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4.ノーマンの秘めたる力


4.ノーマンの秘めたる力



「キャンっ!!」


 ララは血相を変え、倒れたキャンに駆け寄ろうとした。だけど側仕えのシルバーファングたちが行く手を阻み、それを許さない。ララは正にドラゴンといった形相で、シルバーファングたちを睨みつけた。


「姫様が心配なら、今すぐそこから退きなさい。さもないと実力で押し通ることになりますが、覚悟はいいですか?」


 ララの迫力に負け、道を開けるシルバーファングたち。僕もララの後に続く。地に伏したキャンを抱き起こすララ。キャンの顔は汗にまみれ、苦悶の表情を浮かべている。


「やはり、だいぶ魔素に侵されていますね。聖域にいながらこの有り様……もはや一刻の猶予もないですね……御主人様!」


「なんだい?」


「説明しているヒマがありません。今すぐ契約の儀をとりおこないますが、よろしいですね?」


「そうすれば、この娘は助かるのか?」


「確証はありませんが、おそらく」


「分かった。やってくれ」


 温もりのあるてのひらが僕の頬を包み込み、思いつめたようなララの顔が近づいてくる。


「ララの初めて、もらってください」


 ララはそう言うと、僕にキスをした。女の子の柔らかい唇の感触。切なげに眉を寄せながら、感触を確かめるかのように唇を動かすララ。その息遣いは次第に荒くなり、苦しそうに身を悶えさせはじめる。おいおい、本当に大丈夫なのか? などと思った次の瞬間、僕の中からあの不思議な力が再び湧き上がった。


「契約により、御主人様の潜在能力が解放されました。どこでもいいのでキャンに触れてください。そうすれば、キャンは助かります」


 どこでもいいと言われると色々な妄想が膨らんでしまうが、僕は空気を読んでキャンのおでこに手を置いた。僕の力がキャンに流れ込み、何やら作用しているのがハッキリと感じられる。これがララの言っていた、魔素浄化なのだろうか? 次第に表情が穏やかになり、キャンは静かに眼を開いた。


「貴様っ! この私に何をしたっ!!」


 僕の姿を確認するなり彼女は跳ね起き、攻撃態勢に入る。

 あ、僕死んだ。本気でそう思った。

 だけどそうはならなかった。

 僕たちの間に割って入ったのはララではなく、1頭のシルバーファングだった。


「おいギル! どうして邪魔をする……えっ? この人間が私を? いやしかし……確かに体調はすっかり良くなったが……ああ……だがそれは……うん……そうだな……」


 何やら話し合いが行われているようだが、キャンのセリフだけしか聞こえないので要領を得ない。


「おい、人間!」


 キャンが振り返り大声を張り上げる。


「なんだ? 神獣」


「不法侵入の罪を償うチャンスをやる。ついてこい」


 僕の返事を待たず、キャンは森の奥へと進んで行く。やれやれ。無実の罪を晴らすならともかく、償うチャンスなんていらないんだけどなぁ。しかも本日2回目だし。




 キャンたちは次第に速足となり、やがて遠慮のない全力疾走になった。当然僕の足ではついていけない。するとララが心得たとばかりに、地龍の姿になって並走する。僕はララに飛び乗り、キャンたちの後を追った。

 しばらく進むと、やや開けた岩場にたどり着いた。岩場のそこかしこには洞窟があり、そのいくつかからこちらを窺う視線を感じる。どうやらここがキャンたちの集落らしい。


「こっちだ」


 ひと際大きな洞窟を指し示すキャン。それが合図だったかのように、側仕えのシルバーファングたちが変身する。その姿はララやキャンのような人間タイプではなく、実体の面影を残した獣人タイプだった。

 促されるまま、中へ中へと進んで行く。入り組んだ道はまるで迷路のようだが、辺りを照らす鉱石は十分明るく、足元も整備されていて歩きやすい。だいぶ奥まで進んだところで、急に視界がひらける。どうやらこの洞窟の大広間といったところらしい。


「お父様」


 キャンはそう言いながら、祭壇のように一段高くなった場所に向かう。そこには干し草のようなものが寄せ集められ、何かが横たわっていた。


「人間、こっちにこい」


 よそ者であることを踏まえて遠慮していたが、さすがに腹が立ってきた。僕はため込んでいたものを一気に吐き出すことにした。


「僕の名はノーマン=アーヴィング。人間なんて名前じゃない。それと俺に頼みたいことがあるなら、最低限守るべき礼儀があるだろう。神獣がどれだけ偉いか知らないが、上からものを言うのはやめてくれないか」


 シルバーファングたちの表情が険しくなる。しかしキャンはそれを制すると、静かに頭を下げた。


「悪かった、ノーマン。あなたの言う通りだ」


「それで、君の名前は?」


「そういえばまだ名乗っていなかったな。私はキャンデリーナ。聖獣王ウーノの娘だ」


「よろしく、キャンデリーナ。それで、君は僕に何をして欲しいんだ?」


「お父様を……聖獣王ウーノを助けて欲しい」


 僕はひとつ頷くと、キャンデリーナの傍まで歩いて行った。干し草の上に横たわっていたのは、衰弱した小さな山犬だった。これが聖獣王だとは、普通だったら信じられないだろう。だけど僕は、地龍に身をやつしていたララの例を知っている。僕はためらうことなく、山犬の頭を撫でた。


「おお……」


 キャンデリーナが感嘆の声をあげる。

 山犬は見る見るうちに大きくなり、銀色の毛並も美しい立派なシルバーファングに変化した。かと思うと今度は小さくなり、逞しい壮年の男性に変化した。男は体を起こし、その身に起こった変化を確認するように、両掌を見つめた。


「信じられん……魔素が完全に消えている」


「お父様!」


 キャンデリーナは父親にすがりつき、幼い子供のように泣きじゃくっている。父親はそんな娘に優しい眼差しを向け、そっと頭を撫でる。その尊く美しい光景にもらい泣きしそうになり、思わず目をそらす。そらした先にあったのは、もらい号泣するララの姿だった。


「ノーマン殿。いや、恋獣使いノーマン様。このたびは親子共々命をお救いいただき、いくら言葉を尽くしても感謝しきれません。つきましては……」


「ちょっと待ってください」


 僕は右手を上げ、ウーノの言葉をさえぎった。ウーノはもちろんのこと、その場に居合わせた全員が、不思議そうな顔で俺を見る。


「お礼は後回しにしませんか。魔素で苦しんでいる神獣がほかにもいるのであれば、そちらの処置を優先しましょう」


 ウーノはわずかに目を見開いてから、深々と頭を下げた。


「さすがは神に選ばれしお方。お心遣い、心より感謝いたします」


 ウーノはそう言ってから、キャンデリーナに目配せをした。キャンデリーナは大きく頷くと、チラリとこちらをうかがった。僕はニッコリと微笑んでやったが、一瞬驚いたような顔をしてから恥ずかしげに顔を背けてしまった。きっと泣き腫らした顔を笑われたと勘違いしたのだろう。決して僕の笑顔がキモかったのではない、と信じたい。


「案内する。ついてきてくれ」


 キャンデリーナはそう言うと、振り向きもせずに走り出した。



 結論から言うと、魔素に侵されていたのは森の住人ほぼすべてだった。点在する集落をすべて回り、体内の魔素を浄化していく。大仕事ではあったが、キャンデリーナとララのおかげで住人たちが協力的だったこともあり、時間はさほどかからなかった。そして……。


「これが……世界樹なのか?」


 神獣の森の中心に位置する小高い丘に、その木は立っていた。樹齢数千年はあろうかという巨木だが、冬でもないのに葉が一枚もない。試しに幹に触れてみる。すると樹皮がボロボロと剝がれ落ちた。御神木がこの状態では、住人たちに悪影響が出るのも当然だろう。


「何者かが高濃度の魔素を持ち込んで、世界樹を枯らしたのだ」


「なんてひどいことを……」


 ララが悲しげに世界樹をみつめる。


「何が目的かは知らないが、悪意を持って我ら聖獣族を攻撃したのは明白だ。必ず犯人を暴き出し、然るべき報いを受けさせてやる」


「つまりは復讐か」


 僕がそう言うと、キャンデリーナは悲しげに俺をみつめた。


「くだらないと笑うか?」


「とんでもない。実は僕にも復讐すべき奴らがいてね。言わば僕たちは、同じ目的を持つ仲間だ。僕は奴らと違って、仲間のことを笑いものにしたりしない。心から応援するよ」


「あ……ありがとう」


「だがその前に、今は僕がすべきことをしなくちゃな」


 俺は世界樹に両掌を押し当て、ありったけの力を開放した。すると朽ちかけていた世界樹は一瞬で瑞々しさを取り戻し、その枝には青く輝く葉が生い茂った。そのたたずまいは神々しく、まさに神木と呼ぶに相応しい姿だった。よかった、上手くいった。ふっと息をつく。すると俺の目の前に、数枚の青葉が舞い落ちてきた。これでクエストクリア。十分過ぎる報酬だ。


「まさか世界樹を生き返らせるなんて……あなたは一体何者なのだ」


「ただのレンジュウ使いだよ。まあ、詳しいことは知らないけどね」


 キャンデリーナが怪訝そうな顔をする。空気が読めてなくて申し訳ない。だけど展開が早過ぎて僕自身理解が追いついてないし、そもそも圧倒的に説明不足なんだからしょうがない。はっきりしているのは、この力が本物だということだけ。

 なぜか僕に宿った、規格外のチート能力。

 もし僕がウーノの言葉通り、神に選ばれし者なのだとしたら……神様は僕に何をさせたいんだろうか。

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