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33.呪い


33.呪い



「なあ、ベリンジャー。本当に、もうやめにしないか」


「ノーマンよ。お前は自分の立場が分かってないみたいだな。命乞いをするなら、もっと必死に憐れみを誘えよ」


 ベリンジャーが歪んだ笑みを浮かべながら、勝ち誇ったかのように僕を睥睨する。漆黒の大蛇は僕の体に隈なく巻きつき、容赦なく締め付けてくる。こんな奥の手を隠し持っていたとは驚きだ。勇者を志す者が呪術を使うことに、当然賛否はあるだろう。だけど打倒魔王への本気度が窺えて、僕は嫌いじゃない。


「ぐはっ!」


「ノーマン!」

「御主人様!」

「マスター!」

「主殿!」


 とか言ってる間に、締め付けが益々きつくなってきた。そろそろ頃合いかな?


「さて、そろそろ終わりにしようか。じゃあな、ノーマン」


 ベリンジャーはそう言うと、右腕を伸ばす。そして僕の顔に手のひらを向け、ゆっくりと握り始めた。その動きに合わせるように、漆黒の大蛇の締め付けが強くなっていく。そのタイミングを見計らって、僕は星霊石に貯めておいた生命力を一気に放出した。


「何だ、何が起こった⁉」


 まばゆい光が僕を中心に照射され、ダンジョン内を真っ白に染め上げる。そして漆黒の大蛇は弾かれるように僕の体から離れ、何処へともなく姿を消した。


「ノーマン! 貴様、一体何をしたんだっ!!」


「ベリンジャー。僕はヴォレッタとの契約により、生命力を自由に操れるんだ」


「それがどうした!」


「呪術とは簡単に言ってしまえば、生命力を奪う術式の総称だ。だから術が最大出力に達したところで、僕は貯め込んでいた生命力を思いっきりぶつけた。十分な生命力を奪ってしまえば、理論上術式は終了する。だから漆黒の大蛇は役目を終えたと勘違いして、僕を殺さず退散したってわけさ」


 ベリンジャーはその場に膝から崩れ落ち、がっくりと項垂れた。地面にぽたぽたと、水滴が落ちていく。


「何なんだ、そのでたらめな能力は。俺は少なくても三度、本気でお前を殺そうとした。なのにお前ときたら、事もなげに全部跳ね返しやがった。こんなのもう、どうしようもないじゃないか……」


「ベル!」

「ベリンジャー様!」


 リリアとモランガが戦いも杖も投げ出して、ベリンジャーに駆け寄る。固い絆を思わせる美しい光景だ。そこに割って入るのは気が引けるが、僕にはどうしても確認しておきたいことがあった。


「なあ、ベリンジャー。魔道具を君たちに勧めたのは、一体誰なんだい?」


「……どうしてそんなことを聞くんだ?」


「君らしくないからさ。確かに君は野心家で計算高く、自己中心的な男だ。僕にしたように姑息な手段を使って人を陥れる反面、自分の不利益になるような行為はしない。だから人の弱みに付け込むのが上手い誰かに唆されて、いいように操られていたんじゃないかって思ってね」


「やれやれ。ひどい言われようだねぇ」


 ララとの戦いに敗れた邪龍を労いながら、バルボラはそう言った。僕がバルボラに歩み寄ると、囲むように4人娘が集まってきた。僕は彼女たちを手で制しながら、更に一歩近づいた。


「あなたが黒幕ってことですか。どうしてそんなことを?」


「アタイは仲間として、純粋にベリンジャーたちの力になりたかっただけさ。それのどこが悪いんだい?」


「僕たちを倒したいからとはいえ、倫理に反した魔道具を使う。公の場で堂々とではなく、こそこそと隠しダンジョンで戦う。そして僕を殺そうとしたベリンジャーを、止めようとしない。これって最初から僕たち全員を抹殺した上で、全てを隠蔽しようと目論んでたからじゃないんですか? 純粋という言葉の解釈は人それぞれかも知れませんが、勇者になろうとしている人物にさせていい行為じゃない」


 全ては僕の憶測に過ぎないので、白を切られればそれまでだ。だけどバルボラはそうしなかった。


「正直に言えば、そうなったらいいとは思っていたよ。でもそうならないだろうとも思っていたのさ」


「それはどういう意味だ?」


 そう言ったのは、ベリンジャーだった。


「ベリンジャー。薄々気づいてるかもしれないが、あたしがリヴルの末裔に入ったのは、お前さんが勇者に相応しいかを見極めるためなんだよ」


「やっぱりそうか。それで、その趣味の悪い依頼人は誰なんだ?」


「あたしの口からは何とも。そこはまあ、察しておくれよ」


 守秘義務なのか、義理立てているのかは分からない。こう言っては悪いが、見かけによらず真面目なところがあるらしい。


「それはさておき、お前さんはまだまだ甘っちょろいし、腕っぷしもリーダーシップも足りてない。だけど鍛えようによってはものになる。それがアタイの判断だった。ところがその直後に思いもよらない人物が頭角を現し、一躍勇者候補の一番手になっちまった」


 全員が一斉に僕を見る。注目されるのに慣れていないので、空気も読まず盛大に照れる。


「最初は半信半疑だったんだが、ギルドでの一件で勝負ありだとアタイは思った。だから依頼人に、仕事はもう終わりなのかいって聞いたんだ。そしたらどういう結果が出てもいいから、ふたりを噛み合わせろって指示が返って来た」


 戦力差があり過ぎたら、噛み合わせるのは難しい。だから魔道具で、無理矢理にでも戦闘力を上げた。それでもリヴルの末裔が負けると思ったから、恥をかかせないように人目を避けて戦わせた。僕を殺そうとするのを見逃したのは、どうせ殺せはしないと高を括っていたから。なるほど。こっちの解釈のほうがしっくりくる。


「アタイは指示に従って、それなりに手を尽くした。しかし結果は見ての通りさ。無理矢理戦わせて、何の意味があったんだろうねぇ」


「バルボラの話と僕たちが受けた勅命クエストの経緯を合わせて考えるに、どうやら僕たちが勇者になるのを阻止しようとする動きがあるみたいですね」


「ベリンジャーが勇者になった方が都合がいいってことかい? だが結局、ベリンジャーもいいように使われただけだからねぇ。お前さん以外だったら、誰でもいいってわけでもないんだろうが……」


「主殿。あれは何だ?」


 ヴォレッタの指し示す方に目をやると、リリアとモランガが放り投げた魔杖が、何故か行儀よく並んでいた。一対の魔杖からは黒い霧のようなものが漏れ出し、辺りに漂い始めている。


「リリア。モランガ。お前らの仕業……のはずないよな」


 リリアとモランガはベリンジャーにしがみつき、首を横に振っている。やがて黒い霧は集合し始め、その正体を現した。


「漆黒の……大蛇……どうして?」 


「どうやら呪いが裏返ったみたいだね。とすれば、狙いは……。リリア! モランガ! ベリンジャーから離れるんだ!」


 大きく顎を開いて襲いかかろうとする漆黒の大蛇に、雷撃を放つバルボラ。しかし漆黒の大蛇には全く効果がない。追撃態勢に入ったバルボラだったが、漆黒の大蛇が薙ぎ払うように繰り出した尻尾が直撃し、数メートル先の壁まで吹き飛ばされた。


「バルボラ様!」


 モランゴがバルボラの元に駆け寄る。生きてはいるようだが、すぐに立ち上がれる状態には見えない。漆黒の大蛇は鎌首をもたげながら、ベリンジャーをじっと見据える。剣を持たない剣士が、万が一にも敵う相手じゃない。だからといって、僕が何とかできる相手なのか? 躊躇う僕をあざ笑うかのように、漆黒の大蛇が反動をつけて宙を舞う。ベリンジャーは観念したのか、目を閉じて動かない。ダメだ。間に合わない……しかし漆黒の大蛇の攻撃は、ベリンジャーには届かなかった。


「リリア!」


 ベリンジャーの前に立ち塞がったリリアが、漆黒の大蛇の攻撃をまともに食らう。漆黒の大蛇は体を素早くくねらせ、リリアの体をぐるぐる巻きにした。


「ベル……あきらめないで……」


 漆黒の大蛇が再び黒い霧となり、リリアの体を取り込む。黒い霧は魔杖に吸い込まれ、魔杖もまた裏返るようにして自身に吸い込まれていった。

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