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5.キャンデリーナとの契約


5.キャンデリーナとの契約



 帰ろうとする僕たちを引きとめたのは、意外にもキャンデリーナだった。


「私やお父様をはじめとする一族の恩人を、このまま帰せるわけがないだろう! 今夜は宴だ! 心ゆくまでねぎらってやるから、覚悟しておくんだなっ!!」


「ねぎらう相手を、どうして脅すんだよ」


「とにかく、お前がいなくてはダメなんだ。いいか、分かったなっ!」


「でも報酬は世界樹の葉でおつりがくるし、そもそも僕は賑やかなのが苦手だからなぁ……」


 煮え切らない僕に、業を煮やしつつあるキャンデリーナ。そんな僕たちを見かねたのか、ララがやんわりと話に入ってきた。


「まあいいじゃないですか。相手の気持ちを尊重するのであれば、遠慮せずお礼を受け取るのも時には必要ですよ?」


「そういうものなのか?」


「そういうものなのです」


 あまり人付き合いをしてこなかった僕には今ひとつピンとこないが、言われてみればそうなのかも知れない。


「まあ、ララがそこまで言うなら……」


「よし、決まりだ! これ以上ゴネたら、ただじゃおかないからなっ!!」


「だからどうして脅すんだよ」


 そんな僕の抗議は聞き流され、キャンデリーナはもう用は済んだとばかりにさっさと行ってしまった。仕方ない。覚悟してねぎらわれるとしよう。




 日暮れと共に神獣たちが世界樹のもとに集まり、盛大な宴が始まった。持ち寄られた食べ物や飲み物は見たことのないものばかりで、その全てが驚くほど美味しい。

 宴は次第に盛り上がっていき、神獣たちは人間や獣人の姿になって、歌ったり踊ったりしている。僕はウーノ、キャンデリーナ、ララと並んで世界樹のたもとに座り、うまい食事を楽しみながらその様子を眺めていた。


「お二方とも、楽しんでいただけてますかな」


「はい、とっても」


 ララが上機嫌でそう答える。そもそもララは、宴が始まる前から妙に嬉しそうだった。僕の知らないところで、何かいいことでもあったんだろうか?


「ノーマン様はいかがですか?」


「正直あまり乗り気ではなかったのですが、案外悪くないです」


「それはよかった」


 ウーノは安心したかのようにひとつ頷いてから、キャンデリーナの方を向いた。キャンデリーナはうつむいたまま、黙り込んでいる。


「ウーノ王」


「何でしょう。ノーマン様」


「聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 ウーノは和んでいた表情を引き締め、居住まいを正す。


「もちろん。何なりとお聞きください」


「それでは遠慮なく。まず最初にお聞きしたいのが、魔素のことです。魔素が神獣にとって有害だというのは分かったのですが、そもそも魔素とは一体何なのですか?」


「ひとことで言うと、魔素とは人間の排泄物の一種です」


「排泄物……ですか?」


 ウーノが頷く。全くの初耳だ。いくら僕が無学だからといっても、自分たち人間の行為を知らないなんてことがあるのだろうか?


「人類が魔法を使うようになったのは、今からおよそ1000年ほど前だと言われています。以来魔法は日々の研究により進歩し続け、足並みをそろえるように人間社会も進歩してきました。当然ながら、魔法を使うには魔力が必要です。そして魔力を魔法に変換するときに発生するのが、魔素なのです」


「人間はその事実を知っているのですか? 知らないのは僕だけ、なんてことはないですよね?」


「もちろん、ごく一部の人間は知っています。そして、その事実を握りつぶしています」


 ならば僕が知らなかったのも頷ける。だけどどうしてそんなことをするのか、皆目見当がつかない。


「一体何故そんなことを?」


「魔法はもはや、それなしでは成り立たないほど人間の生活に根付いています。その魔法を規制もしくは禁止したりすれば、大きな混乱を招く危険性があるというのがひとつ。そして魔素が人間にとってほぼ有害ではない、というのがもうひとつ」


「そんな身勝手な……」


「ノーマン様にかようなことを言うのは心苦しいのですが、人間とは実に身勝手な生き物です。聖域という方便を使い、私どもを管理下に置くやり方などはそのいい例です」


 ウーノは憤るのではなく、悲しげにそう言った。人間に勝る力を持ちながら非道な扱いを受け入れ、共存を選んでくれている。人間や獣人の姿になるのもその表れだろう。こんな思いやりにあふれた神獣に対し、人間はどこまでも自分勝手だ。何ともやりきれない。


「そして最後にもうひとつ。魔素が魔獣や魔人、そして魔王を生み出しているという事実を、ひた隠しにしたいからです」


「そんな……」


「私が衰弱していたとき山犬の姿になっていたのは、魔素のせいで神獣の姿を保てなくなっていたからです。もしノーマン様の到着がもう少し遅れていたら、私は魔獣に身を墜としていたでしょう」


「ララが地龍の姿で死にかけていたのは、そういうわけだったのか」


「はい。御主人様は覚醒前から、無自覚に魔素を浄化していました。でもその力は微弱でしたので、私はドラゴンの姿を取り戻すまでには至らなかったのです。ちなみに御主人様がいると下級魔獣が近寄ってこないという現象は、それが原因です。魔獣は魔素を完全に浄化されたら死んでしまうので、当然ですよね」


 そういえばリリアが以前、そんなことを言っていた。単なる偶然だと思っていたが、魔素浄化が理由だったのか。


「ん? ちょっと待ってくれ。魔獣は魔素を完全に浄化されたら死ぬってことは……」


「はい。神獣だって例外ではありません。一旦魔獣化してしまったら最後、生きて元の姿に戻ることはできません」


 つまり人間は身勝手な理由で魔法を使いまくり、垂れ流した魔素で動植物や神獣を魔獣に変え、その魔獣に怯えて暮らしている。そして魔獣たちのボスである魔王を討伐するために、勇者を求める。その勇者が強くなるためには、たくさんの魔獣を倒して強くなる必要がある。そして魔獣を倒すために大量の魔力を使い、大量の魔素を垂れ流す……。

 魔素の及ぼす悪影響を知る一部の人間は、この無限ループを永遠に続けるつもりなのか? いくらなんでもバカすぎるだろう。


「そこでノーマン様には、この負の連鎖を断ち切っていただきたいのです」


「えっ? 僕にですか?」


 ウーノとキャンデリーナ、そしてララまでもが大きく頷く。ララに至っては僕の手を取り、真剣なまなざしで僕を見据えてきた。


「前にも言いましたが、御主人様は私たち神獣が長年にわたり待ち焦がれていた恋獣使いなんです。御主人様だったら絶対にできます! というか、これは世界中で御主人様にしかできないことなんですっ!!」


「急にそんなこと言われてもだな……そもそもレンジュウ使いってなんなんだ?」


「レンジュウとは恋する獣と表し、特に恋する神獣のことを指します」


 神獣に別名があったなんて初耳だ。神獣は知性ある生き物だから、恋という感情を持っていても不思議はない。でもわざわざ別名があるってことは、特別なことなのだろうか? 


「恋獣使いとはその名の通り、恋獣を使役できる存在です。恋獣と契約することで自身の能力を覚醒させ、恋獣の能力も使えるようになります。さらに複数の恋獣と契約すれば、その分だけ能力が上乗せされるので強さは倍増します。ただし契約には条件があります」


「その条件って?」


「契約は恋獣使いに忠誠を誓い、その身も心も捧げるという証です。つまり恋獣使いに恋をしていないと成立しないんです」


 恋する神獣ってそういう意味か……って感心してる場合じゃない!


「おいララ。いくら緊急事態だったからって、そんな大事なことをサクッとやっちゃったのか? しかも恋をしていないとって……」


「大丈夫ですよ。ララは御主人様のこと、大大大好きですから。御主人様の望むことなら何でもします。どんなに危険なことでも、どんなに難しいことでも、どんなにエッチなことでもです。変態チックなプレイだって、喜んで受け入れますっ!」


「どさくさに紛れて、人聞きの悪いことを言うんじゃないっ!」


 こほん、とウーノが咳払いをする。僕とララは我に返り、一旦座りなおした。


「ジャチカーヴァ姫が説明してくれたので、手間が省けました。キャンデリーナ、ここへ」


 手招きされたキャンデリーナが、僕の目の前に座る。いや、近すぎないですか、キャンデリーナさん?


「我らの願いを叶えていただけるのであれば、キャンデリーナをあなた様に差し上げます。契約はもちろん、煮るなり焼くなり好きにしていただいて構いません」


「差し上げるって、そんなモノ扱いしたらキャンデリーナが怒りますよ。それに契約だって、条件があるわけで……」


「私からお父様に頼んだのだ。だから何も問題はない」


「えっ? そうなのか? いや、だけど……」


「ノーマンは、私のことが嫌いか? 私は……その……お前に……こっ……恋をしているのだが……」


 顔を真っ赤にしながらモジモジするキャンデリーナは、そのギャップも相まって物凄く可愛らしかった。話がうますぎて心配になってくるが、ここで断るなんて野暮な真似ができるはずがない。


「あ……」


 今度は僕のほうから契約のキスをした。キャンデリーナの口内は熱っぽく、絡めた舌がとろけてしまいそうだ。しばらくそうしていると、力が更に湧き上がってくるのがハッキリと感じ取れた。どうやら契約は成立したらしい。


「キャン、おめでとう! これで私たち、親友を超えた恋獣仲間ですね!!」


 ララがキャンデリーナに抱きつき、喜びを爆発させている。機嫌がよかったのは、きっとこうなるのを確信していたからだろう。


「ノーマン」


「何だい、キャンデリーナ」


「今からあなたのことを、マスターと呼ぶことにする。いいか?」


「分かった。じゃあ僕は君のことを、ララに倣ってキャンと呼ぶことにしよう。いいかな?」


「キャンか……何故だろう。マスターに呼ばれると、不思議と悪くない気分だ」


「じゃあこれからよろしく、キャン」


 僕は右手を差し出す。


「こちらこそよろしく、マスター」


 キャンは僕の目を見ながら、その手を握り返してきた。


「あ、一応先に言っておくが……あの、私は変態チックなプレイはおろか、エッチなことすらしたことがなくてだな……その……でっ、できればソフトなものからだな、順を追って慣らしてもらえると助かるのだが……」


 聞き耳を立てていたウーノの頬がわずかに引きつる。僕はララを睨みつける。ララは悪びれもせず、美しい『てへぺろ』を披露した。

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