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32.魔道具の闇


32.魔道具の闇



 ベリンジャーに案内されたのは、隠しダンジョンの最下層だった。人知れず雌雄を決するには、おあつらえ向きの場所と言えるだろう。だけど派手好きのベリンジャーが、意味もなく無観客試合を選ぶはずがない。あまり考えたくはないが、やはり非人道的なトラップの可能性が頭から離れない。


「俺たちが用意した舞台で戦うのは心配か?」


「まあ、それなりにね」


「別に信用しなくてもいいが、小細工は一切してない。そんなことをしなくても、俺たちが圧勝するからな」


 ベリンジャーはそう言うと、間合いを取って剣を抜いた。真っ黒な刀身の剣は珍しくはないが、機能より見栄えを重要視するベリンジャーの持ち物としては珍しい。ベリンジャーが中段に剣を構える。するとその刀身から、邪悪な妖気が溢れ出した。


「まさか……魔道具に手を出したのか?」


 全身の血の気が引き、頭の奥がしびれる。無観客を選んだ理由は、これだったのか。


「何を驚くことがある? 強力な武器を手に入れたから使う。冒険者として当然の行為じゃないか。確かに魔人になる危険性とか魔王に効果がないというデメリットはあるが、先ずはお前らを倒さなきゃ何も始まらない。その後のことは、追々考えればいい」


「そんなことを言ってるんじゃない。魔道具の原材料には、魔力を持った生物が使われている。そして強力な魔道具になればなるほど、相応の膨大な魔力を持った生物……つまりエルフや人間が使われている可能性が高いんだぞ? それが何を意味するのか分かってんのか?」


「そんなことは、言われるまでもなく知ってるさ。犠牲になった奴は残念だったが、それも運命だ。だったら有効活用してやったほうが、そいつらも報われるってもんだろう?」


 どうやらベリンジャーにとって友好的な種族や同族の死に尊厳はなく、家畜と大差ないものらしい。その倫理観は勇者候補とかそれ以前に、人間として終わっている。だったら僕も、それなりの対応をしようじゃないか。僕はゆっくりと剣を構えながら、4人娘の様子を窺った。

 ララはドラゴンの姿に戻り、邪龍を従えたバルボラと対峙している。キャンは因縁のあるモランゴと、セシルはリリアとの姉妹対決に挑んでいる。一応ヴォレッタとモランガは後方支援なので直接対決しない取り決めになってはいるが、ヴォレッタは熱くなりやすいし手加減を知らないから注意が必要だ。


「それじゃあ、せいぜい俺を楽しませてくれよ!」


 ベリンジャーが間合いを計ることなく、剣を振りかぶって突進してくる。躱した斬撃はそのままダンジョンの壁に直撃した。だけど剣は金属音を響かせることなく壁をすり抜け、ベリンジャーはすぐさま態勢を整えた。一体何が起こったんだ?


「何ぼさっとしてんだ。死にたくなけりゃ、懸命に躱せよ!」 


 ベリンジャーは障害物を全く意に介さず、剣を振り回す。巨大な岩に当たっても、鋼鉄の扉に当たっても、斬撃の勢いは全く衰えない。すり抜けているわけではない。斬っているのだ。つまり全ての攻撃が、防御不能の必殺ってことか。なるほど、確かにこれは厄介だ。だから僕は、敢えて受けることにした。


「もらった!!」


 僕が受けるのを分かっていながら、ベリンジャーは渾身の一撃を繰り出した。剝き出しの殺意を一身に浴びながら、僕はその一撃をしっかりと受け止めた。


「バ、バカなっ!」


「何をそんなに驚いてるんだい? 剣戟を剣で受け止めるなんて、珍しくもないだろう?」


「ふん、まぐれで一回防いだからって調子に乗るなよ。モランガ! 闇結界を張れ!」


「は、はいっ!」


 モランガが杖に力を込めると、辺りが急に暗くなった。どうやら闇の魔力を強化する結界を張ったらしい。すかさずベリンジャーが剣を振る。だけど結果は変わらなかった。


「いくら闇の魔力を強化しても無駄だよ。僕はキャンとの契約で、闇魔法での攻撃を全て無効化できる。だからベリンジャーご自慢の必殺技も、僕にとっては通常攻撃に過ぎない」


「ふ、ふざけるな! そんなでたらめな能力があってたまるか!」


 ベリンジャーはそこでやっと力任せの攻撃をやめ、剣豪の名に相応しい剣技を披露し始めた。その攻撃は流麗かつ重厚で、思わず見惚れてしまうほどの素晴らしい技量だった。

 だけど剣技と体術をそれなりに習得し、ララのパワーとキャンのスピード、それにヴォレッタの治癒・再生能力を併せ持った今の僕には、全く通用しなかった。

 僕はベリンジャーの攻撃を受け流しながら、モランゴとキャンの戦いに視線を送る。当然モランゴの魔力攻撃も無効化されるので、キャンには全く通用しない。


「ありえねぇ……こんなことはありえねぇんだよ!」


 ヤケクソになって巨大な斧を振り回しているが、防御姿勢すら取っていないキャンに傷ひとつつけられない。モランゴはそれでも斧を振るのをやめない。そういうの、僕は嫌いじゃないよ。


『三つ首龍なんて稀少種だから、ちょっと期待したんですけどね。所詮はこんなもんですか』

 

 ララはため息交じりにそう言いながら、邪龍の首を一本引き抜いた。やはり最上位種のオーロドラゴンと邪龍では、格が違い過ぎたようだ。


「決死の覚悟で手に取った魔杖も、使い慣れた杖には敵わないみたいだね」


「ろくに反撃もできないくせに、分かったような口を利くんじゃないわよ!」


 姉妹対決は一見互角のようだが、セシルが手加減しているのは明らかだ。モランガに至ってはヴォレッタに睨まれ続けたせいで、精神的な消耗が激しい。どうやら大勢は決したようだ。


「ベリンジャー。もうやめにしないか。これ以上戦えば、死人が出る。戦略的撤退も、作戦のうち……」


「うるさいっ! 貴様に何が分かる! 戦略的撤退だと? 笑わせるな! 俺にはもう後がないんだよっ! ここで逃げるくらいなら、死んだ方がマシだっ!! おいっ! モランガ! 呪力結界を張れ! 今すぐにだっ!!」


 モランガは言われるがまま、結界を張り直した。ねっとりとした異様な空気が、辺りを包み込む。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」


 殺意の籠った突撃が僕を襲う。その切っ先を刀身で軽くいなした……はずなのに、手応えがない。漆黒の刀身はぐにゃりと曲がり、僕の体に絡みつく。やがて刀身は大蛇に姿を変え、僕の体をぐるぐる巻きにしていった。


「この技は呪術だから、ご自慢の魔力攻撃無効化じゃ防げないぞ。もちろん魔剣の魔力は無効化されるんだろうが、その分結界で呪力を上げたからお前を殺すには十分だ。さすがの俺も人殺しは気が咎めるが、幸いここは隠しダンジョンだ。事が済んでから隠蔽してしまえば、全てはなかったことにできる」


 ベリンジャーの狂気じみた高笑いが、ダンジョン内にこだまする。どうやらもう、手遅れみたいだ。

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