27.星霊石
27.星霊石
「主殿。ヒエイまで忘れ物を取りに行くんで、悪いが付き合ってくれねぇか」
報告と相談を持ち込んだピエッタが帰った後、ヴォレッタは待ってましたとばかりにそう言いだした。
「別にいいけど、もうお昼過ぎだよ? 向こうに泊まるのなら、それなりに準備をしないと……」
「心配ねぇ。あたしの翼だったらひとっ飛びだ。暗くなる前に戻ってこられる」
「まあ、そういうことなら……」
「ふたりだけでは危険です。私もついて行きます」
ララがヴォレッタと僕の間に割って入り、そう主張する。
「あたしだけならともかく、主殿がいるんだから危険なんてねぇよ。それにジャチ姉じゃ、あたしのスピードについて来られねぇ。言っちゃ悪いが足手まといだ」
ララが言葉を詰まらせる。言い方はともかく、その言い分に間違いはないから反論できないのだろう。でもフォイニクスがドラゴンより速く飛べるというのは初耳だ。ヴォレッタの性格なども合わせて考えると、ララが心配するのも仕方ないだろう。でもまあ、今の僕だったら何とかなるんじゃないかな。
「心配しなくても大丈夫だよ。すぐに戻ってくるから、留守番を頼む」
「……分かりました。行ってらっしゃい、御主人様。ただし、くれぐれも油断しないでくださいね。特に……」
「あっ、主殿っ! 急がないと、日が暮れちまうぞ!」
ヴォレッタはさっきとはまるで反対のことを言いながら、僕の背中を必死に押した。ララの言葉の続きが妙に気になる。だけど結局強引なヴォレッタに押し切られる形で、僕は別荘を出発することになった。
ヴォレッタの言葉に噓はなく、確かにとても速かった。だけど背中にしがみついている立場からすれば、永遠とも思えるような恐怖の時間だった。しかも着地方法が予想外で、生きた心地がしなかった。
「住処の入り口が木の上にあるなら先に言ってくれよ。減速しないで突っ込んでいくから、僕の17年に及ぶ思い出が頭を駆け巡ったじゃないか」
「あたしは霊鳥なんだぞ? 鳥の巣が木の上にあるのは当たり前じゃねぇか。この程度のことで弱音を吐いてるようじゃ、先が思いやられんなぁ」
「予想外だったから、ちょっとビックリしただけだよ。ていうか当たり前で片付けないで、事前に説明してくれると助かるんだけど」
「まっ、考えといてやるよ」
ヴォレッタは歯をむき出しにして、いたずらっぽく笑う。僕は父性を刺激され、少し乱暴に頭を撫でてやった。
「何だよ。ガキ扱いすんじゃねぇよ」
「だってガキじゃないか」
「ふん。そんなこと言ってられんのも、今のうちだけだからな」
ヴォレッタは余裕ぶった顔で僕の手を振り解くと、枝や蔦を器用に使って下に降りて行った。僕もそれに倣い、後に続く。
「確かこの辺にしまっといたと思うんだが……お、あったあった」
乱雑に物が詰まった木箱の中から出てきたのは、ペンダントだった。ペンダントとは言っても革紐に赤い石がぶら下がっているだけの代物で、宝飾品というより御守りのように見える。
「それは何だい? わざわざ取りに来たってことは、大事なものみたいだけど」
「これは星霊石といって、膨大な生命力を蓄えられる石なんだ。この星霊石に普段から少しずつ生命力を蓄えておいて、いざって時に使えるようにしておく。そして何よりフォイニクス一族とって星霊石は命の次に大事なもんだから、肌身離さず大事に持ち歩くのが習わしなんだ」
「持ち歩いてないどころか、思いっきり忘れてる不届き者もいるけどな」
「うっせぇな。わざわざ貯めとかなくても、その都度借りりゃあ事足りんだからいいんだよ。それに自分で言うのも情けねぇが、あたしはガサツだからな。どっかに落っことして失くしたりしたら、それこそシャレんなんねぇ」
「そんなに大事ってことは、先祖代々受け継がれてきた家宝とかなのか?」
「ああ……まあ、違うんだが、ちょっと近いかな」
そう言ったヴォレッタは暗い表情になり、うつむいてしまった。どうやら話しづらい事情があるみたいだ。だけど話したくないというより、どう話すべきか迷っているような雰囲気だったので、僕は黙って待つことにした。
「ところで主殿は、フォイニクスの特徴についてどれくらい知ってるんだ?」
「そうだな……別名不死鳥と呼ばれる通り、不老不死に近い存在。燃えるような赤い羽毛と金色の瞳。飛ぶスピードは全生物の中で最も速い。こんなもんかな」
「実はフォイニクスの一番大きな特徴はそのどれでもなくて、雄がいないことなんだ」
それは全くの初耳だった。生命力を司る存在としては、確かに雄より雌のほうが相応しいかもしれない。ほぼ不老不死ということであれば、単性でもさほど不都合はないだろう。だけど今回みたいに魔獣化する可能性だってあるし、絶対に死なないわけでもない。仮に子孫を残せないのであれば絶滅を待つしかないが、そうでないことはヴォレッタの存在が証明している。
「じゃあ子供はどうやって作るんだ?」
「異種族の雄と交わるんだ。フォイニクスの遺伝子は超優性遺伝だから、子供は例外なく雌のフォイニクスになり、その手に星霊石を握って生まれてくる。ただし妊娠するには厳しい条件がある」
「厳しい条件って?」
「父親となった雄は、自分の生命力を全て娘に捧げなくちゃならねぇんだ。逆にそうしない限り、フォイニクスは妊娠しねぇ。まあ、避妊の心配がねぇのは悪くねぇがな」
おどけた言い方をしてはいるが、それはつまり父親になった瞬間に番となった雄は死ぬことを意味している。子供の顔も見られず、愛する家族を残して逝ってしまうのはさぞ心残りに違いない。
「ああ、勘違いすんなよ。確かにあたしは、父ちゃんの命をもらって生まれてきた。だけど父ちゃんと母ちゃんは300年近く一緒に暮らして、父ちゃんの寿命が尽きる寸前にあたしを作ったんだ。だからそんなに悲劇的な話じゃないし、父ちゃんの命が無駄にならなかったと思えば、むしろいい話なんじゃねぇかな」
「なるほど。ほぼ不老不死のフォイニクスが子を持つのは、文字通り愛した人の命をつなぐ意味があるわけか。そう考えるとロマンチックだね」
「だろ? だからこの星霊石は、主殿が持っていてくれ」
ヴォレッタはそう言いながら僕の手を取り、星霊石のペンダントを握らせた。恋獣使いに従者の父の形見を預かる責任があるかは知らないが、信頼の証だと思えば悪くはない。
「だからの意味はよく分かんないけど、大事に預かっておくよ」
「預かってるだけじゃなくて、ちゃんと生命力を貯め込んどいてくれねぇと。じゃないといざって時に困るじゃねぇか」
「おい、ヴォレッタ。お前まさか、面倒だから僕に押しつけたんじゃないよな?」
「いやいや主殿。そんなことはねぇですよ?」
目を泳がせながら、下手な口笛を吹いてとぼけるヴォレッタ。天国のお父さん。貴方の娘は元気ですが、少々奔放に育ってしまったようです。
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