。シアンお兄ちゃんもそうだけど、イエローお兄ちゃんもわたしの、アビーのお兄ちゃんだもん」
だから、一人にしたくないと。幸せになって欲しいと、アビーは願った。
「だから、わたしもいっしょに行くんだもん!」
振り上げ、涙を湛えた眦は、力強く、揺らぎそうもなかった。
「アビー……」
イエローストライプが言葉に詰まっていると、コンソールに通信のシグナルが入る。
「こちら、デュオ シーベル 1 どうぞ」
『私だ。忙しいところ、済まないな、大佐』
モニターに映ったのは、部隊の司令、セブン・テイルであった。
「これは司令。いかがなされましたか?」
背筋に冷たい汗が伝うのを感じつつ、一先ず平静を纏って応答する。
『うむ。シアン中佐から報告があってな。……そちらに、彼の妹のアビーが行っていないだろうか。どうも、飛び出して行ってしまったようでね』
作戦行動中の艦に、不測の人員が紛れ込んでいる。その事実を咄嗟に隠そうと、反射的に取り繕うイエローストライプであったが、既に露呈しかけているとなれば、ここは一つ、下手に隠し立てするよりも、現状をありのままに報告するしかあるまい。そう判断して。
「……申し訳ありません。実は、小官を追って潜り込んでしまったようで、只今説得を続けていた次第であります」
『やはりそうだったか。……あぁ、別に君たちを責めようというわけではないのだよ。まずは、シアン中佐から君宛てのビデオメッセージがある。それを見てくれたまえ』
一瞬のノイズの後、モニターが切り替わると、そこには顔中にひっかき傷を負った、痛々しい姿のシアンが映っていた。
『……大佐。いえ、今だけは一人の友として言わせていただきたい。……スマン!イエロー。俺では、アビーを止められなかった!』
パンッ!と手を合わせて、申し訳なさそうに頭を下げるシアン。
『それで、厚かましい願いだとは思うのだが……妹を、アビーを守ってやってくれないだろうか。お前になら、安心して妹を任せられる』
思いもよらない申し出に、呆気にとられるイエローストライプであったが、ここで切り替わったモニターに映る、セブン・テイルに、恐る恐るといった体で確認をとる。
「つ……つまり、どういうこと、でありましょう、か?」
『君の困惑ももっともだが……実のところ、この作戦には一つ、公にされていない条項があったのだ。それは––––』