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23.命を賭ける


23.命を賭ける



「山のてっぺん近くに、母ちゃんの寝床がある。わりぃがそこまで付き合ってくれ」


「分かった。ピエッタとセシルは、無理せず山小屋で待つという手もあるけど……」


「そういうわけには参りません。細大漏らさず報告するのが、私の役目ですから」


 気丈に振る舞うピエッタだが、やはり顔色が優れない。きっと肉体的なダメージより、精神的なショックが大きかったのだろう。


「そういうことだったら、私はピピの世話係として同行するわ」


「お待ちください。お姉様にそんなことをさせるわけには参りません。私のことなどお気になさらず、山小屋で静養なさっていてください」


「遠慮なんてするだけ無駄よ。だってピピは、私の仇を取ろうとして酷い目に遭ったのよ? そんな健気なピピを放っておけるわけないじゃない。もしあのまま四肢を失っていたら、一生私が面倒を見ようと本気で思ってたくらいよ。それにそもそも私は、女の子から甘えられるのが大好きだしね。ピピは、そんな私に甘えたくないの?」


「そんなの、甘えたいに決まっているじゃないですか!」


「じゃあ決まりだね」


 セシルはそう言うと、ピエッタに肩を貸して歩き始めた。ピエッタの顔色が良くなり過ぎてしまったのは言うまでもない。


「ふたりとも元気なようで何よりだな、マスター」


「そう思うんだったら、最初から見殺しにしなければよかったのに」


 ギクリとするキャン。彼女のスピードをもってすれば、出会い頭だったセシルへの一撃はともかく、ピエッタへの攻撃は止められたはずだと思いカマをかけたのだが、どうやら図星だったようだ。


「なっ……何のことかな?」


「別に怒ってるわけじゃないから、とぼけなくてもいいよ。理由も察しはつくしね」


「本当に怒っていないのか?」


「たとえキャンの主張が道徳や倫理や社会通念に反していても、僕は頭ごなしに否定したりしないよ。もちろん僕の考えは伝えるけど、決して押し付けたりはしない。ましてや僕のためを思ってしてくれたことなら尚更だよ」


「マスター……」


 キャンはおろか、隣で聞いていたララまでが感動の面持ちで僕を見つめている。そんなに大層なことを言ったつもりはなかったので、何だか恥ずかしい。


「それで、今回についての御主人様の意見はどうなんですか?」


「そうだな……ヴォレッタの能力を知っていたとはいえ、ちょっとやり過ぎだったんじゃないかな? でも最大の問題はそこじゃなくってね」


「何ですか?」


 僕はララとキャンを手招きして、ピエッタの様子を窺いながら小声で答える。


「ピエッタが変な性癖に目覚めたんじゃないかって、そっちのほうを心配してるよ」


 ふたりはセシルの横顔に見とれているピエッタを盗み見ながら、何度も深く頷いた。




 ヴォレッタの言う通り、魔鳥と化したアンリヤックは山頂付近の大きな岩の上で羽を休めていた。


「母ちゃん」


 ヴォレッタの呼び声に応じ、僕たちの目の前に飛来する魔鳥。その禍々しい外見とは裏腹に、ヴォレッタに注がれる眼差しは慈愛に満ちていた。ヴォレッタは魔鳥の首辺りに頬ずりをしながら、優しく話しかける。


「大丈夫。もうすぐ楽になるからな」


 魔鳥は覚悟を決めたかのように、そっと目を閉じた。僕は魔鳥に歩み寄り、力を解放した。魔素を浄化された魔鳥はフォイニクスの姿を取り戻し、そしてヴォレッタと同じ赤髪の女性へと変化していった。


「後で絶対返すからな!」


 ヴォレッタはそう叫ぶと、横たわるアンリヤックの胸に世界樹の葉を乗せ、その上から生命力を注ぎ込み始めた。それと同時に、彼女の足元が緑から茶色に変色していく。恐らく周囲の草木から、生命力を一時的に借りているのだろう。


「母ちゃん、目を覚ましてくれ!」


 ヴォレッタの両手から迸る生命力が、更に勢いを増す。だけどアンリヤックは、一向に目を覚ます気配がない。失敗だったか……いや、諦めるのはまだ早い。僕は意を決し、ヴォレッタの背中に手を置いた。


「おい、何してるんだ! そんなことしたら、お前の命が吸い取られちまうぞ!」


「僕は神獣と契約を結べる恋獣使いだからね。力を貸してくれてる草木たちには悪いけど、僕の生命力のほうが相性がいいんじゃないかな」


 生気を吸い取られ、体から力が抜けていく。これからというときに死にたくはないが、無駄死にじゃなければそれも悪くない……などと考えていると、僕の背中に何かが触れた。


「ララ。キャン」


「相性だったら、同じ神獣である私たちのほうが圧倒的にいいですからね!」


「貸すだけだからな。後で利子付けて返せよ、ヴォレッタ!」


 ふたりはそう言うと、文字通りヴォレッタの背中を押した。今までとは比べ物にならない量の生命力が、怒涛の如く流れ込んでいく。これでもダメなのか……そう思った矢先、生命力の流れがピタリと止まった。


「ヴォレッタ……」


 アンリヤックが僅かに目を開き、右手を伸ばす。ヴォレッタはその右手を、両手で包み込むように握り締める。


「があぢゃんっ!!」


 滂沱の涙を流すヴォレッタ。アンリヤックはヴォレッタの頭を撫でながら、優しい眼差しで娘を見守っている。かなり危険な綱渡りだったが、とにかくよかった。本当に……よかった……。


「マスター! 大丈夫かっ!!」

「御主人様、死んじゃダメですっ!」


 倒れた僕を覗き込むふたりの顔は、悲壮感に満ちていた。そんなにヤバい状況なのかと思って自分の右手を見ると、そこには枯れ枝のように変わり果てたどす黒い物体が生えていた。しかも全く力が入らない。僕の体、一体どうなっちゃったんだ?


「全く何やってんだ、お前は。そんなに生命力を渡したら、老化するに決まってるんだろうが」


 泣き腫らしつつ呆れた顔をして、ヴォレッタがそう言った。僕は力を振り絞り、しわがれた声で答える。


「そうか……僕はおじいちゃんになっちゃったのか。残された命は……どれくらいなんだろう。世界を救うほどの時間は……さすがに残されてないかな」


「バーカ。あたしがお前を死なせるわけねーだろが」


 ヴォレッタはそう言うと、僕にキスをした。契約の成立。僕の中でヴォレッタの神通力と、世界樹の葉と、魔素浄化力が混ざりあう。錬成された力は瞬く間に体の隅々まで行き渡り、僕は若返ったと同時に生まれ変わった。


「ありがとう、ヴォレッタ。助かったよ」


「そもそも母ちゃんを助けたから、主殿は死にかけたんだ。礼なんて言うな」


 契約を結んだからなのか、僕の呼び方が『お前』から『主殿』に昇格した。


「でも契約しなくても、ヴォレッタだったら僕を元通りにできたんじゃないの?」


「バカ言うな。さすがのあたしでも、全身が朽ち果てた状態を元になんか戻せねぇよ。ダメになった肉体を再構築できたのは、主殿が錬成した力を発揮したからだ。今の主殿だったらきっと、死者蘇生も可能だろうな」


「それは凄いな……てか、君はさっきから何をしてるのかな?」


 ヴォレッタは話をしながら僕の膝の上に乗り、その手足でガッシリと抱きついてきた。それは『だいしゅきホールド』というよりは母猿にしがみつく子猿のようで、何だか微笑ましかった。


「主殿とこうしてくっついてると、とっても気持ちいいからな。できればずっとこうして持ち歩いて欲しいくらいだ」


「つまり契約したことで、遠慮がなくなったってことなのかな?」


「あたしは手に入れたものは、ひとり占めにする主義なんだ。たとえ相手がジャチ姉やキャン姉でも、遠慮なんかしねぇよ」


「ほう、宣戦布告ですか。いい度胸ですね」


「まったくだ。いくら子供だからって、容赦はしてやらんぞ」


 3人が僕の体にしがみつきながら、熱い火花を散らす。僕の最大の使命はベリンジャーへの復讐や魔素のない世界づくりや魔王討伐ではなく、セシルを含めた4人に仲良くしてもらうことかも知れない。

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