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22.霊鳥王の娘、ヴォレッタ


22.霊鳥王の娘、ヴォレッタ



「お姉様っ!!」

「セシルっ!!」


 僕とピエッタがほぼ同時に叫び、よろけるセシルに駆け寄った。抱きかかえるように体を支えるピエッタ。その顔は流血しているセシルよりも蒼白だった。


「お姉様、しっかりしてください!」


「心配……しなくていいよ。私は、大丈夫、だから」


 剣士が利き腕を失って、大丈夫なわけがない。傷口を確認すると、断面は引き千切られたようにズタズタだ。これではいくら高度な治癒魔法を駆使しても、元通りにはならないだろう。僕は湧き上がる怒りを必死に抑えながら、破ったシャツの袖で傷口を縛った。


「ノーマン。お姉様を頼みます」


「ピピ……やめなさい」


 ピエッタはセシルに微笑みかけてから、静かに立ち上がった。


「なんだ、眼鏡っ子。あたしとやる気か?」


「よくもお姉様を……貴様は絶対に許さんっ!」


 ピエッタが腰に差した剣を抜こうとする。しかしピエッタの剣を抜いたのは、ヴォレッタのほうだった。


「ノロいんだよ、眼鏡っ子!!」


 風切音が3度鳴った。ピエッタの四肢が、無残に切り落とされて宙を舞う。支えを失い、仰向けに倒れるピエッタ。まだ痛みも状況も届いていないらしく、その顔は呆然としていた。


「お前の手足を、愛しのお姉様の右腕と同じ長さに切り揃えてやったぞ。どうだ? 嬉しいか?」


 ピエッタを見下ろし、勝ち誇るヴォレッタ。その一瞬の隙をつき、ララが力任せにヴォレッタを殴り飛ばした。文字通り吹き飛び、大木の幹にめり込む。いくら生命力の強い神獣でも、生き物であることには変わりない。さすがにあの一撃を食らっては、ひとたまりもないだろう。


「ララ、よくやった……と言いたいところだけど、さすがに殺すのはやり過ぎじゃないか?」


「何を甘いこと言ってるんですか? 次に襲われてたのは、間違いなく御主人様だったんですよ? それにヴォレッタは、不死鳥フォイニクスです。これくらいでは死にません」


 ララの言う通り、ヴォレッタは死んでいなかった。ひしゃげた頭部を急速に再生させた彼女は、まるで何事もなかったかのように跳ね起きた。


「ひっでぇなぁ、ジャチ姉。いくら死なないっつっても、超痛ぇんだからな。てかそもそもジャチ姉もキャン姉も、なんで人間の味方してんだよ」


「その説明は、後でちゃんとしてあげます。今はそれより先に、セシルとピエッタに謝りなさい。何があったかは知りませんが、ヴォレッタに害をなしたのはあのふたりではないはずです。ただ人間だからという理由で無差別に攻撃するのは、明らかに間違ってますよ」


「悪いのはアイツらじゃねぇかも知れねぇが、あたしは人間が大っ嫌ぇなんだよ!! そもそもこんな下等生物の1匹や2匹死んだところで、どうってことねぇじゃねぇかっ!! 謝るなんて、まっぴらごめんだね!!」


「ヴォレッタ」


 ララはごく普通に、少女の名前を呼んだだけだ。しかしヴォレッタはビクリと体を震わせ、その生意気そうな顔を引き攣らせた。


「私の言うことが、聞けないんですか?」


 ヴォレッタは何か言い返そうと口を開いたようだったが、漏れたのはため息だった。


「……分かったよ」


 ヴォレッタは大量出血で瀕死状態のピエッタに歩み寄り、その場にしゃがみ込んだ。


「悪かったな、眼鏡っ子。とりあえずこれで勘弁してくれ」


 ヴォレッタはそう言うと、ピエッタの心臓辺りに両手をかざした。すると流れ出ていた血液が体内に戻り、手足の断面が吸い寄せられ、傷さえ残さず綺麗にくっついた。生気を取り戻したピエッタは恐る恐る起き上がり、手足の感触を確かめている。それは治療というより、時間遡行という表現が相応しい現象だった。


「ララ。あれは一体どういう能力なんだ?」


「ヴォレッタたちフォイニクスは、生命力を操る能力を持っているんです。生命力を与えることで再生や回復を可能にし、逆に奪うことで衰弱や絶命させることができます。もちろん自分自身に他の生命力を取り込むこともできますから、フォイニクスは事実上不老不死なんです」


「凄いな。そんなチート能力を持ってたら、無敵じゃないか」


「ところが、そうでもないんです」


 そこで僕は、さっき遭遇した魔獣を思い出す。ヴォレッタの能力が万能ならば、神獣が魔獣に堕ちるはずがない。


「そうか。魔素には効かないのか」


「今更何言ってやがる!」


 セシルの右腕を治療し終えたヴォレッタが、僕めがけて突進してくる。


「お前ら人間はそれを分かった上で、魔素をまき散らしてんだろうが! あたしたちが一体何をしたっていうんだよ! お前ら人間のせいで母ちゃんは……」


「アンリヤック様が、どうかしたのか?」


「どうもこうもねぇよ。さっき空飛んでんの見ただろ」


「霊鳥王が、魔獣に堕ちたのか……なんてことだ……」


 天を仰ぐキャン。母親が魔獣化させられたとあっては、人間を恨むのも仕方ないだろう。もう少し、僕が来るのが早ければ……。


「いや……待てよ?」


「御主人様、どうかしましたか?」


「ひょっとしたら、ヴォレッタの母親を助けられるかも知れない」


「おい、てめぇ! 適当なこと言ってんじゃねぇぞ!」


 僕は食ってかかるヴォレッタの両肩に手を置き、魔素を浄化した。すると彼女の吊り上がっていた眉と目は徐々に垂れ下がり、気持ちいいのを我慢しているような表情に変わっていった。


「おい、お前……あたしに何をした?」


「ヴォレッタの体内に蓄積していた魔素を浄化したんだよ」


「御主人様は、伝説の恋獣使いなのよ。ヴォレッタも聞いたことがあるでしょう?」


「まさか……お前が?」


 そう言えば、さっきの自己紹介では言ってなかったな。僕はヴォレッタの目をしっかりと見据えて、静かに頷いた。


「僕のこの力を使えば、君のお母さんを神獣に戻せる。だけど戻せるだけで、命までは救えない。そこでこれを使ってみようと思うんだ」


 僕は腰の布袋から一枚の葉っぱを取り出した。


「それは、世界樹の葉か?」


「その通り。一般的には状態異常と体力の回復薬として知られているけど、死者蘇生の妙薬だと書かれた文献も存在するんだ。つまり普通に使うだけなら強力な回復薬だけど、フォイニクスの神通力を上乗せすれば、死者蘇生が可能になるかも知れない」


「ほ、本当か?」


「でもこれはあくまで、単純な足し算をしただけの思いつきだ。正直上手くいくかどうかは、やってみないと分からない。そして上手くいかなければ、君のお母さんは死ぬことになる。それでもいいなら、僕は協力を惜しまないよ」


 ヴォレッタは小さな拳を握り締め、僅かに震えている。僕だけではどうにもならないからと言って、彼女に決断を丸投げするのは酷だったかも知れない。しかし彼女がセシルやピエッタにしたことを思えば、あまり同情する気にはなれなかった。


「それでもいい。やってくれ」


「本当にいいのかい?」


「母ちゃんは、あたしが話しかければまだ反応してくれる。だけど今より魔獣化が進んだら、我を失ってあたしたちを襲うかも知れない。それは母ちゃんにとって……霊鳥王にとって一番辛いことだと思うから……」


 金色の瞳から、大粒の涙が溢れ出る。僕はヴォレッタを抱き寄せ、そっと頭を撫でる。彼女は驚いているようだったが、嫌がりはしなかった。


「大丈夫。絶対に上手くいく」


「さっきと言ってることが違うじゃねぇか」


「僕の能力は、強く想うほど効果が上がるみたいでね。だから今は大丈夫」


「よく分かんねぇよ」


 ヴォレッタは、少し困ったような顔をして笑った。僕は彼女の無邪気な笑顔が見たいと心から思った。

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