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6.宴のあと


6.宴のあと



 宴が終わり夜が更けても、僕はなかなか寝つけなかった。隣で眠っているララを起こさないように、そっと寝床を抜け出す。神獣の森の静謐を楽しみながら、世界樹のある丘に向かう。生命力を取り戻した世界樹は、優しく僕を出迎えてくれた。

 小高い丘から臨む360度の夜空に、無数の星々が瞬いている。僕はその場に寝転んで、その美しさに暫し見惚れていた。


「眠れないのか、マスター」


 声をかけてきたのは、キャンだった。


「今日は本当に色々あったからね。興奮冷めやらぬって感じかな」


「そうか。実は私もだ」


 キャンはそう言うと、僕の隣りに腰を下ろした。


 思い返せば、信じられない出来事の連続だった。

 濡れ衣を着せられ、パーティーから追放された。

 ヤケになって受けたクエストで、伝説のシルヴァーファングに襲われた。

 瀕死のララを助けようとして、恋獣使いの能力が覚醒した。

 ララとの契約により、魔素浄化能力に目覚めた。

 その力で聖獣王を始めとする神獣たちの魔素を浄化し、世界樹を蘇らせた。

 聖獣王からとんでもない頼みごとをされ、キャンとも契約した。

(キャンとも契約、したんだよな……)


 気づかれぬように、そっとキャンを盗み見る。月明かりを纏った彼女の姿は、超越的な存在感を発揮していた。その幻想的な美しさに見惚れながらも、視線がキャンの唇に吸い寄せられていく。


「マスター、私の顔に何かついてるのか?」


「いや……別に」


 とっさに視線を外した。だけど艶めかしく動くキャンの唇が、脳裏に焼き付いて離れない。いかん。このままでは雰囲気に流されて、大胆な行動に出てしまいそうだ。


「ところでマスター。先ほどの契約のことなのだが……」


「ああ、うん」


 ギクリとしたが、平静を装う。上手く装えているかどうかは、正直全く自信はない。


「実を言うと、あれは接吻である必要はなかったのだ」


「ん? どういうこと?」


「契約とは心を通わせていることを確認し、より結びつきを強めるための儀式。だから条件を満たすならば、ハグでも握手でもかまわないのだ」


「えっ! そうだったの? ララがそうしたから、僕はてっきり……」


 つまり僕は、早合点でキスしちゃったのか! しかも彼女の父親を含めた、公衆の面前で! 恥ずかしい! 恥ずかし過ぎる!


「勘違いしないで欲しいのだが、接吻自体を責めているわけではない。むしろその逆で、あの時の私は接吻以上を求める気満々だったのだ。しかしお父様たちの前ではさすがに憚られたので、あのときは自重しただけなのだ」


「接吻以上って……」


 キャンが流れるような動作で、僕の上にのしかかってきた。寝転がっていた隙だらけの僕は、されるがままだ。よく見ると、キャンはいつの間にか裸になっている。神獣は服自体が体の一部なので、こういう時とても便利だ……じゃなくて困ってしまう。


「結びつきを強めるのに最適なのは、肉体的に深くつながることだ。もしマスターが望んでくれるなら、今ここで改めて契約を交わしたいのだが……」


「いやいや。そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕たちは出会ってまだ1日も経ってないじゃないか。そういうことはお互いをよく知ってからじゃないと、きっと後悔すると思うよ?」


「人間の世界には、一目惚れという概念があるのだろう? 今の私はそれに近い状態だから問題ないし、当然後悔などしない。むしろこの場で交われば、至福の悦びを得られる自信が私にはある」


 キャンが俺に顔を近づける。キャンの熱い吐息が、僕の頬をくすぐる。僕のシャツをまくり上げ、素肌を密着させる。キャンの形と体温を直接感じ、体の芯が火照り始める。このまま雰囲気と勢いに身を任せてしまえば、お互いの愛情はさらに深まり、童貞も卒業できる。いいことずくめじゃないか。だから……。


「キャン、ごめん」


 僕は上半身を起こし、衣服の乱れを直した。キャンは少し驚いたような顔をしてから、傷ついたように表情を曇らせた。


「私と交わるのは嫌か?」


「いや、そうじゃないんだ。ちゃんと順を追って説明するから、聞いてくれるかい?」


 僕はキャンを膝の上からおろし、居住まいを正した。キャンも僕に倣って服を纏い直し、向かい合う形で正座した。


「僕は今日、生まれて初めて誰かに感謝された」


「うむ。いくら感謝しても、し足りないくらいだ」


 何度も頭を下げる聖獣たちの姿が、僕の脳裏に蘇る。


「照れ臭かったけど、人の助けになれて本当に良かったと思った。でもその気持ちとは裏腹に、僕は素直に喜べなかった」


「どうしてだ? マスターが成し遂げたことは、偉業なのだぞ? 素直に喜べばいいし、もっと誇っていい」


「それは多分、みんなが感謝していたのが僕自身ではなく、恋獣使いの力に対してだったことに気づいてしまったからなんだ」


「恋獣使いの力は、マスターにのみ与えられた力だ。同じことではないのか?」


 最初から多くを与えられて生まれたキャンに、何も持たずに今日まで生きてきた僕のこの感覚を理解するのは難しいかもしれない。でもキャンなら、きっと分かってくれるに違いない。


「苦労と努力の結果、得られた力だったらそうかも知れないね。でもこの力はそうじゃない。ただ運が良かっただけだ」


「言わんとすることは分かる。だが力はもう得てしまった。ならばこの先どうすればいいのだ?」


「より良い使い道を常に考え、より有効に使えるよう弛まぬ努力をする。それを積み重ねていけば、いずれ自信と誇りを持てるようになるはずだ。だからキャンには僕を見ていて欲しい。素直に喜べるようになる、その日まで」


 キャンの愛情を疑うわけではない。だけどそれも、恋獣使いの力があってこそだ。このまま雰囲気に流されてことに及んでしまえば、努力をしないことに慣れてしまう。せっかく変われるチャンスをもらったのだ。絶対に逃したくない。


「つまり意地を張って、こんな美人の誘いを断る。そういうことか?」


「簡単に言えば、そうなるね」


「後で後悔しても、知らないぞ?」


「キャンに愛想を尽かされないよう、必死に頑張るよ」


 引き締まっていたキャンの頬が緩む。それに釣られるように、僕も笑う。


「分かった。ならば今はこれで我慢しよう」


 満天の星空の下。世界樹に見守られながら、僕たちは2度目のキスを交わした。

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